103話 姉との再会
里人たちは、救われた。
なぜばけものの巣で百年も二百年も生かされていたかはわからない。
アレクサンダーは「まあそういう習性のモンスターかもな」と述べた。詳しく聞いたが言葉を濁されたので、アレクサンダーもよくわからないで言っただけかもしれない。
姉は無事だった。
しかし二百年の地下生活はこたえたようだ。
地上に出た彼女らは衰弱していて、すぐにでも休養が必要だった。
イーリィが彼女らを見て、カグヤがそれを手伝う。
サロモンは「存外弱くてつまらなかった」とこぼして、どこかに隠れてしまった。
ウーはアレクサンダーとシロ、それからダヴィッドにも手伝わせて、宴の用意をした。
なにかがあった時に宴の開催を決め、それを仕切るのは長老の役割だ。
今度の宴は森の民の歴史に残るものになるだろう。
そして、英傑ウー・フーの名も、後世まで残るだろう。
フーの名と同じくウーの名も残り、ウー・フーの子孫は名前のあとにウー・フーとつけるようになるのだ。
生き残るのだ。
永遠に。
死後も。
ウーの夢は、またしても叶った。
しかも今度は、なにも差し出さずに叶った。
「違うよ。あんたは勇気を差し出した」
アレクサンダーはそう言うし、ウーもそう思い込もうとした。
けれど。
けれど――
◆
宴の準備の仕切りをいったん若者にあずけて、ウーは、ある囚われていた里人のもとに来た。
里には大きな建物なんかはないから、衰弱した里人たちは、各々がもともと暮らしていた家で横になっている。
その回復ぶりは目覚ましく、中にはもう宴の準備の手伝いを始めている者もいたが……
「姉ちゃん」
ウーは、住み慣れた家に、戻ってきた。
そこにはいつも、腹違いの姉がいて、自分がいて、おろおろするばかりだった母がいた。
今は、弱って寝込む姉がいて、自分がいる。
二人だけに、なってしまった。
宴の準備の喧騒が、どこか遠く聞こえる。
ウーは木の台に葉を集めてのせたベッドで横たわる姉の背中に、語りかける。
「ウーはな、今、長老やっとんよ。みんないなくなってしもうたから。ウーしか、髪が緑のがおらんかったんよ」
「……」
「なあ、あの耳のとがった男と、耳の丸い男、すごいじゃろ? 樹化しかけて根をおろし始めてたみんなさえ、根っこごと掘り起こして地上に連れ戻しよった。とんでもなくでっかくなってしもうた母ちゃんさえ、信じられん大穴空けて、母祖の眠る場所まで連れてきてくれた」
「……」
「それもこれも、ウーががんばったからじゃ。ウーが、あいつらの協力を引き出したんじゃ。……姉ちゃん。なあ、姉ちゃん」
「……ん、すまん、寝とった」
「寝とった!?」
「そりゃあ横になっとるんじゃ。寝とるじゃろ」
よっこいせ、と姉は寝返りをうってこちらに振り向いた。
髪はすっかり緑色になっている。顔立ちも体つきも変わらない。褐色の肌のツヤだって、前の通りだろう。
けれど、どこか、元気を失っているように見えた。
姉は、はかなげに笑った。
「途中からしか聞いとらんかったけど、ウーががんばったんじゃな。えらいぞ。あんたは、ほんと、どうしようもない子じゃったけど……がんばるべき時に、がんばって、本物の英傑になりよった。ようやったな。ありがとな」
「……」
「なんじゃ、どうしたん?」
「……ウーはな、すごい力があったんじゃ。『オートマッピング』いうちいとすきるらしいでな。あの深くて広いだんじょんをすんなり進めたのは、みんな、ウーの力なんじゃ」
「そうか、そうか。あんたはすごい子だったんじゃな」
「…………」
「なんじゃ、さっきから。ウー、なんか、言いたいことあるん?」
「……ね、姉ちゃんこそ、言いたいこと、あるんと違うか?」
「じゃから、ありがとうって……ちょっと待っとくれよ。飾り付けしながら感謝を述べるのは、まだちょっと厳しいんじゃ。あんたは正式な感謝されたいんじゃろうけど、さすがに体がきつくて」
「そうやない!」
この先の言葉は、言わないほうが、いいものだ。
でも、ウーは、これを聞かずに、これから先、生きていける気がしなかった。
「姉ちゃん、ウーを恨んどらんのか!?」
「……なんでなん?」
「ウーがもっと早くがんばってれば、もっと早く、姉ちゃんは助かったかもしれんじゃろ!」
「……」
