傀儡師ルカ その3
はあはあ、あ、危ない。もう少しでエタるところだった(たいへんお待たせしました!)
イザドラは赤色の床に顔を打ち付けられながら、起き上がろうとした。しかし腕を持ち上げるどころか、指先一つ動かすことができない。
「ははははは!」
勝ちを確信したルカの高笑いが響く。
「吸血鬼さんは、ずいぶん素直なんだね。まさか本当にゲームを遊んでるつもりだったのかな? 残念だけど、マスのギミックは君の気を逸らすための罠だったのさ。僕の本来の目的は、ギミックにかかってる君に僕の糸をつけることなんだからね」
「でかしたルカ!」
それまで押し黙っていたデビッドが叫んだ。
「どんなもんだイザドラ! 人形の兵士も、意思と反対に動く身体も、ルカが目に見えない糸で操ってたんだよ! 傀儡子ルカの、な! そんな中で戦ってるうちに、お前は知らず知らずのうちルカの糸でがんじがらめってわけさ」
床に倒れ伏したイザドラの口から嗚咽が漏れる。
「くっ」
「よし、ルカ! この化け物をこのまま魔王城の地下に放り込んじまおう!」
「まあ待てデビッド」
喜び勇んで続けて叫ぶデビッドをルカが制止する。それからルカは、すごく楽し気な笑みを顔に浮かべてイザドラへ言葉を投げた。
「さて、吸血鬼さん、どうするかな? 全身の筋肉を封じられて君はもう指一本動かすことができない。魔力を放って逃げ出そうとしても、魔力は全て糸を伝って外部へ放出されてしまう。つまり、ゲームオーバーなんだ。さあ命乞いをするかい? それとも泣いて助けを呼ぶ?僕はどちらでもかまわないよ。いずれにせよ君の運命は僕の手に全部握られてるんだからね」
「くっ……」
イザドラの口から再度嗚咽が漏れた。それを聞いたルカは非常に満足そうに、口を動かし続けている。
「ふふふふふ! そうだなあ。泣いて慈悲を乞えば、命だけは助けてあげてもいいかなあ。まあデビッドの言う通り城の地下に幽閉して……どうしてもと言うなら餌ぐらいは与えてやってもいい」
イザドラは顔を伏せ、口を歪ませ、嗚咽を漏らし続けている。
「くっ……くっ……くすくすくすくすくすくすくす……」
その嗚咽が、こらえ切れないといった種類の笑い声に変わった。ルカとデビッドが怪訝な目でイザドラを見る。デビッドが心配そうに口を開く。
「お、おい。どうしたんだ? 恐怖のあまり、おかしくなっちまったのか?」
「あなたが糸で私を絡めとろうとしていることはわかっていたわ」
イザドラの答えを、ルカは馬鹿馬鹿しいといった様子で一笑に伏す。
「ふん、わかっていた? そんなことあるわけないだろう」
「最後の一本」と吸血鬼は不敵に言う。
「私の身体に絡みついた最後の一本……その軌道を私が操作して、他の全ての糸をまとめて縛るように巻き付いていたら……どうなるかしらね?」
「なに?」
「一本の糸に経路を塞がれて、魔力の逃げ道を失った他の全ての糸に、際限なく私が魔力を放出したら……この糸はその負荷に耐えられるかしら?」
「まさか……、いやそんなこと……」
「はったりだ!」
ルカとデビッドが口々に叫ぶ。イザドラの全身が青色の魔力に包まれる。
キイイン
放出された魔力が糸を伝って逃がされていく。しかし、ある一点、一本の糸に固く縛られた箇所で、魔力の流れがせき止められる。行き場を失った魔力が糸に蓄積される。
ヴヴ……ヴヴ……ヴヴン……
本来かかるはずのない負荷に、糸が悲鳴をあげ始める。イザドラが放つ魔力の出力を上げる。
キイイイイイイイイイイイン
パリン!
ガラスが砕けるような音がして、イザドラの全身を絡めとっていた糸が全て切れた。そして——
パキパキパキパキ
白い結晶が床を伝って赤と黒のマスを覆いつくし、デビッドの足と、ルカが座る椅子と、ルカの半身をも封じた。
デビッドが呟く。
「氷の……魔力……」
イザドラは羽を使って優雅に立ち上がり、ドレスの裾を手で払ってから、ゆっくりとルカのもとへ歩き出した。ルカは呆然と言葉を漏らしている。
「馬鹿な……そんな……そんな……」
「さて、傀儡子さん」
吸血鬼の甘い声が響く。その顔にはルカと比較にならないほど冷酷な微笑が浮かんでいる。
「どうするかしらね? あなたの哀れなほどか弱い足は、可哀想に私の氷につかまってしまった。頼みの綱の糸も全部切れて、あなたはまるでネズミ捕りに捉えられたネズミのよう。逃げ出すことも、戦うこともできない。そんなあなたは私にどんな態度を見せてくれるのかしら?」
「く……来るな……!」
吸血鬼は鋭い爪を尖らせた片手でルカの顎をつかむと、味わうように恍惚な表情でルカの顔を見ている。氷の冷気に包まれて、吸血鬼の吐く息がルカの顔にあたる。その息も冷たかった。
「『来るな』? 私に命令するの?」
「た……た……助けてくれ……いや、助けて下さい……」
ルカは目に涙を浮かべて懇願する。それを見た吸血鬼の顔が愉悦に染まる。
「くすくす、いい顔よあなた。心の底から私に恐怖して、敗北を認めている。そんな表情。私がほんの少しこの手を捻れば、可哀そうなあなたの命の糸は切れてしまうのだけど、いいわ、助けてあげる。その代わりあなたは私に忠誠を誓って、私の下僕になるのよ。……そうね、まずはこの遊び場所を消してくださる?私、食後の紅茶を飲んでいる途中だったの」
ギュン、と音が鳴って赤と黒の結界が消え、三人はエルミュルの森の広場にいた。執事のベルモッドが待ち構えている。
「お戻りになられましたか」
「あら、ベルモッド、迎えに来てくれたのね。じゃあこの哀れなネズミさんたちを館まで運んでくれるかしら?」
イザドラはそう言って日傘をさすと、館へ向かって歩いていく。心なしかその足取りはるんるんと浮かれているようだった。そして振り返り、無邪気な笑みを浮かべて言った。
「約束は守ってよね、十二英雄さん。あなたは今日から私の新しい下僕。まずは先輩下僕のデビッドから私に仕える作法をよく教えてもらいなさい、くすくす」
「先輩下僕ってなんだよ!」
デビッドの突っ込みは、しかし虚しく森の木々のささめきにむなしく溶け消えていったのだった。




