よくあること
やってきたのは、ヒナタの町。
この国の城下町の一角であるが、王城からはそこそこ距離がある、けれど人の出入りはほどほどに激しい町だった。
そこの入り口まで来て、メイベルは俺に声をかけた。
「町の入り口に、馬を泊める場所があるから、そこにこの馬を連れて行きましょう?」
「どうするんだ?」
「賞金首を役所に突き出して、場合によっては財産没収になったり、元の持ち主に返したりする事になるかな?」
「……没収されるのか?」
「うん、その売った費用を賞金に当てるの。そうすることで賞金額が上がって、皆が捕まえるのを頑張るようになるからって」
無邪気に話すメイベルに、色々な大人の事情が垣間見えて俺は上手く出来たシステムだなと思った。
自分の国の城下町にはそんなシステムは無かったし、場合によっては賞金首を捕まえた奴らが、盗んだ財宝などをネコババする事もよくあると聞く。
特に金貨などは、出てこない。
なのにこのに馬車に積まれている金貨にメイベルは手を出さない。
それが奇妙に思えて俺はさりげなく、
「金貨とか、持ち主は分らないよな? そういったものって……」
けれど、その聞いてきた意味が分ったメイベルは怒って頬を膨らませて、
「私は、そういった意地汚い事はしないの。そもそも、お金が欲しくて賞金首を捕まえているわけじゃないもの」
「……でも賞金首の事、お金で数えていたよな?」
「あれは正当な報酬だから良いの。大体、こいつらの持っている通貨が本物の保障が何処にあるのよ。偽物だったらこっちが疑われるわ」
「偽物の通貨?」
「そう、ただ高度な成分分析魔法装置があるから、それを使えば一発で分るし」
「そんなもの個人でもてるのか?」
「大きなお店とか役所にはあるわよ? そんなわけで、私はそういった事はしないの!」
そう更に頬を膨らましメイベル。
まさか俺にそんな事を思われているとは思わなかった、せっかく助けてあげたのにと小さくメイベルはぼやいている。
俺はこういう所が、俺が駄目な所なのかなと思いつつ、メイベルの怒った顔にも愛嬌があって可愛いし、意外に真面目なんだなと思う。
こんな若い女の子が賞金首を狩ったり、荷台を素手で一部壊したりと凄い事になっていたので、人間性に関して何処かおかしいのだろうかと邪推してしまった俺は、自身を恥じる。と、
「後は役所にこいつらを突き出すだけなんだけれど、暇だから回収に来てくれるって」
「暇だからって……そういうものなのか?」
「うん、ここは特に治安のいい場所だからね。正確には悪い事をすると速攻で、町の人達にぼこぼこ……ではなく、協力して捕らえられるし。生活も結構豊かな方だっていうのもあるのかも。土地柄色んな野菜が取れるから」
「そうなのか。いい場所だな」
「うん、ただその分強くならないといけなかったらしいけれど、その名残でここの人達は国の中ではそこそこ強い方なんだ。あ、ありがとうございます」
そこで人が来て、メイベルに賞金を渡す。
ついでに飴玉を二つくれて、メイベルは俺に、
「青い飴玉とピンク色の飴玉、どっちがいい?」
「じゃあ、ピンク色かな」
メイベルの瞳の色と同じだし、と俺は無意識で考えてしまい慌てて、
「あ、やっぱり青で」
「そう? じゃあこっち」
そうにこっと笑ってメイベルがピンクの飴玉を取る。
俺も青い飴玉を口に含むと爽やかな果実の甘みが口に広がる。
意外にこのあめ美味しいから、後で買おうと俺が思っていると、そこで壊れた家二つに出くわす。
何か巨大な力で凪がれた様な、そう、竜巻か何かにあった家のようだった。
半分以上の屋根が吹き飛ばされている家々が二件あり、そこを二人の男性が一生懸命石を積み上げて直していた。
どちらも筋肉の盛り上がった無骨な男達で、只者ではない雰囲気を漂わせている。
そんな彼らにメイベルが声をかける。
「リーズさん、コウズさん、こんにちは! カナタ、頭に白い帽子を被っているのがリーズさんで、スキンヘッドの方がコウズさんだよ」
そう紹介されて、その二人を見る俺。
カナタよりも30センチは高い巨体。
