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■第63話 ラストシーン


 

 

その時、廊下向こうから部活動の朝練終わりの生徒が賑やかにこちらに

向かって来る足音が聴こえた。

 

 

ふたりきりの朝の教室で、強く握り締めていた手を慌てて離す。


しかし、この中途半端な状態で今ふたりの間に漂う ”この空気 ”を

断ち切るのは生殺しとも言えるほどで。

 

 

すると、イツキが無言でミコトの手首を掴んで教室戸口へと促した。

ミコトは促されるままそれに従うと、慌てて机上の茶封筒を引っ掴んで

駆け出した。

 

 

 

まだ午前8時前のひと気も疎らな廊下を、ふたりは走る。


いつしかミコトの手首を掴んでいたはずのイツキの大きな手はしっかり

手を繋でいた。

もう自信なげに小刻みに震えてはいない、その手と手。 


イツキの手は確かな意思を持って握り締め、その脚は頼もしくリードする

ように目的地へ向けて駆けていた。

 

 

イツキが向かっていたのは、南棟だった。


屋上へと続くその階段は普段は出入厳禁となっていて外へは出られない。 

よって誰も近寄らない場所になっていたその階段踊り場。 イツキが早朝

に原稿を机に忍ばせた後、ひとり、寝て時間をつぶす場所だった。

 

 

パタパタとふたり分の足音を響かせてやって来たふたり。

今日のイツキは踵をしっかり内履きに収めていた為、跳ねる様に踊る様に

その足音も軽快で耳に心地よい。


少しだけ乱れた息を胸を上下させて深呼吸し整えると、互い顔を見合わせ

て照れくさそうにはにかんで笑った。

 

 

 

 『ココで・・・ 時間つぶしてたんだ、いっつも・・・。』

 

 

 

そう呟いていつもの所定位置、踊り場の壁に背を付けてズリズリとそこに

座り込んだイツキ。 すると、ミコトは目を細めて微笑んだ。

 

 

 

 『だっから、原稿が机にある日は


  カノウのズボン、汚れてたんだ~・・・?』

 

 

 

掃除もまともにされていないそこは、埃がひどくて直接床に座りでもした

ら汚れるのは必至だったが、毎回早起きする為に睡魔と闘うイツキには

そんなの全く気にしてなどいられなかったのだ。

 

『あっ!』 イツキの隣に座ろうとしたミコトに、今更ながら汚れている

床面に難色を示し、しゃがみ込むスカート姿を遮るように手を伸ばす。


すると、『別にいいよ。』 そう言って、ミコトは微笑んだ。

 

 

 

 『一緒に、 座りたいよ・・・。』

 

 

 

 

 

その後はふたり、なにも言えずにただ黙って並んで座っていた。


今までで一番近付いて。

ふたりの二の腕が触れ合うくらいの、距離で。

 

 

すると、ミコトが教室を飛び出す際に引っ掴んで来た茶封筒を思い出

した。 体育座りしている立てた膝を伸ばしてまっすぐ床に足を投げ出

すとスカートの太ももの上にそれを置く。


そして、『読んでもいい・・・?』 小首を傾げイツキへと確認した。

 

 

コクリとイツキが頷く。


自分が書いたと知られながらのそれは、内心恥ずかしくてどうしようも

なかったが、これが最終話、最初で最後になると思うとイツキもなんだか

感慨深かった。

 

 

ミコトが1枚、ページをめくる。

大好きな大好きな歯がゆくて甘酸っぱい恋物語。

 

 

あの日、ミコトの勘違いからはじまったふたりの恋物語もまた、最終章

に近付いているのを確かに感じながら、やわらかい息遣いでゆっくり

原稿をつかむ指先は終わりに向けてページを進めてゆく。

 

 

胸がじんと熱くなる。


物語の主人公ミナトとカスミも、互いへの想いを胸に高鳴る鼓動に苦し

げに顔を歪めながら、ただただ溢れそうな素直な気持ちを口に出そうと

しているこの物語のピークに達した、その時だった。

 

 

 

 

  (・・・・・・・・・・・。)

 

 

 

 

感慨深げに読み進めていたミコトが、とある一行で固まった。

固まったまま微動だにせず、真っ赤な顔をして目を見開いている。

 

 

『ん??』 イツキはそのミコトの様子に首を傾げじっと見つめるも、

どんどん真っ赤に染まってゆくミコトの頬や耳や首筋は留まることを

知らない。


その様子に最終話になにか誤字脱字または不手際でもあったかと、

イツキもさすがに心配になり、原稿をミコトの指先から引き放そうと

するもなんだか必死にそれを離そうとしないミコト。 

原稿でその赤面した顔を隠すように、終始、頑なな態度で。

 

 

 

 『なんだよ・・・? 見せろって。』

 

 

 

無言の押し問答の末、半ば強引にミコトの指先からそれを奪った。


そして原稿に目を落とし、ざっと速読するイツキの目に映ったもの。

 

 

 

それはラストのシーンで、主人公ミナトが想いを寄せ続けるカスミへと

遂に告白する場面だった。


だった、の・・・ だが。

 

 

 

 

 

 ≪ずっと、ずっと。好きだったんだ・・・ 俺。


                ・・・ミコトのことが・・・。≫

 

 

 

 

 

そこには、


ヒロイン ”カスミ ”ではなく、はっきりと ”ミコト ”と在った。

 

 

 


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