【後日談5】似たもの親子
お兄さんがたき火を焚いてくれた。
岩に座る私に、飲み物をごちそうしてくれる。
「この薪といい、コップといいどこから取り出したんですか?」
「自分の異空間からだ。竜は皆、自分の異空間を持っている」
よくわからなくて首を傾げる。
「異空間はいつでもどこでも利用できる、便利な自分の部屋とでも思っておけばいい。こいつらはオレの部屋から取り出した品物だ」
そういってお兄さんは、指を縦に振った。
空間が裂けて、その奥に部屋が見える。
手を入れて取りだしたのは、クッキーだった。
「食うか?」
「ありがとうございます」
助けてもらったうえ、ごちそうになってしまっている。
悪いなと思いながらも、好意に甘えることにした。
◆◇◆
「外でのイチはどんな感じだ?」
お兄さんが話題を振ってくる。
「とても優しいです!」
「……そうか。くくっ、それはよかったな」
即答すれば、好ましいというようにお兄さんが笑う。
イチに嫌われていると言っていたけれど、お兄さん自身はイチが好きなんだろう。
よかったなという声が、とても優しかった。
「お兄さんに聞きたいことあるんですけど、いいですか?」
「なんだ、イチのことで質問でもあるのか。オレに答えられることなら、面白そうだから答えてやる」
にやにやとするお兄さんは、わたしとの会話を楽しんでいるみたいだった。
「イチのお父さんって、どんな人なんです?」
予想外の質問だったみたいだ。
お兄さんが大きく目を見開いた。
「イチのことを聞くんじゃないのか? 父親のことを聞いてどうする」
「答えられることなら答えてくれるって、言いましたよね?」
「まぁ、そう言ったな」
言ったことを後悔しているのかもしれない。
お兄さんは、溜息を吐いた。
「どんな人と聞かれても、答え辛い。もっと具体的な質問にしてくれ」
わたしは何が一番聞きたいのかな。
言われて少し考える。
「イチのお父さんは、お母さんとイチのことちゃんと好きですよね?」
結局、確認したいことはこれだった。
「……それを知ってどうするんだ、お前は」
お兄さんの翼がバサリと動く。
眉間には、思いっきり皺が寄っていた。
「イチはお父さんみたいな竜になりたくないって、ずっと言ってました」
「そうだろうな。見習うところなど、何一つない」
お兄さんから見ても、イチのお父さんの態度は酷いようだ。
その声のトーンが下がる。
「でも、イチのお父さんも、イチと一緒で不器用なだけな気がして。好きならちゃんと言ってあげてほしいなって思うの」
自分の気持ちを探りながら言葉にしていたら、ため口みたいになってしまった。
お兄さんが気分を害してないかな?
気になって窺えば、難しい顔をしている。
「お前は……自分の仲間をたくさん殺した嫌いな奴に、好きと言われて嬉しいか?」
「それは嫌です」
思い浮かべたのは、宝具を狙ってくる人間達の顔。
あんな人達に好きと言われても、恐怖しか感じない。
「だろう? 嫌いな奴に好きだと言われたら、オレなら殺したくなる。嫌われているのがわかっているのに、好きだなんて言えるほど愚かじゃないんだ」
「だから、イチのお父さんは好きだって言わないんですか」
「そうだ」
話は終わりだというように、お兄さんは立ち上がる。
「でも、イチのお父さんのこと、イチもイチのお母さんも好きですよ」
「そんなわけないだろう」
私の言葉を、お兄さんは信じてないみたいだ。
バカにしたように笑う。
「どこの世界に、オレを好きになるバカがいる?」
お兄さんは、自分のことを蔑む。
自分のことが嫌いで仕方ないというように。
寂しそうなその目が、その声が……イチと被った。
どうやらこの竜のお兄さん――ニコルがイチのお父さんだったみたいだ。
ふいにニコルが、何かに気づいたように視線を上げる。
その口角が楽しそうにつり上がって、目が細まった。
わたしの後ろに、何かあるんだろうか。
振り返ろうとすれば、ニコルに体を引き寄せられた。
次の瞬間、私の右横を剣先がビュッとかすめる。
「魔王! その子を離せ!」
「何故お前の言うとおりにしなくちゃならない? こいつは、オレの領域に自分から入り込んできたんだ」
声の主は、イチのお母さんだった。
わたしを背中から抱き留めるように、ニコルが体勢を変える。
イチのお父さん、見た目が若すぎる気がする。
イチのお母さんもだけど。
二人とも竜だから、人間とは歳を取るスピードが違う。
つい、人間の頃の常識を当てはめてしまっていた。
「魔王、お前って奴は! どうしていつもそうなんだ!」
「何のことかわからないな?」
怒りをぶつけてくるイチの母さんに、ニコルが肩をすくめる。
わたしを背後に追いやると、ニコルがその手に剣を出現させた。
まるで手品みたいだ。
それを合図にしたかのように、イチのお母さんがニコルに斬りかかってきた。
ニコルはその剣を受け止めて、軽く流す。
