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第三話 冗談みたいに本音を言う先輩

 放課後の駅前には、その街の素が出る。


 朝はみんな目的地へ向かう顔をしているし、昼は学校の中に閉じている。けれど放課後の駅前だけは違う。部活帰りの制服、買い物袋を提げた主婦、仕事帰りの大人、塾へ向かう中学生、海のほうから流れてくる潮の匂いをまとった風。そういうものが全部混ざって、日立という街が「ここに人が住んでいる場所です」と言い出す時間帯になる。


 だから放課後の駅前は、少しだけ人の本音が見えやすい。


 学校では優等生をやっているやつがコンビニ前で炭酸を一気飲みしていたり、いつも賑やかな子が改札前の柱にもたれて一人でスマホを見ていたりする。人は場所によって、少しずつ形を変える。


 そして、その変わり目にいる人間は、わりと面白い。


    ◇


 文化祭の事前確認は、思ったより時間がかかった。


 二年の各クラスを回り、展示内容のメモを取り、危なそうな配線に付箋を貼り、アンケート用紙の回収状況を確認する。俺は主に記録役で、澪菜はその場その場で空気を和らげる係みたいになっていた。星彩は言うまでもなく全体進行。あれだけ細かく見ているのに、歩く速度まで一定なのは正直すごいと思う。


 ただ、その事前確認の途中で分かったことが一つある。


 文化祭希望アンケートの数字がおかしかったのは、悪意のある改ざんというより、回収後に一部の用紙が差し替えられた可能性が高い、ということだ。


 しかも差し替えた側の狙いは、人気企画を通すことでも、逆に潰すことでもなさそうだった。結果だけ見れば、なぜそんな手間をかけたのか分からない程度のずれ。妙に中途半端だ。


「余計に気になるやつだね」

 澪菜が言う。

「中途半端なの、気持ち悪い」

「同感です」

 星彩も即答した。


 そんなわけで放課後、星彩は生徒会との調整があるとかで途中で抜け、澪菜も家の手伝いがあると言って先に帰った。残された俺は、回収したアンケート用紙のコピーを持って、駅前の古い喫茶店へ向かっていた。


 学校で続きをやってもよかったが、資料整理室は夕方になると冷えるし、頭を使うときは少し人のいる場所のほうがいい。


 駅前のロータリーを抜け、一本裏へ入ると、古い建物が残る並びに小さな喫茶店がある。木枠の扉、色の抜けた看板、店先の鉢植え。制服のまま入ると少し場違いな気がするが、店主はそういうことを気にしない。


 扉を押すと、鈴が鳴った。


「いらっしゃい」

 カウンターの向こうで店主が手を上げる。白髪混じりの髪を後ろへ撫でつけた、穏やかな顔の人だ。

「お、今日は一人?」

「はい」

「珍しいね。窓際空いてるよ」

「ありがとうございます」


 店の奥、道路が見える窓際の席へ座る。木のテーブルにアンケート用紙を広げ、アイスコーヒーを頼む。氷の音が小さく鳴る。冷えたグラスの表面を水滴がゆっくり伝う。


 紙を見比べる。


 筆圧。癖字。数字の丸み。斜めに傾く「7」。回収された用紙のうち、明らかに同じ人間が書いたものが混ざっている。だが、それが即座に「犯人はこいつだ」へ繋がるほど分かりやすくはない。むしろ、隠す気はあるのに、完璧に隠しきれていない。どこか遠慮がある書き方だ。


 わざと雑にした字。


 でも、元の癖が消えていない。


「熱心だねえ」


 不意に頭上から声が落ちてきた。


 顔を上げると、見覚えのある先輩が立っていた。


 肩までの髪。少しラフに着崩した制服。片手に文庫本、もう片方の手にはアイスティー。目元は眠たげなのに、口元だけがいつも何か面白いものを見つけているみたいに緩んでいる。


