ブリッジのルール—知らなくていいこと
船の上には、いろいろなルールがある。
中には、知らないほうがいいこともあるらしい。
その頃、ロンドンでは――
ハワード邸に、一本の連絡が入っていた。
レイコの両親、エヴァンスとキョウコからだった。
応接間に、柔らかな空気が流れる。
「それなら、久しぶりにパーティーでもしましょうか」
マリア夫人が、楽しげに言う。
「ええ。賑やかな方がいいでしょう」
ハワード提督も静かに頷いた。
⸻
数日後。
紅海の現状について各所とやり取りを続けていたハワード邸に、提督宛の別の電話が入る。
相手は、リヒトの父――ヴァルナー大将だった。
短い近況のやり取りの後、提督が切り出す。
「ご子息の件ですが――」
わずかな沈黙。
やがて、大将は低く言った。
「……それなら、亡き母に会いに来るよう、伝えてくれ」
「……それだけですか?」
「ああ」
通話はそれで終わった。
受話器を置いた提督は、小さく息をつく。
「素直じゃないな」
思わず、苦笑が漏れる。
⸻
同じ頃、クリスタニア。
ブリッジでは、フレデリクが静かに口を開いた。
「船長を、少し休ませるべきだと思う」
一瞬、空気が止まる。
「このところ、顔に疲れが出ている。倒れられては困るからな」
無駄のない言葉。
三井がすぐに頷く。
「そうっすよ。サウサンプトン着いて、翌日折り返しでしたし。ここから先、まだ長いですしね」
「……賛成や」
栗栖が短く言う。
谷屋も腕を組んだまま頷いた。
「無理させる必要はない」
意見は、すぐに揃った。
⸻
その結果。
リヒトは、数日の休暇を取ることになった。
その場所は――
レイコの部屋。
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数日後。
ブリッジに戻ってきたリヒトは――
どこか、違っていた。
無駄がない。
判断が、やけに速い。
三井が、ちらりと横目で見る。
「……なんか今日、キャプテン無敵じゃないっすか?」
誰も答えない。
「肌ツヤもいいし……何食ったらそんなに元気になれんすか?」
一瞬、空気が止まる。
フレデリクが、静かに言う。
「……聞くんじゃない」
——収まった、はずだった。
「えー、なんすかそれー!」
三井が食い下がる。
「教えてくださ――」
その瞬間。
勢いよくドアが開いた。
「おい、三井」
谷屋だった。
戻ってきた瞬間に、空気を読む。
「――○×△⬜︎※♯!!」
反射だった。
「お前マジで空気読めっ!」
機関主任の谷屋が一歩で距離を詰める。
腕を掴み、そのまま口を塞ぐ。
「むぐっ!?」
「お前は知らなくてもいいんだっ!」
低い声。
遅れて、栗栖が言う。
「……貴様!キャプテンのあれこれ聞いたらあかんて!!」
「むぐぐ……っ!」
「このお子ちゃまが」
短い一言。
ブリッジが、完全に静まる。
⸻
「……三井ぃ…」
低い声。
リヒトだった。
それ以上は、誰も言わなかった。
⸻
その頃。
レイコは――
動けなかった。
すべてを知る必要はない。
知らないほうが、平和なこともある。