こんな騎士の人達が城にもいたなと面々を思い出しながら、俺はこの二人の方が筋肉があるなと思う。
ついでにこちらの方が朗らかで好印象を持つ。
そんな彼らはメイベルを見て笑い、
「あ、メイベルちゃんか」
「おう、メイベルちゃん。おや、そっちの男は……彼氏か!」
親父さん達が二人揃ってにやっと笑う。
けれどそんな二人にメイベルは嘆息して首をふり、
「違いますよ、偶然助けたのですが、多分この町に住む事になると思うカナタ君です」
そうメイベルに紹介されたので、俺は挨拶をする。
そうするとじろじろと俺は上から下までその親父さん達に見られて、
「うーむ、男にしては筋肉がついていないな」
リーズが唸るように言う。
それを聞いた俺は悲しくなる。
色々と頑張ってみたのだが、こんな風に筋肉隆々にはならなかったのだ。
そしてどちらかといえば痩せて背の高い……もちろん、彼らよりは低いが、平均よりは背の高い俺は、そこにある種のコンプレックスを抱いていた。
「俺、本当は皆さんのようにムキムキになりたかったんです」
「あ、いや、そういうわけでは……おい、コウズ、何とか言ってくれ」
「無神経にリーズ、お前が言うからだろう。まあ、まだまだカナタ君は若いから、これからそうなるかもしれない。だから諦めるのは早いぞ?」
「ですが……」
「ほら、リーズ。あんな風な事を言うから、カナタ君は俯いちゃっただろう。そういう思った事をすぐ口にする癖は止めたほうがいい。そのせいでこんな事になったんだったし」
「なんだと? 大体お前は……」
そこでそれまで仲の良さそうな雰囲気だった二人が険悪になる。
お互いが睨みつけて……そこでフライパンが二個ほど飛んできて、二人の頭に当たる。
同時に、怒りに満ちた女の声が響く。
「アナタ! またうちを壊す気ですか!」
「やるんなら、外の森か畑にしろといったでしょう!」
そんな暇があるならさっさと直しなさいと、現れた女性……おそらくは彼らの妻だろう、が怒って怒声を響かせる。
それにリーズとコウズは大人しくしている。
そんな様子を見たメイベルが、ある事実に気づいて凍り付いている俺の手を引っ張る。
「お説教は長いから、行こう。カナタ」
「あ、ああ」
頷いて、その場から少し離れた所で、俺はメイベルに問いかける。
出来ればその予想が当たらないようにと。
けれど、現実は非情だった。
「あの家、そうよ? あの二人が喧嘩して昨日壊しちゃったの。だから修理しているの」
「……喧嘩で家って壊れるものなのか? あんな風に」
「え? よくあるわよ。何変なことを言っているの? カナタは」
「そ、そうなんですか」
「そうよ、この国の城も、よく怒号が響いて爆発が起きて壊れる事なんてよくあるし。この国は大抵そんなものよ?」
「よくあるんだ……」
それを聞きながら俺は、逃げてきた自分が正解だと知る。
恐ろしすぎて、とてもではないがこんな国嫌だ、そもそも聞いている以上じゃないかと俺は心の中で愚痴る。
そんな俺の心中の不安を表情から察すると同時に、ある事に気づく。
だからメイベルがカナタを覗き込み、
「もしかして、カナタ。この国出身じゃないの?」
「え? あ、うん。東の方にある、アール国出身なんだ」
「アール……随分遠い所だね。どんな国なの?」
「温暖で穏やか……なところだよ。特産物はメルルシ―の実を使ったお菓子と、後は、魔法技術が有名かな」
「へー、そうなんだ。そういえば前に師匠からメルルシ―のパイをお土産でもらったかな。確か美味しかったように思うけど」
「師匠? 師匠って、メイベルは誰かに習っているのか?」
「うん、あの賞金首を捕まえるのも、修行の一環なの」
どうやら武術にメイベルは精通しているらしいが、あの素手で荷馬車を壊す技を見ていると、なんだか俺は、このままメイベルについていって良いのだろうかと考えてしまう。
メイベルがそんな俺の不安に気付いたらしく慌てたように、
「とりあえず、クロさんに話をして、もしかしたなら上の階の部屋を貸してもらえるかも」
メイベルは俺にそう言ったのだった。