2-2 天才魔具師
「第二皇女が来る? なんで止めなかったの?」
通信魔具が立てかけてある机の上。
貴金属を加工できる鉄筆で、今まさに金属を変形させている少年がいた。
「サンクタ様が漏らしたようです。……申し訳ありません、どうしてもと言われまして……」
若い男の声が、通信魔具から聞こえてきた。
「領主のくせに馬鹿なの? 断り方も知らないとか……」
金属から小さな火花があがる。
少年はゴーグルを外して、長い髪をかきあげて額の汗を拭く。
「ええと……"私の全てをあげるから会わせろ"と言われましたらさすがに断れないと言いますか……」
「はぁ。そんなやつ今までも沢山いたでしょ? まあいいや、適当に遊んで追い返そ」
気怠げに答えた少年は、領主に街で買ってもらったドーナツをかじった。
「仮にもこの国の皇女様ですから! 失礼のないようにお願いしますね!?」
「うるさいなぁ。わかってるよ。僕はまだ、ここにいたいんだから」
そう言って少年は、トルソーにかかった首飾りを眺める。
十二個の宝石をあしらった首飾りは、まるで着けた者を束縛する蔦のように絡みついていた。
♢♢♢
ゲーム! ゲーム!
異世界ゲーム!
「ふふふ……」
ニヤニヤが止まらない。
強い風が吹いて、麦わら帽子が飛びそうになった。
ここは水上都市が見下ろせる岬になっていて、ちょうど三日月型の陸地の先端に位置する。
私が今から会う人は宰相の息子で、ドミニク・オブロンというらしい。
いやぁ世間は狭いね。
優秀な魔具師にアポが取れたことを考えたら、皇女で良かった!
しかし、一人で来いって言われたけど、人見知りなのかな?
断られたことを考えてなかったけど、いざとなったら前世の知識を総動員して切り抜けよう。
雰囲気のある洋館の前に立ち、私は勢いのまま玄関のベルを鳴らした。
しばらくすると自動で扉が開いた。
出迎えてくれたのは、コウモリの羽を持った正方形の物体だった。
「えっと……」
『子供が何の用? ここは君みたいな子供の来るところじゃないよ』
正方形の物体から少年の声が聞こえてきた。
む、何よ!
そっちも5歳年上ってだけの子供なくせに!
「私の名前はアリアーデ・クランツェフト! テレビゲーム作りたいの! 絶対楽しいから一緒に作ろうよ! あなたの技術があればもはや無敵!」
「うるさいなぁ」
声がした後ろを振り向くと、ストレートの緑がかったブロンドヘアを足元まで伸ばした人がいた。
「……だれ?」
「ここの家主」
「あ、はい」
そりゃそうだ。
なんで髪を切らないんだ……。
幽霊みたいに前髪すら伸ばしっぱなしで顔が見えない。
「ちゃんとゲーム捨ててこいって言ったのに、アークのやつ……。その姿、イライラするんだけど」
苛立った声のドミニクに、私は焦った。
「な、何のこと?」
ドミニクはエントランス正面にある肖像画を指差した。そこには私と同じ服装の白いワンピースのブロンドの女性の絵が飾られていた。
「……あの方は?」
「僕の母さんだよ。僕が殺した」
私は固まってその場から動けなかった。
その間に、ドミニクが私の横を通り抜けて肖像画の前まで歩いていく。
何か話しかけなきゃいけないのに言葉が出てこない。
空気が最悪だ。
でも言わないと。
ここで逃げられたら終わる!
「……お願い、ゲーム作ってほしい。あとついでに戦闘用魔具も」
跪いてお祈りポーズを実践する。
可愛さをアピールしよう。
「……僕はもう誰かのために魔具を作るつもりはないよ」
そう言って、ドミニクは階段を上り始めてしまった。
やばいやばい!
「待って! 別に、ただで作れなんて言わない。お金でも、材料でも、皇族として用意できる。それに――私は、あなたの作ったものが好きだから!」
ドミニクは足を止めなかった。
「だから何?」
その声は驚くほど冷たかった。
「好きだからって、僕が誰かのために作る理由にはならないでしょ?」
このまま帰されたら、もう二度と会えないかもしれない。
「お迎えは呼んでおくから。残念だったね」
何かない!?
引き留めるための何かが――。
「……作ってくれないと、アークリガリットの存在を世間にバラすから! そうしたら、もうこんな隠居生活は送れないからね!」
立ち上がって、ドミニクに向かって指を差す。
最低な脅しだけど、ドミニクの足は止まった。
「僕を脅してるの……? 腕に自信があるみたいだけど、少し痛い目を見た方がいいみたいだね」
低い声でドミニクは静かに怒っていた。
あ、地雷踏んだ……。
ドミニクは袖の中から鉄筆を取り出して、そこに魔力を込めると筆先が青く光り始めた。
「ペグロック」
名前を呼ばれたコウモリの羽が生えた正方形の物体は、ドミニクの元へ急いで飛んでいく。
ドミニクがペグロックを優しく掴んで、ゆっくりと鉄筆を差し込んだ。
「えっ!? な、何!?」
その瞬間、洋館の内装が、階段が、全て幻だったように消え去っていく。今まで仮想空間に居たように、何もない白い空間になる。
ドミニクは、そこに浮かんだままだった。
「この家には僕しかいない。何故だと思う?」
たしかに、使用人すらも見当たらない。
何故だかわからずに黙っていると、ドミニクはさらに新しいペグロックを取り出した。
そのまま鉄筆を差し込むと、カチッという音がしてまた空間が白から街中に変わった。
ここは……水上都市?
レンガの街並みに水路が走っていて、ドミニクは建物の屋上に立っていた。
ごくり、と私は唾を飲み込む。
「……この空間で迷子になったら、どうなるの?」
「僕が助けるまで彷徨い続けるだけだよ」
つまりここから出たければドミニクを倒せってことね?
「そっちが始めたんだから、後から文句言わないでよっ!」
私は杖を脚の留め具から引き抜いて、ドミニクに向けて振った。
ドォン!
雷を落とす。
轟音が鳴り響き、ドミニクの姿は光に包まれる。
「無意味だよ。この空間の中で、僕を傷付けることはできないから」
傷ひとつないドミニクが両手をあげると、周囲の建物が浮き上がった。そして、容赦なく私に向かって建物をそのまま投げつけてきた。
「ちょっ!?」
だめだ、逃げ場がない!
水路と建物の間にいたんじゃ、避けられるわけがない。
だから避けるのを諦めて、真正面から立ち向かうことにした。




