4-3 家出
ハンスは眠らせたリーンを連れて、リーンの部屋まで転移した。
ハンスの転移は一度行ったことのある場所でしかできないが、皇宮内で彼が入っていない部屋はない。
リーンをベッドに寝かせて、ハンスのためだけに用意された東塔の一室に転移する。
ハンスは生まれてからずっと退屈だった。
人一倍強い魔力と、願えば叶う魔法。
全てに手が届き、全てが彼にとって既知であった。
両親は幼い頃に他界し、それ以来1人で辺境を守り続けていつしか感情がなくなっていた。
貼り付けた笑顔に寄ってくる大人達を利用し、いろんな人体実験をして過ごした。
いつか、いつかこの退屈な日々に終わりが来ると信じて。
アリアーデ。
磨けば光る最高級の素材は、予想を上回る成長を見せた。
だが、まだ足りない。
日に日に増していく自身の魔力を感じながら、ハンスはさきほどリーンから抜き取った情報に、初めての怒りを覚えていた。
「誰も、私には勝てないのでしょうか?」
対等に渡り合える相手。
ハンスが切望しているのは、自分と同じ存在だった。
壊れない、ただ一つの存在を。
「まだわかりません。……殿下にはもっと強くなっていただかなくては」
ハンスは、アリアーデより先んじてドワーフ地下帝国へ行くことを決めた。
♢
リーンは困惑していた。
朝起きたら嫌がらせのようにハンスに関する記憶だけなくなっていた。
昨夜の出来事もあまり思い出せない。
これがハンスのせいだと言うことは明らかだった。
急いでノートに日本語で書かれたストーリーを読み込む。
コンコン。
「リーン、起きていますか?」
「あ、レイさんお疲れ様です。今起きました」
「姫様がお呼びです。急いで準備をしてください」
リーンは身支度を済ませてアリアーデの元へ向かった。
「おはようございます、アリア様」
「あ、リーンおはよ。ちょっと聞きたいんだけど、ラビットさんって私に負けたらどうなっちゃうの?」
ゲームの中でラビットと戦うのは魔王ルートのみ。
ラビットルートでは、心を通わすことで襲われることもなく本来の優しい青年に戻る。
「ええと、魔王ルートの後日談は、英雄になったアリア様に攻略対象者達は再び襲いかかる日常って言うものなんですが……」
「ええっ、またラビットさん来るのかなぁ。さすがにもっと強くなってからだろうけど……」
「アリア様、ラビット様と戦ったんですか?」
戦ったことはすでに知っていたが、知らないふりをする。
「そうなんだよねー。勝ったけどちょっと心配って言うか。そういえばさ、最近リーンってレイと何してるの?」
まずい、と顔に出すことはなかったが、少し変な間が空いてしまったのをリーンは反省した。
「侍女としての心得を学んでいます。やっぱり誰かに仕えることはまだ慣れてないので……」
「そっか、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます!」
リーンは上手く誤魔化せたと思って、ホッとしていた。
――1ヶ月後。
「アリア様がいない……」
トイレに入って10分。
様子を見に行くと、アリア様は忽然とトイレから消えていた。
「大変! 誘拐!?」
急いでリーンはアリアーデの執務室にいるレイのところまで走った。
「レイ! アリア様がいないです!」
「リーン、これを見てください」
そう言ってレイから渡されたのはアリアーデの書いた手紙だった。
そこには、『ドワーフ地下帝国に行ってくるから探さないでね! いや、これフリじゃないからね!? 本気だから!』と日本語で書かれていた。
「アリア様はドワーフ地下帝国へ行かれたようです……」
「なるほど。では追いかけましょう」
やはりと言うべきか、レイは追いかけようとしていた。
「ですが、探さないでって書いてあります」
「恐らくそれは探してほしいと言うことでしょう」
「えと……そうじゃないって書いてありますが……」
アリアーデはレイの行動も読んでいた。
しかし、当のレイは行く気満々だった。
「これは我々への挑戦……。であれば受けて立つべきです」
それからレイは陛下への報告、関係各所への連絡を始めた。
リーンは修練場に来ていた。
「ラビット様。アリア様が単身ドワーフ地下帝国へと向かわれました」
「……わかりました」
一言発してラビット様は消えた。
強いて言うならば、正門まで走って行った。
「早すぎです……」
♢
「ドミニク、大丈夫ー? 今1番遅れてない?」
ドミニクとルヴィアは、アリアーデのためにゲームを作っていた。
けれど、話題はアリアーデの話。
「これだからお子様は。僕は宰相の息子だよ? 1番政略結婚の可能性が高いし、そもそもルヴィアは父君との確執をどうにかしないと結婚すらできないよ」
ドミニクは、ルヴィアのようにアプローチなど何もしなくとも良いと考えていた。
アリアーデの大好きなゲームを作れるのは自分だけであるし、ゲームだけで言えば対等に渡り合えるのはドミニクしかいない。
「はぁ? そうやって余裕こいてると、俺がとっちゃうよ?」
「アリアがお前になんてやられるわけないだろ?」
ドミニクはアリアーデの戦闘データを集めている。
ゲームに組み込むためでもあるが、今別に作っている武器に活かすためでもある。
それゆえに、ルヴィアのデータも揃っていた。
「俺、この魔法がもっと強くなれば環境支配が出来るって言われたよ? それでもそんなこと言えるかなぁ〜?」
「リーンか。それでもアリアの方が強いと思うけどね」
リーンとレイは結託している。
それはドミニクやルヴィアにとってはどうでもいいことだったが、何かと2人に強くなる方法を教えてくれていた。
どんな魂胆かはわからないが、それでアリアーデが喜ぶならとドミニク達は助言を受け入れた。
「はぁ〜、俺別にアリアと戦いたくないんだけどー。だって、不意打ちで支配しちゃえばいいだけだし」
「僕は不意打ちがアリアに通じるのは今のうちだけな気がしてるよ」
アリアーデの成長スピードはとてつもなく早い。
恐らく大人になったらもう誰にも止められない。
「んー、そうかなぁー? アリアって時々抜けてるとこあるし……」
「それには同意するね。そこがまたいいんだけど」
ピロン。
ドミニクが作った通信魔具が鳴った。
この通信魔具を持っているのは、ルヴィアとレイだけだった。
何かとアリアーデの要望を受け取るのに活用している。
「どうしたの?」
『姫様が失踪しました。恐らく行き先はドワーフ地下帝国でしょう。私達は今から追いかけますが、あなたはどうされますか?』
ドミニクは話を一緒に聞いていたルヴィアを見た。
「俺は行くよー?」
「はぁ。僕も行くよ。どうせ事後処理が必要な事態になりそうだし」
単身他国の姫が乗り込んできたとなれば、ドワーフ地下帝国とクランツェフトの関係が崩れかねない。
ドミニクは父と連絡を取って、急遽ルヴィアとドワーフ地下帝国に行く事となった。