皮肉っぽい笑みを浮かべて、余裕があるようだった。
「どうして、国を滅ぼしたとき、私の兄弟達を逃がしたと教えなかった!」
「何かと思えば、昔の話か。言えばお前は、そいつらを守る為に行動するだろう。余計なお荷物は、お前に必要ない」
「じゃあなんで、あのとき一緒に消さなかったんだ! その方が楽だっただろ!」
剣の応酬をしながら、二人は会話をしている。
早すぎて何をしているのか、わたしの目には追えなかった。
「そんなこと、どうでもいいだろう。気まぐれだ」
「よくないから聞いている!」
ニコルに対して、イチのお母さんはかみつくように言葉を重ねる。
どうしてイチのお父さんは、わざと嫌われるようなことを言うんだろう。
溺れそうだった私を、助けてくれる優しさがある人なのに。
イチのお母さんに、自分が好かれるわけがない。
そう思いこんでしまって、好かれることを諦めているように見えた。
「そうです、よくないですよ!」
大きな声で叫んで、会話に割って入る。
剣を切り結んでいる二人の注意が、わたしに向いたのがわかった。
「ニコルさん、イチのお母さんのことも、イチのことも大好きだって言ってました!」
「なっ!!?」
わたしの暴露に、ニコルがわかりやすく焦る。
「そんなことは言ってない!!」
「そうですね。正しくは、嫌われているのがわかっているのに、好きだなんて言えるほど、愚かじゃないんだって言ってましたね!」
「お前、人が真面目に答えてやったのに……!」
ニコルが恩を仇で返す気かと声を荒げる。
顔が真っ赤だ。
捕まりそうになったので、イチのお母さんの後ろへと逃げ込こんだ。
「今のは……本当なのか」
「そんなわけないだろう! そいつの戯言だ!」
イチのお母さんに尋ねられて、ニコルはむすっとした顔で答える。
言いたくないことがあるときのイチに、その表情が驚くほどに似ていた。
やっぱり親子だなと思う。
「二人のこと好きかって聞いたら、嫌われているのがわかっているのに、好きだなんて言えないって言ってました」
「お前……調子に乗るなよ?」
さっきよりわかりやすく繰り返せば、ニコルに睨まれてしまう。
その迫力は魔王というのが納得で、心臓が縮むような気がした。
「やめろ。怒るのは、その通りだと認めるようなものだぞ」
「……」
イチのお母さんの制止に、ニコルはバツが悪そうな顔をした。
「お前は、私のことが好きなのか?」
ダイレクトにイチのお母さんが尋ねる。
ニコルは、顔をふいっと逸らしてしまった。
「どうでもいいだろう、そんなこと」
「はぐらかすな。答えろ」
イチのお母さんは、ニコルへと剣先を突きつける。
「お前が私を竜にしたのも、側に置くのも……気まぐれか? それなら私は、もうお前の側にいたくない」
「まるで、お前が自分の意思でオレの側にいたかのような口ぶりだな。おまえが嫌がろうと、逃すつもりはない」
二人は睨みあう。
緊張に包まれる中、イチのお母さんが剣を捨てた。
「なっ!?」
ニコルが気を取られた隙に、その懐へと飛び込む。
イチのお母さんはニコルの胸ぐらを掴み、それからキスをした。
「お、お前何をっ!?」
「何ってキスだが? 最初にしかけたのはお前のくせに、やり方も忘れたか」
焦るニコルに対して、イチのお母さんは淡々と答える。
冷静というより、怒りを通りこしてしまった状態と言ったほうが正しい。
「悔しいが、私はお前が好きだ。だから、気まぐれで側に置かれるのは……辛い。ただの執着なら、もう期待はしたくないんだ」
まっすぐな愛の告白。
情熱的な言葉なのに、後半は涙混じりだった。
ずっとイチのお母さんは、不安だったんだろう。
「オレは……」
服を握って泣き出してしまったイチのお母さんに、ニコルはどうしていいかわからないみたいだった。
「お前は私のことが嫌いなのか? だからこうやって、ずっと私を苦しめるのか?」
「そんなわけないだろう。最初からお前に惹かれていた。好きで……誰にも渡したくなかったから、竜にした」
ニコルが素直になれば、イチのお母さんが顔をあげる。
とてもいい雰囲気だった。
ここから先は、わたしは邪魔だよね。
そっとその場を立ち去る。
家に戻れば、イチはまだベッドで寝ていた。
服を着替えてから、イチの横に潜りこんで暖を取る。
たき火に当たっていたとはいえ、まだ体は冷えていた。
魚を捕ろうと頑張りすぎたかもしれない。
すぐに眠くなってくる。
「ん……フェリ?」
イチの目がゆっくりと見開かれる。
起こしてしまったかなと思ったけれど、まだ夢の中みたいだ。
優しく抱き寄せられたかと思えば、耳元で寝息が聞こえてくる。
寄り添うだけで、心が落ち着く。安心する。
幸せだなと思いながら、イチの腕の中で目を閉じた。
後日談はこれで完結です!
長男のお話のようで、ニコルくん達のお話になっていましたが、楽しんでいただければ嬉しいです。




