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お帰りなさい

 深夜に、俺はフィリアやメイベルと一緒にクロの家に帰ってきた。

 裏口の扉を二回程小さく叩くとすぐに鍵の外される音がして、


「皆さんお帰りなさい。温かい牛乳に蜂蜜を加えたものを用意していますよ」


 クロがすぐに顔を出して、俺達にそういう。

 どうやら俺達が帰ってくるのが待っていてくれたというよりは、分っていて準備していたようだが、それでも俺はこのクロが、時折怖いといえば怖いのだが前の世界を滅ばした魔王だとは思えなかった。


 こうやって普通に話している分には、ただの普通の温厚な強い魔法使いに見える。

 とりあえずはクロに言われるままに中に入り、温めた牛乳を飲む。

 可愛らしい花模様がリボン状に描かれた白い冬季の器に注がれた牛乳は白い湯気を立てている。


 けれど口に含めば、程よい暖かさで、優しい蜂蜜の甘みが口いっぱい広がる。

 それと同時に何だか今すぐにここで眠りに落ちてしまいそうにカナタは感じる。

 そんな睡魔と戦いながらも、俺はクロに聞かなければと思っていると、そこでクロが、


「そういえば賊はどうなりましたか?」

「あー、取り逃がしちゃったわ」


 そのフィリアの言葉に、メイベルが悲しそうに俯いて俺は、


「でも、メイベルは頑張ったんです。何人も倒して……」

「いいよ、カナタ。失敗したのは本当だし。私も最近は随分強くなったつもりだったけれど、まだまだ修行が必要だってわかったから」

「メイベル……」

「でも、心配してくれて嬉しい、カナタ。ありがとう」


 微笑メイベルに俺も自然と顔が赤くなってしまう。

 確かにメイベルは頑張っていて、だからそれを俺は伝えたかっただけで。

 悲しそうなメイベルを慰めたいといった気持ちだってあった。


 そしてそれを素直にお礼を言うメイベルもまた可愛く思えて俺は……そこで考えるのをやめた。

 恥ずかしい気持ちになってしまいそうだから。

 そんな俺とメイベルを、どこかにまにましたような表情でクロは見ながらフィリアに、


「それでその賊はどうしたのですか? フィリア」

「……執事とメイドが包囲網を敷いたから、捕まるのは時間の問題なんじゃないかしら」

「ああ、彼らか……でもメイベル達を出し抜いて逃げた賊は、中々の曲者かもしれないよ?」

「……クロ、貴方何を知っているの?」

「さあ、どうだろうね」

「……言わないとキスするわよ?」

「“先読み”はしない事にしているのですが、よくない事が起こりそうな時には自動的に不安感を感じる魔法を常に使っているのです」


 フィリアに即座に答えるクロ。

 そんなクロを半眼でフィリアは見ながら、


「なるほど。……でも、そんなに私のキスは嫌なの?」

「押さえが利かなくなりそうですから」

「ふーん、じゃあ無理やり奪ってしまえば後戻りできなくなるのかしら」

「僕は何処かに引き篭もってしまうかもしれませんね」


 にこにこと笑うクロと、嫌そうな顔をするフィリア。

 相変わらずあんた性格が悪いわよ、とフィリアが小さく呟いて、そこでフィリアが俺へと振り返り、


「それで、カナタ、貴方が感じたその石についてクロに聞くんでしょう?」

「え? あ、はい。えっと……実はですね」


 そう言って大まかな石の特徴をクロに説明する。

 はじめは笑顔で聞いていたクロだが、段々とその笑顔が凍りついていく。

 そして、話を聞き終わったクロが、


「これくらいの大きさですね?」


 指で作るその大きさは、確かに石の大きさとほぼ同じだった。

 なので頷くカナタに今度は、


「乳白色で、表面がつるつるで……カナタ君しか危険を感じなかったと」

「はい、そうです。でもそれがどうかしましたか?」

「“破滅石”かもしれないな」

「“破滅石”?」

「うん、僕が前の世界を滅ぼすために、初期の頃実験的に撒いた石なのだけれど」

「……クロさん、何でそんな……」

「いや、それを使わせることで別の人にこの世界を滅ぼしてもらおうかと思って。更に予定ではそちらに目をいかす事で僕から監視の目をそらして世界を滅ぼそうとしたのだけれど、結局失敗してね。その過程でどこかに行っちゃった事は覚えているんだけれど、まあ、いっかなって放っておいたんだ。でもそんなものが宝物庫にあるとは思わなかったな」


 朗らかに笑うクロ。

 だがその話の意味に俺も含めて三人が気づいて、つまり、


「あの、そうするとその石が使われるとこの世界が終わるんじゃ……」

「うん、そうだね」


 にこにこ笑うクロだが、それどころではない。けれど、


「かといって大量に人を動員すれば市民が不安になるし、そこを破壊工作されれば危険だし、それにクロがそういった犯罪者として処理される可能性があるわね」


 フィリアが深刻そうに呟く。

 けれどクロは、相変わらずにこにこと微笑んだまま、


「では、ここを引き払って逃げますかね、僕は」

「カナタ、メイベル、貴方達も穏便にやつらを倒して石を取り戻すのを手伝って」


 フィリアが、クロが逃げないように腕を掴みながら俺に言う。そんなフィリアに俺は、


「あのフィリアさんは手伝ってくれないのですか?」

「私はこのクロを捕まえておきたいから。それに私の行動は、目立つから」

「そうなんですか……」

「それにクロが捕まったりいなくなったりしたら、カナタはここに住めなくなってしまうかも。だってクロはここの持ち主だし」

「ええ! 困りますよ!」

「だったら手伝って頂戴。ついでに世界を救うために」


 フィリアの言葉に、世界を救うのはついでなのかと思った俺だが、すぐ横を見るとメイベルが目をきらきらさせていた。


「カナタ、頑張ろうね!」

「あ、うん、そうだな……」


 メイベルと一緒にするならそれでも良いかなと俺は思ったのだった。

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