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英雄たちの苦悩 その1

 穏やかな朝陽に包まれた吸血鬼の館、バットホール。その静かな一室で、吸血鬼の少女である館の主イザドラがひっそりと佇んでいる。


 彼女は使われていない空き部屋を黙って見回している。朝陽に照らされた室内にあるのは、彼女がまだ幼かった日々の記録。ぬいぐるみや小さな衣服や遊び道具など――そういったものを見回してから、彼女は小さな写真たてを手に取った。そうして慈しむような目でその写真を少しのあいだ眺めていると、メイドのレクリスが自分を呼ぶ声を聞いた。吸血鬼の少女は写真たてを元の場所へ置き、部屋を出て行く。彼女にとって、いつも以上に大切な一日が始まろうとしていた。


「イザドラの父親が今日ここへ来るって?」


 朝食後、いつものようにデビッドはルカと一緒に館内の掃除をしていた。そこへ執事のベルモッドがやってきて、本日の来客を伝えたのである。デビッドがオウム返しに訊ねると、ベルモッドは答えた。


「左様にございます。12英雄であられるお二人にこのようなお願いをするのは恐縮でございますが、お嬢様の御父上は非常にご立派なお人柄で、また身分の高い方でございます。どうか失礼のなきよう、くれぐれもお気を付けください」


「はあ……えらい人、ってことか。まあ王城でもそういう機会はあったし、任せとけって。ベルモッドのお願いってんなら、失礼なことはしないぜ!」


「いちおう今仕えている主の親族ということになるからな。丁重にもてなすのは当然だ。俺も作法には気をつけるよ」


 デビッドとルカが口々に答えると、ベルモッドは満足そうに頷き、それからふと気が付いて言葉を付け足した。


「そうそう、御父上をお迎えするにあたり、お嬢様からご注意を一点言付かっております」


「「ご注意?」」


「はい。お二人が魔族を討伐する冒険者であること、特に魔王を討った12英雄であることを、くれぐれも御父上に悟られることのなきように、とのご含み置きです」


「俺たちの正体がバレたらまずいのか……?」


 デビッドが首をひねって疑問を口にする。


「バレたらどうなるんだ?」


「『殺すわ』とのことです」


 ルカの問いにベルモッドは簡潔に答えた。





 ドタドタドタ、と廊下を駆ける音。デビッドとルカがレクリスの居室に飛び込んでいく。


「「レクリス!」」


「わ、お二人ともどうされましたか?そんなに慌てて」

 

 レクリスは飛び込んできた二人の血相を見て目を丸くしている。

 

「服! 余ってる服はないか!」とルカが叫ぶ。


「くそ、こんな冒険者丸出しの恰好で隠し通せるわけねえ! イザドラのやつ無茶ぶりしやがって!」とデビッド。


 世話焼きのメイドは、ルカとデビッドの発言でだいたいの事情を察し、唇に指をあてて考えをめぐらす。


「なるほど、お困りのようですね。うーん、服ですか……お嬢様のお着換えを除くと、館にあるのはタキシードとメイド服の替えぐらいしか……あ!」


 レクリスはなにかに思い当たったようで、ポンと手を叩いた。


「あります! 余ってる服!」


「「ほんとか⁉」」


 少しして、商人ガドーの操る鳥車が館の前に到着し、キャビンから40歳過ぎほどの男性が姿を現した。彼は一目でそれと分かる高価な衣装に身を包み、ステッキを手に持っている。しかし金持ち特有の嫌味な感じは微塵もなく、何よりただずまいに気品があった。執事のベルモッドがそれを出迎える。


「やあベルモッドさん、出迎えありがとう」

 

「ロッベン様、ご壮健なご様子で何よりでございます。お嬢様もお会いできるのを楽しみに待っております」


「うん、私も娘に会えるのが楽しみだよ。いつも通り案内してくれるかな?」


「もちろんでございます。足元にお気をつけて、どうぞ、こちらへ」


 ベルモッドとロッベンの足音が、広いエンランスにコツコツと響く。並行してエントランスの奥の廊下から騒がしい声が聞こえてくる。


「おい、レクリス……繁みの向こうに落ちてた誰かの忘れ物って、これじゃまるで……」


「なんだこれは! どうしてレクリスの私服がこんな……こんな……」


 ベルモッドとロッベンが怪訝な顔で廊下を曲がると、目に映ったのは──


 使い古された荒々しい猟師の衣装を着たデビッドと、猫耳に尻尾まで付いた、前衛的なにゃんこファッションに身を包んだルカの姿だった。

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