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間話 ハンスが見せるもの

 物心ついた時には、もう両親はいなかった。

 目に映る全てのものに、色があった。

 それは母の胎内にいた時から感じていた。


 魔法という現象は、幼い私に力を与えた。

 知識は私の血肉となり、歩くための道標となる。

 そして人よりも早く成長し、気付く。


 ――私は飼われている。

 

 恵まれた容姿とその聡明な頭脳は、幼いながらに人々の心を魅了した。

 その結果、おおよそ悪と呼ばれるべき人間に使われることになった。


 その飼い主は、レガリウス領のとある貴族だった。

 魂が淀んだ、欲望の塊であった。


 飼い主の元で、たくさんの仕事をした。

 そのほとんどが、悪事であることはもうすでに理解できていた。

 

 ある日、私を利用してのし上がろうと考えたその飼い主は、幼い私に餌を与え始めた。


 知識という、餌を。

 違法な人体実験をし、その研究結果で儲けを得る。

 その餌達は、私の知的好奇心を満たすためだけに死んでいった。


 私はいくつもの研究を行い、論文や本の執筆などで確実に実績をあげていた。 

 いつものように本を読んで退屈を紛らわせていると、飼い主が怒った顔をしてやってきて、私を殺そうとした。

 

 その時、初めて殺し合いが起こった。

 ……いや、正確には起こした。


 私はクランツェフトに、この飼い主の悪行を密告していた。

 そして腹いせに、私を殺しに来るように仕向けた。


 抵抗する人間を殺したのは、その時が初めてだった。

 とても楽しかったように思う。

 それからは、見込みのある人間を育てては殺しに来させて返り討ちにしていた。


 いつのまにか、壊れたものを見ると安心するようになった。

 物言わないそれは、いつだって平等だった。

 積み上げては壊す、無意味な行い。

 それは、孤独な私にとって唯一の楽しみとなった。

 

 そうして――彼女に出会ってしまった。


 ♢


「私の娘を見てほしい。悪魔憑きの可能性がある」

 

「……それは大変ですね。魂を見てみます」


 陛下からそう言われたのは、十歳の時だった。

 この頃にはもう、私を煩わせるものは存在しなかった。


 小さなベッドの上に横たわる、小さな命。

 白い、魂だった。

 初めて、魂を見て美しいと感じた。


「綺麗な魂をしています。……お話を聞く限りでは、私と同じく早熟なだけでしょう」

 

「そうか……。だとしたら教育は早い方がいい。クレバンス伯爵にそう伝えてくれ」


 それからというもの、私はこの魂を見るために通った。

 しっかりと、こちらを認識している。

 すでに魔法が使えるのならば、自我があり意思疎通できるはずだった。


 白い魂と同じ、白い紫陽花を作ってみせた。


「面白いでしょう?」

 

「あー!」

 

 アリアーデは手を伸ばして、紫陽花を掴もうとする。

 何かを伝えようとしている。

 

「ふむ、白い魂は特殊なのでしょう。しかし、言葉は理解していないようですし……」


 次の日、アリアーデの枕元には歪な紫陽花があった。

 そしてその次の日、多少マシな紫陽花があった。

 また次の日……、色違いの紫陽花があった。

 ……なんという、執念だろうか。


 面白い。


「仲良くしましょう。よく食べて成長した暁には、その魂を黒く染めて差し上げます」

 

 ニコニコと笑っているアリアーデを、こちらも笑顔で見守る。

 

 ――この時、確かに私は希望を感じた。

 

 ♢

 

 彼女は、こちらが何もせずとも強くなっていく。


 しかし、まだ足りなかった。

 欲張ってしまった。

 楽しくなってしまった。

 灰色になってしまっていた世界が、再び色付き始めていた。


 彼女を壊したら、何が手に入るのだろう?

 そして彼女は私を壊してくれるのだろうか?

 まだ見たことのない、自分が壊れていく姿はどんなものだろうか。


 これを逃すともう二度と出会えない逸材なだけに、期待ばかりが膨らんだ。


 慎重に、丁寧に育てたつもりだった。


 しかし、彼女は今まで見た人間の中でも違っていると気付いた頃には、もう遅かった。


 ただ私から勝利を得るためだけに魂を裂いて、自身を犠牲にしてまで私を倒そうとする。

 そんなことをする人間など、今までにいただろうか?


 そして彼女は、"お前に私は殺せないだろう?"と、不意に突きつけてきた。

 この私についてこられる存在は手放したくないだろう、と。


 腹立ちが収まらない。

 彼女を壊したい。

 彼女を傷つけて、消えない傷をその心に刻み込みたい。

 それなのに、彼女を失いたくないという矛盾した気持ちを逆にわからされてしまった。

 

 私はいつからこのような感情を感じ始めるようになったのだろうか。

 そう思った時点で、私は彼女に魅入られていることを自覚した。


 彼女の心に触れて、知らない感情に触れて、初めて恐怖を感じた。

 幸せだと感じてしまうことへの恐怖。

 やはり、彼女を壊して元の私に戻るべきなのではないか。


 彼女の心を壊すために、私を使おう。


 一度、試す価値がある。

 私が死ねば彼女はどうなるのか?


 私と同じところまで来てくれるのだろうか?

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