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それからのクリスタニア〜静かな海に灯はともる  作者: chamoまる


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1/5

帰る場所―あなたの帰る場所はここよ

帰る場所は、最初から決まっているとは限らない。


それでも、人は見つけることができる。

サウサンプトンを離れたクリスタニア。


船内では、クルーたちによるささやかなパーティーが開かれていた。

リヒトのプロポーズ成功を祝う、内々の祝いだ。


クルーズ部門が密かに用意した白いオフショルダーのドレスを纏い、

レイコは楽しげにクルーたちと談笑している。


 


その様子を少し離れた場所から見ていたリヒトの隣で、

フォックス中尉が、どこか困ったような顔をしていた。


 


「どうしたの?」


レイコが声をかける。


 


リヒトは真顔のまま答えた。


「彼を、どう呼べばいいのか悩んでいる」


 


「……何の話?」


レイコは首を傾げる。


 


その反応に、今度はリヒトの方が驚いた。


 


フォックスはにこにこと笑いながら口を開く。


 


「実はですね、ヴェイル中佐が、自分の兄さんになったんです!」


 


「……え?」


 


「だからレイコ様はお姉様になるんですけど、リヒト様をお兄様って呼ぶのが、どうにも落ち着かなくて」


 


「ちょっと待って。全然分からないわ。ちゃんと説明して」


 


レイコが思わず身を乗り出すと、

フォックスは「へへへ」と笑いながら話し始めた。


 



 


セレモニーの後。


ハワード邸のダイニングは、いつもより少しだけ華やいでいた。


 


エディがローズとの結婚を報告し、

ハワード提督は満面の笑みでそれを祝っていた。


 


マリア夫人もまた、喜びを隠そうとはしない。


 


だが、その光景の中で——

フォックスだけが、少し距離を置いていた。


 


気づけば、彼は犬たちと共に庭へ出ていた。


 


「いいよな、お前たちは」


フォックスは小さく呟く。


「家族がたくさんいてさ」


 


犬たちは何も言わず、彼の膝に前脚を乗せ、

静かに頭を擦り寄せる。


 


その時、背後から柔らかな声がした。


 


「フォックス。アップルパイが焼けたの。一緒に食べましょう?」


 


マリア夫人だった。


 


フォックスは、顔を上げなかった。


 


少しの沈黙。


 


やがて、マリア夫人は静かに続ける。


 


「ねぇ、フォックス」


「前からずっと思っていたのだけれど——」


「よかったら、私たちの息子になってくれないかしら」


 


フォックスの肩が、わずかに揺れた。


 


「ご両親の代わりにはなれないかもしれない。でも、あなたを愛することはできるわ」


「今すぐでなくてもいいの。考えてくれたら、それでいい」


 


少しだけ、いたずらっぽく笑う。


 


「雷親父がお父様になってしまうけれどね」


 


フォックスは、ゆっくりと顔を上げた。


 


「……フォックス」


 


「抱きしめても、いいかしら」


 


その一言で、彼の表情が崩れた。


 


マリア夫人は、優しく彼を抱きしめる。


 


「あなたの帰る場所は、ここよ」


 


フォックスは、声を出さずに涙をこぼした。


 



 


その様子を窓越しに見ていたハワード提督が、静かに言う。


 


「自慢の息子が増えるだけだ」


 


「お前は弟が二人になるな」


 


隣のエディは苦笑した。


 


「フォックスはともかく……あのリヒト様が素直に“兄”を名乗るかは怪しいですが」


 



 


こうしてフォックスは、ハワード家の養子となった。


 


そして何より——

レイコを姉と呼べることを、誰よりも楽しみにしていた。


 



 


「……っていう話なんです」


フォックスは満面の笑みで締めくくる。


 


レイコは、しばらく言葉を失っていた。


 


やがて、小さく息を吐く。


 


「本当に、もう……」


 


そして、少しだけ優しく微笑んだ。


 


「これからは、フォックスじゃなくて、ロバートね。ロバート、お姉様って呼んでくれない?」


 


「お、お姉様!」


 


レイコは思わずロバートを抱きしめた。


 


それを見たリヒトは、少しだけムスッとする。


 


「もう淋しくないわね」

名前が変わっても、変わらないものがある。


それが、きっと“家族”というものなのだと思う。

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