 乙部玻乃。


 三年生。校内では有名な変わり者。映画、古本、喫茶店、レトロなものが好きで、文化部にも運動部にも属さないくせに、なぜか学校のいろんなところに出没する人。去年の文化祭では、資料展示の片隅に貼られていた昔の駅前の写真の前で三十分くらい喋っていたらしい。


「……どうも」

「どうも、じゃないでしょ。偶然会った先輩には、もうちょっと喜んでいいんだよ」

「喜び方が分からないので」

「失礼な後輩だなあ」


 玻乃はそう言いながら、勝手に向かいへ座った。店主が何も言わないあたり、常連なのだろう。


「その紙、なに」

「学校のやつです」

「学校のやつ、で分かるの雑だね」

「文化祭のアンケート」

「ああ、季節ものだ。青春って感じする」


 先輩はストローでアイスティーをかき回す。氷がからんと鳴る。


「君、生活記録同好会だっけ」

「知ってるんですか」

「駅前の喫茶店で紙束とにらめっこしてる二年生なんて、だいたいそのへんの人種でしょ」

「人種」

「観察しがちな顔してるし」

「またそれ言われた」

「また?」


 玻乃は面白そうに目を細めた。


「言われるんだ。誰に」

「いろいろ」

「へえ」


 その「へえ」が長い。何かを試している声だ。


 俺は少しだけ居心地が悪くなって、視線を紙へ戻した。だが玻乃は構わず続ける。


「君さ、人の顔色じゃなくて、指先とか沈黙を見るタイプでしょ」

「……」

「図星」

「先輩も人のこと見てるじゃないですか」

「見てるよ。だから分かる」

「何が」

「君、こういうとこで一人で資料広げてるように見えて、周りの席の会話とかドアの開く音とかも、たぶん半分以上拾ってる」

「……」

「お、二回目の図星」


 楽しそうだ。


 俺はコーヒーを一口飲んでから言う。


「そういう先輩は、何してるんですか」

「本読みに来た」

「喫茶店で?」

「喫茶店で読む本って、家で読むのと味が違うじゃん」

「分からないです」

「若いなあ」

「二年しか違わないですよね」

「二年は大きいよ。高校の二年差は、猫と犬くらい違う」

「比較が雑」

「でもなんか分かるでしょ」

「分からないです」


 玻乃はくすっと笑った。


 この人の喋り方は、何でも冗談みたいに聞こえる。けれどよく聞くと、適当なようでいて、相手の逃げ道をきちんと作っている。


 たとえば今だって、俺の観察癖をからかっているようで、責めてはいない。「そういう人なんだね」と、軽く受け止めている。


 怖い、ではなく、面白いの側へ置く。


 それができる人は、意外と少ない。


「で」

 玻乃がテーブルの紙へ視線を落とした。

「アンケート差し替え?」

「……何で分かるんですか」

「文化祭時期に君みたいな顔してる子、だいたい人間関係か数字のどっちかで悩んでる」

「また雑な」

「紙の並べ方。君、同じ人が書いたやつ探してるでしょ」

「……」

「三回目の図星」


 俺は思わず息をついた。


「先輩、観察得意ですね」

「うれしい。初めて褒められた」

「褒めたつもりは」

「嘘だね。今ちょっと素直だった」


 返す言葉がない。


 玻乃はテーブルに肘をつかず、背もたれに軽く体を預けている。力が入っていない。けれど、視線だけはちゃんとこちらを見ている。


「差し替え自体は分かってるの?」

「たぶん」

「動機は?」

「まだ」

「そこが人間関係なんだよねえ」

「……先輩、やっぱり観察してるじゃないですか」

「してるよ。好きだから」


 さらりと言われて、俺は一瞬だけ言葉を失う。


 玻乃はすぐに続けた。


「人が、っていうより、気持ちの出方を見るのが好き。笑うときに一拍遅れるとか、好きでもない相手には丁寧なのに、好きな相手には妙に雑になるとか」

「それ、かなり人見てません?」

「見てる見てる。だから君のことも割と分かるよ」


 その言い方に、妙に引っかかるものがあった。


「俺の何が分かるんですか」

「んー」

 玻乃はストローを唇に当てたまま、少し考える顔をする。

「君、好きな人に優しくするタイプじゃなくて、困ってる人に優しくするタイプ」

 

