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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十章 森の民の時間
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104話 彼らの時間へ

 というわけで、ウー・フーはアレクサンダーたちの旅についていくことになった。


「姉ちゃんに押し切られた」


 目的は子供を作ることだ。


 しかし、見れば見るほど、厳しそうな予感がする連中であった。


 アレクサンダーはなにを考えているかわからない。

 一瞬だけ彼が心情を吐露したこともあった気がするが、今ではもう、わけのわからないことをたくさんまくしたてるだけの、謎の男になってしまっている。


 サロモンはなにを考えているかわからない。

 いやもう、なんだろう? どうしてこいつは常に樹の上にいて、たまに動物の死体を無言でおいていくのだろう?

 一番意味がわからない。頭がおかしいのだろうか? よしんば動物の死体を置いていくのが『肉の差し入れ』だとして、黙って置くな。なんか言え。目を合わせろ。会話しろ。

 どうにもならない感が半端ではない。


 シロはなにを考えているかわからない。

 一番会話もできるし、随所でさりげなくエスコートしてくれるし、常に微笑んでいて柔和な印象なのだが、冗談のセンスがずれすぎていて、あと会話の中でたまに急に笑い出すのがこわい。

 会話も弾むことは弾むのだが、転がされているというか、操られているというか、シロとの会話はなぜか『最初から決められた筋をなぞっている』感覚がものすごい。

 どうしろというんだ。


「ばあさん、言うまでもなく旅はつらいぞ。旅の途中で『姉ちゃんに言われただけだから!』とか騒ぎ出されると目もあてられない」


 アレクサンダーがこう言って渋るので、ウーはもう一個ぐらい理由を捻出しなければならなかった。


「わ、わしとて長老なんじゃ。里に男が来ない状況は変わっとらん。それを解決する義務がある。お前らは西に行くんじゃろ? わしも、そっちが目的地じゃ。お前らについていくわけではない。お前らがわしの旅についてくるんじゃ」


「振り切ってもいいのかよ」


「んむううう……!」


「冗談だよ。……あーまあ、その、なんだ。イーリィさんがすごい目でこっちを見ているのがちょっとアレなんだけど、まあ、俺が旅を始めた当初とは状況も変わってるし、ばあさんの面倒見るぐらいはできなくもないだろ」


「そうじゃろ!」


「ただし、全面的に面倒を見させるつもりなら、容赦なく振り切るからな」


「んむう……どうして世界はわしに優しくないんじゃ……わしはただ、楽して、努力せずに、永遠にちやほやされたいだけだというのに……」


「クッソ高望みなんだけど、本気で嘆いてるっぽいのすげーな」


 二百年前に始めるはずの旅が、こうしてようやく本当に始まろうとしている。


 ウーは大人にはなれなかった。


 それはたぶん、これからなのかもしれないし、永遠にならないかもしれない。


 ウーはがんばるのが嫌いだ。


 でも、一回勇気を出してみれば、前よりも『がんばり』の期待値が上がったというのか、下がったというのか、『まあ、これぐらいなら、まだがんばってるうちに入らないよな』と思うことが増えた気がする。


 ウーは、姉と最後の最後に交わした言葉を思い出す。


 ――たぶんな、また百年ぐらい帰らんじゃろ?

 ――今度こそ、姉ちゃんは樹化(じゅか)しとると思うんよ。

 ――だからな、もしも姉ちゃんが樹化しとったら、姉ちゃんの名前が空くじゃろ。

 ――もしも、ウーの子が森の民だったら、姉ちゃんの名前をつけてくれんか?


 ……思えば。


 姉になにかをお願いされるのは、初めてだった。


 それだけ成長を認められたということなのだろう。

 みんなの英傑はまだ荷が重いけれど、姉にとっては、ちょっとだけ頼れる妹になれたということなのだろう。


 だから、ウー・フーは旅をする。


 旅をすれば、ほら、この無理めな三人ではない、もっと顔がよくて、もっと優しくて、もっといろんなものを貢いでくれる男だって見つかるかもしれないし。


 というか。

 姉の名をもらい、英傑フーばばあの名と、大英傑ウーの名を後ろにつける娘が、この三人の誰かの子というのは、ちょっと想像しがたい未来なのだ。


「クー姉ちゃん……ウーはやっぱ無理かもしれん」


 やっぱりがんばらずにちやほやされたいし、甘えられるものなら際限なく甘えたい。


 自分は英傑になれるような器の持ち主ではないけれど、勇気を差し出して英傑となった。

 ならばまたなにか困ったことがあれば、そうしよう。なるべく勇気なんか出すような目に遭いたくはないけれど、それしかないなら、そうしよう。

 勇気を出すのはとてもつらくて苦しい。


 でも、一回やったんだから、きっと、また、できるだろう。


 ……悲しいぐらい凡人で。

 ……笑ってしまうぐらい弱者だから。


 たった一度の大活躍を、一生誇って、一生すがる。


 なにかにつけて引き合いに出していこう。なにかにつけて人に語り聞かせよう。


 そして。


 ……もしも、機会を得て、また、勇気を出す羽目になって。

 そういうことが、この先、一度二度と起こるなら。

 きっとその果ての果てに、自分には勇気と自信が身についているのだろうな、とも思う。


 だから、ウー・フーは旅をする。

 この『本当の理由』は絶対に言えない。


 だって――

 言ったら絶対、『勇気を示す機会を作ってやろう!』とか、笑顔で言い出すに決まってるんだ、あの、アレクサンダーは!

十章 森の民の時間 終

次回更新は9月12日(来週土曜日)午前10時

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