2-4 水を得た魚
離宮の食堂にて、私は過保護なくらいの看病を受けていた。
「あのー、レイさん? ご飯くらい1人で食べれるんだけど……」
「何をおっしゃっているんですか? 右手に擦り傷があります」
いや、擦り傷ぐらいでスプーンが持てなくなるとでも?
とても楽しそうなレイと違って、私はただ口を開けて餌を待つ雛鳥の気分だった。
「お姉さまもなんとか……お姉さま?」
「いやん! このストローで吸ってね?」
お姉さまは得体の知れない飲み物を私に押し付けてくる。
私の味方はどこに?
「……それでアークさん、どうされましたか?」
「この状況の中で僕に振るんですか……? お食事を終えられてからでもいいんですが」
こんな調子では食事なんていつ終わるかわからない。と言うより、助けてくれ。
「話してください」
「はぁ……。今回の精霊祭の巫女……つまり、海上でやる儀式の主役をしてほしいのですが……」
「構いませんよ」
私は即答した。
「え!?」
「レイ、ご飯終了。準備して」
「かしこまりました。アーク様、支度をしますので客室でお待ちください」
ようやく打ち合わせと言う用事が出来たので、ここから解放される。お姉さまと水着で遊ぶのも回避できるし巫女役の練習も併せてさらに時間稼ぎができた。
ありがとうアーク。なぜか驚いているけど。
「わ、わかりました……」
それから私は応接間に移動してアークと打ち合わせを始めた。
「それで、アークさん。私は何をすればいいんですか?」
「知らずに引き受けたんですか……。こちらとしては助かりますが、ひとまず精霊祭のおさらいからしますね」
そう言ってアークが語り出したのは、昔話だった。
――遥か遠い昔、アインバークが観光地になるもっと前の神話のお話。
要約すると、国に追われた巫女が、漁村に住む青年と恋に落ちた。2人は追手から追いかけられて、この浜辺へと辿り着く。そこには無数の精霊が飛んでいた。ちょうど追手が追いついてきた時、巫女が青年を誘って水面に立ち、持っていた錫杖で結界を作り出した。
すると、リガリットは色が変わり、2人をこことは違う遠いところへと運んだのだった。そして、遥か遠い地にて2人は結ばれた。
「本当は、精霊ではなくて魔物のリガリットだったんですが、観光地化する際に内容を変更したんです」
「なるほど。じゃあ、私がするのは水面に立って結界を作るところですね?」
それなら簡単そうだった。魔法で水面に立つことは3歳の時にやったことがある。……だってかっこいいじゃん?
「いえ、結界を張る代わりに……海上でのダンスが売りなんですよ。振り付けもあるので覚えていただかないといけません」
「え……?」
精霊祭まであと何日だっけ……。
固まる私に、無常にもアークは宣告する。
「祭まであと2日です。頑張ってくださいね!」
泣きそう。
「……早く振付師を呼んでください!!」
こうなった以上やるしかない。全身全霊の舞を見せてやろうじゃない!
――2日後。
「姫様、起きて下さい。サンクタ様がいらっしゃっています」
徹夜で体に舞を叩き込んだせいで、眠くて起き上がれない。レイが私の体をゆさゆさと揺らしているが、精霊祭の演目は夕方からだ。まだ寝る時間はある。
「嫌だ……海水浴したくない……」
「アリアちゃぁーん! もう遠くからこっそり練習を眺めるのは嫌よぉ」
バァン! と扉を開けて騒がしい姉が侵入してきた。何やら不審な物言いをしているが、問いただす気力もない。
「申し訳ございません。姫様は眠ってしまいました」
ナイス、レイ!
そのまま追い出して!
私は寝たふりを強行することにした。
「あらぁ……じゃあ、寝顔でも眺めようかしら?」
「申し訳ございません。それは私の特権であり、たとえ皇帝陛下であろうとも犯すことのできない不可侵領域です」
ささっとレイが私を隠すように動く気配を感じる。
「少しくらい分けてくれてもいいんじゃないのぉ? この前アリアちゃんの0歳の時の写真をあげたじゃない?」
「その賄賂はもう消費期限が過ぎております」
……何言ってんの?
「えぇ〜じゃあ、初めてのおねしょ写真はどお?」
レイが動揺したのを私は見逃さなかった。
「異議あり!! レイも迷わない! 断って!」
私は覚醒した。そりゃもうバッキバキに目が見開いている。これ以上ない目覚めだった。
何!? おねしょ写真って。
私あの時こっそり布団ごと焼却処分したよね!?
「うふふ。嘘よ? 本当におねしょしたのね?」
ハメられた事に気付いて、私の顔が赤くなる。いたたまれなくなって、私は2人を押し退けて走り出した。
「……探さないで!!」
知らないよ!
私だって朝起きたらびっくりしたんだもん!
5歳の時の話なんて思い出すんじゃなかった。
私は身体強化魔法をこれでもかと自分にかけて、追い付かれないように走る。
森を抜け、水面を走り、たどり着いたのは水上都市だった。
パチンと指を鳴らしてパジャマから服を着替える。
この前は魔具屋さんしか行かなかったし、どうせなら観光してしまおう。
「うわぁ、綺麗!」
街にはたくさんの出店が並んでいて、精霊である蝶をモチーフにしたブローチなどが飾られていた。
キラキラと輝く蝶の髪飾りを見ていたら、隣から手が伸びて、髪飾りを買われてしまった。
仕方がないので次のお店を見ようかと足を進めた時、聞いたことのある声に引き留められた。
「お嬢さん。これ、あげるよ」
「えっ? ……いいんですか?」
フードを被ったミディアムボブの少年だったが、誰だったか思い出せない。
「うん。欲しそうに見てたから」
そう言って、少年は私の髪に蝶の飾りをつけてくれた。
「ありがとう! 実はお金を持ってくるのを忘れてて……」
何も持たずに走り出したせいで、ただの冷やかし客になっていた。
「あはは。どうして1人なの?」
「ちょっと喧嘩してて出てきたんだけど……あ、やばい」
追って来たレイ達の姿がチラッと視界に映った。
「ああ、これを被って。見つからないところに案内してあげるよ」
そう言って少年は、着ていたローブを私に被せてくれて、手を引いて走り出した。