 言葉が、そのまま胸の真ん中に落ちた。


 思わず視線が上がる。


 玻乃は笑っていない。いや、口元はいつもの形のままだが、声の温度が違った。


「それって」

「誉め言葉にも欠点の指摘にもなるやつ」

「……」

「自覚あるでしょ」

 

 ある。


 あるから、すぐ否定できない。


 俺は人の困りごとには目が行く。机に置かれた飲み物も、差し替えられたアンケートも、言いづらそうな沈黙も、そういうものにはわりと早く気づく。でも、それが“その人を特別に見ているから”なのかと言われると、自信がない。


 ただ見つけてしまうだけだ。


 そして見つけた以上、放っておけないだけ。


「図星っぽいね」

 玻乃が言う。

「先輩、そういう言い方好きですね」

「便利なんだよ。相手が反論しにくいから」

「最悪だ」

「冗談」

「半分くらい本気でしょう」

「そうかも」


 先輩はまたアイスティーをひと口飲む。窓の外では、部活帰りの生徒たちが駅へ向かって歩いていく。笑い声、自転車のブレーキ音、改札の電子音。駅前の夕方は、騒がしいのにどこか均一で、個々の感情が雑踏に薄まっていく。


 その中で、この人の声だけが妙に耳に残る。


「でもさ」

 玻乃が言った。

「そういう人って、誰かの恋が終わる前に気づいちゃうから損だよね」

「……終わる前に?」

「始まる前、かもしれないけど」


 先輩は窓の外を見たまま続ける。


「みんながまだ“なんとなく気になる”で済ませてる段階で、一人だけ『あ、これたぶんこの子、もうだめだ』とか分かっちゃう瞬間あるでしょ」

「……」

「その時点で、当人より先に切なくなるの、わりと損」

 

 俺は何も言えなかった。


 そんなふうに言語化されたことがないだけで、思い当たることはある。誰かの冗談の温度が少しだけ違うとか、呼び方が変わるとか、急にその人の好きなものを調べ始めるとか。そういう小さな変化から、本人もまだ名前をつけていない気持ちが見えることがある。


 見えたところで、どうしようもない。


 だから俺はたいてい、見なかったふりを選ぶ。


 でも見えてしまったものは、消えない。


「先輩」

「ん?」

「そういうの、よく分かりますね」

「分かるよ」


 今度の返事は、妙に短かった。


「だって私も、そういうの分かるほうだし」

「……」

「しかも私は君と違って、割と人の恋を面白がる悪趣味もある」

「自覚あるんですね」

「あるある」

「最悪だ」

「でも、自分のは別」


 冗談みたいな軽い口調のまま、その一言だけが底を変えた。


 俺は先輩を見る。


 玻乃はアイスティーのグラスについた水滴を指先でなぞっていた。丸く、ゆっくり。考え事をしている人の手つきだ。


「自分のは、ね」

 先輩は少しだけ笑う。

「古くなるんだよ」

「古く?」

「言わないまま放っておいた気持ちって、時間が経つと紙みたいに黄ばんでくじゃん」

「……分かりません」

「そりゃそうだ。君、まだ若いから」

「またそれですか」

「だってそういう話だもん」


 玻乃は鞄の中から、折りたたまれた紙を一枚取り出した。


 黄ばんでいる、というほど古くはない。でも新品の白ではない。端に少し折れ跡がついている。


「なにそれ」

「使われなかった原稿」

「原稿?」

「去年の文化祭で、校内新聞に載せるはずだった文章」

 

 先輩は紙を開いた。


 そこには丁寧な字で、文化祭の思い出みたいな短い文章が書かれている。内容はありふれていた。準備の大変さ、当日の賑わい、終わったあと少し寂しかったこと。だが最後に一行だけ、本文から浮くような言葉がある。