「母ちゃんだってそうじゃ! あんな、あんな暗いところで、助かるかもわからん状態で、寿命を迎えることはなかったはずじゃろ! ……ウーが、いつもみたいに、先延ばしにして、なんとかしてくれる誰かを待って、百年もだらだらしとらんかったら、ここには、母ちゃんもいたんじゃ。……恨んどるじゃろ。ウーが早く行動しなかったこと、恨んどるじゃろ……?」
「いやあ、ウーがだらだらしたがるんは、姉ちゃんも、母ちゃんも、わかっとるし」
「……」
「それにな、誰かが助けに来るとしても、それがウーだなんて、思っとらんかったよ。だってウーはそういう子やないじゃろ。長老……その時の長老も、姉ちゃんらの同輩も、みーんな知らんかったけど、姉ちゃんと母ちゃんだけは、ウーがそんな、がんばれる子やないって、知っとったよ」
「……え? ひどない?」
「そりゃあ、あんたが積み重ねたモンじゃろ。あんたが、壁に向かってぐちぐち言うたり、使命を下されてもだらだら引き延ばしたり、そういう姿ばーっかり見せられとったからなあ」
「……」
「だからな、ウーが来た時は、夢かと思ったよ」
「……姉ちゃん」
「おいで」
ふらふらと、歩み寄る。
寝台のそばに、膝をつく。
姉は細い手を伸ばして、ウーの頭をなでた。
「ええ子、ええ子。あんたはなあ、いっつも、そうじゃ。引き延ばして、強がって、自分を大きく見せて、そんで、いらん苦労ばっかしとる。だーれも知らんけど、あんたが強がってる顔の裏で、だらだら冷や汗流してる姿、姉ちゃんは、よおく知っとるよ」
「……」
「がんばるのが大嫌いで、勇気がなくって、弱っちくて、いつまでも子供のままなの、姉ちゃんは、よく、知っとるよ」
「……うん」
「そのあんたがなあ。勇気振り絞って、助けに来たんじゃ。姉ちゃんはまだ夢ん中にいるかと思っとるわ」
「現実じゃ」
「知っとる。……ああ、うん、けどなあ。あんたが助けに来るだなんて思っとらんかったけど、でも、助けに来るならきっと、あんたじゃろうなあとも、思っとったよ。だってあんた、そういう、どうしようもなく、どうしようもないモンに好かれとるじゃろ」
「……」
「だからな、姉ちゃんは、『よくがんばったね。ありがとう』以外の言葉はないんよ。母ちゃんだって、そうじゃろ。あんたは、がんばった。がんばることが大嫌いなあんたが、がんばった。そうして、姉ちゃんらは助かった。それが全部じゃ」
「でも」
「しゃんとし」
「……」
「フーばあちゃんと、一番最後まで話しとったんは、あんたじゃろ。あの英傑は、そんな、くよくよした顔せんかったじゃろ。いつも楽しそうで、いつも自信満々だったじゃろ。あんたも、英傑になるんじゃ。『ウー』の名は、語り継がれるんじゃ。だったら、しゃんとせいよ。あんたの顔は、若い衆の心に残るんじゃ。それがそんな顔じゃあ、未来の若い衆に誇れんようになる」
「……姉ちゃん、ウーは……無理じゃ。英傑になりたかったけど、ウーに英傑は荷が重いんよ。胸張れるほどの自信が、ウーにはないんよ」
「そらあ、どうしようもないなあ」
「どうしたらええ?」
「どうしようもないって言うたじゃろ。あんたはなあ、ほんと、自分で考えぇや。姉ちゃんがおらんかったころはできとったんじゃろ。母ちゃんはもうおらんのじゃ。姉ちゃんまでおらんようになったら、あんた、一人じゃぞ」
「んむうう……」
「うなられてもなあ。……まあ、自信がないなら、身に付けるしかないなあ」
「そんなんできたら苦労せんわ!」
「子供の一人でも産めば、度胸も自信もつくんじゃろうがのう。……今、里にいる男だと、誰がええんじゃ?」
「そういう話はわからん」
「姉ちゃんは白いやつじゃな」
「まだ産む気か!?」
「顔がいい。体つきがいい。あと優しそうじゃ。丈夫でいい子が産まれるぞ」
「あんなあ姉ちゃん、あいつらは、たぶん、種を残さん。そういう感じと違うんよ。昔も、女連れは種を残さんこともあったじゃろ? そういうアレじゃって」
「そら、あかん。あんた、もらってきな」
「姉ちゃんが行けや!」
「姉ちゃんは元気ないじゃろが!」
「元気じゃろがい!」
「よしわかった。姉ちゃんがあんたに、自信がつく方法、教えたる」
「嫌な予感しかせんのじゃが」
姉ちゃんは笑った。
それはなんていうか、『ニマァ』という感じの、いやーな笑みだった。