 ――ほんとうは、あの日、言えなかったことのほうが覚えている。


 それだけだった。


「誰のですか」

「さあ」

「さあ、って」

「聞いてない。たまたま回収されなかった原稿の束の中に混ざってた」

「勝手に持ってるんですか」

「勝手にって言い方ひどいなあ。保管だよ、保管」

「それ、だいぶ紙の黄ばみを促進する保管方法では」

「いいの、思い出は多少黄ばんでたほうが味があるから」

「雑誌みたいに言わないでください」


 けれど、その紙を扱う玻乃の手つきは雑ではなかった。


 大事にしているのが、分かる。


「先輩、こういうの好きなんですね」

「好き。使われなかったものとか、言われなかった言葉とか、残ったままのものって、いいじゃん」

「よくない気もします」

「そう?」

「残ったままってことは、どこにも行けてないってことでしょう」

「うわ、今の言い方ちょっと好き」

「褒めてません」

「でも的確」


 先輩は紙をまた丁寧に折りたたみ、鞄へ戻した。


「ねえ後輩くん」

「何ですか」

「君さ、そのアンケートの差し替え、多分数字の問題じゃないよ」

「……」

「誰かが通したい企画があるとかじゃなくて、たぶん“消したい何か”がある」

 

 俺は思わず身を乗り出した。


「何でそう思うんですか」

「字が遠慮してるから」

「字が?」

「うん。勝ちたい人の字じゃない。責任だけ取りに来た字」


 言われて、もう一度アンケートの数字を見る。


 確かに、強引な改ざんのわりに、筆圧が妙に弱い箇所がある。押し通したいというより、整えたい、戻したい、そういう方向の手つきに見えなくもない。


「……責任、ですか」

「誰かが何かをやらかしそうで、先回りしたとか」

「それだけで差し替えるかな」

「する人はするよ。特に、気持ちが絡んでると」


 玻乃は軽くそう言ってから、こちらを見た。


「学校ってさ、ちょっとした好意が、急に見世物みたいになることあるじゃん」

「……」

「本人たちはそんなつもりなくても、周りが騒いだ時点でもう違うものになる」

「そうですね」

「それが嫌いな人、いるよ」


 柊木星彩の顔が頭に浮かんだ。


 本人の知らないところで、気持ちが机の上に置かれるみたいなやつ。趣味が悪い。


 あの言い方。


「先輩」

「ん?」

「うちの学校で、前にそういうことありました?」

「へえ」

 玻乃は少しだけ目を細める。

「なんで?」

「いや、なんとなく」

「なんとなくで聞く顔じゃないなあ」


 見透かされている。


「……柊木さんが、そういうの嫌いそうだったんで」

「柊木」

 玻乃はその名前をゆっくり繰り返した。

「二年の委員長さんか」

「知ってるんですか」

「有名だもん。きちんとしてる子」

「ええ」

「気になる?」

「そういう意味じゃないです」

「そういう意味って便利な逃げ方だね」


 返事に困る。


 玻乃は少し考えてから、肩をすくめた。


「前にね、文化祭で、ある子の書いた文章が、本人の意図と違うふうに“恋っぽいもの”として騒がれたことがあった」

「……」

「告白文とかラブレターってほどじゃない。でも、読む人が読めば分かる、みたいな曖昧なやつ」

「それで?」

「周りが勝手に面白がった。本人たちは笑えなかった。ありがちな話」


 ありがち、で済ませるには少し苦い言い方だった。


「柊木がその件を知ってるかは知らない」

 玻乃は続ける。

「でも、ああいう“本人の気持ちが本人の手を離れて展示される”感じを嫌う人は、珍しくないよ」


 その言葉は、昨日と今日の星彩の反応に、きれいに重なった。


 なるほど、と思うと同時に、それ以上を勝手に決めるのは危険だとも思う。


「先輩」

「なに」

「情報の出し方がずるいです」

「褒めてる?」

「褒めてません」

「じゃあ苦情だ」

「そうです」

「受理します」


 玻乃は笑う。


 その笑顔を見て、ふと思う。この人もまた、冗談の顔でだいぶ核心まで入ってくる人だ。


 でも、入ってきたあとの踏み込み方は、意外と慎重だ。言い切らず、相手に考える余地を残す。答えを置いていかない。


 たぶんそういう人なのだろう。


 だからこそ、さっきの「自分のは別」が妙に引っかかった。


「先輩」

「ん?」

「さっきの、古くなるって話」

「うん」

「先輩も、何かあったんですか」

 

 聞いた瞬間、やや踏み込みすぎたかもしれないと思った。


 けれど玻乃は怒らなかった。


 少しだけ天井を見て、それから笑う。


「あるよ」

「……」

「年上はね、冗談に逃がすのが上手くなるの」

「それ、答えになってます?」

「かなり」

「どのへんが」

「本気で言うには遅いし、冗談で言うには重い、みたいなやつが増えるの」

「高校三年でそれ言います?」

「言うよ。高校三年は、世界の終わりくらいの顔で失恋できる年齢だから」

「大げさだな」

「でもちょっと分かるでしょ」

「……少し」

「えらい」


 先輩はそう言って、伝票を手に取った。


「今日は私が払う」

「いや、それは」

「後輩くんから情報料もらってないし」

「情報料」

「君、顔にいろいろ出るから見てて面白いんだもん。観察料みたいなもの」

「最悪だ」

「でしょ」


 先に立ち上がる。会計へ向かう後ろ姿は軽い。制服のスカートが歩幅に合わせて揺れる。その背中だけ見ていると、本当に何でも冗談の人に見える。


 でもたぶん、違う。


 店を出ると、駅前の空は夕焼けに変わっていた。海のほうが薄く金色で、建物の影が長く伸びている。


 玻乃は駅へ向かうでもなく、商店街のほうへ歩き出した。


「先輩、帰らないんですか」

「寄り道」

「どこに」

「古本屋。放課後って、寄り道するためにあるんだよ」

「初めて聞きました」

「じゃあ今覚えて」


 数歩先で振り返る。


「後輩くん」

「はい」

「君、たぶんこのままだと誰のことも好きになりきれないよ」

 

 足が止まる。


 玻乃はいつもの軽い笑い方をしていた。でもその目だけは、冗談を言う人の目じゃない。


「困ってる子を放っておけないのと、その子を特別にしたいのは違うから」

「……」

「まあ、今すぐ答え出せって話じゃないけど」


 それだけ言うと、先輩は手をひらひら振って商店街のほうへ消えていった。


 残された俺は、しばらくその場に立ち尽くした。


 駅前のざわめきが遠い。改札の音も、自転車のベルも、全部少し遅れて耳に届く。


 困ってる子に優しくするのと、その子を特別にしたいのは違う。


 そんなの、当たり前だ。


 当たり前なのに、言葉になると妙に痛い。


 スマホが震えた。見ると、澪菜からだった。


『今日、遅い?』

『少し』

『また変なこと拾ってない?』

『拾ってるかも』

『じゃあ帰り道でちゃんと捨ててきて』

『無茶言うな』


 すぐに既読がつき、返信が来る。


『透真は拾うのは得意だけど、捨てるの下手だからね』


 思わず小さく息が漏れた。


 今日だけで、同じようなことを二人に言われた気がする。


 俺はスマホをしまい、駅前の夕焼けを見た。海の見えるこの街では、感情がどこかへ消えてくれるようで、案外ちゃんと残る。


 喫茶店の中で見た黄ばんだ紙のことを思い出す。


 言わないまま古くなるもの。


 見つけたのに、触れられないもの。


 文化祭のアンケート差し替えも、きっとそういうものの近くにある。


 俺は資料の入った鞄を持ち直して、駅前の坂を上り始めた。


 冗談みたいに本音を言う先輩の声が、まだ耳に残っている。


 そしてその声は、たぶんしばらく消えない。

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