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本日最後の授業は終わり、ついにライブの開演まで10分を切った。
落ち着かない愛海。それをなだめるように優姫は彼女の背中を撫でた。
「お、なんだなんだ? いちゃいちゃして、見せつけてんのか?」
それを端から見ているだけの綿貫はただ茶化す。
「ん? 愛海ちゃん、どった。顔色悪くね?」
そこから本当に心配するように、顔を覗き込んでくる。
「だ、大丈夫……」
「さては初めてのライブでキンチョーしてるのかな? おねーさんが守ってあげよう」
その方向で合点がいったのか、それとも気を紛らわそうと気を利かせたのか。どちらにしろ下心が見え透いた顔で愛海に近寄る。
「おい、痴漢。近寄るな」
愛海の肩を抱き寄せながら、優姫はしっしっと手を払う。
不平を垂らす綿貫を抜きにして、優姫はもう一度入念に現実世界と電子世界の両方から状況を確認していった。
変化はない。強いて言えば、通信が集中している。つまりは人口が学校の公会堂に集中しているという事くらい。
BCCはそれを持つ人自身がすでにクライアントでありホストでもあるという、流動的な特性を持つ。集合しそれぞれが最適化を図ることで、集まるだけで強固な通信とサービスを構築する事が可能であることがBCCネットワークの利点のひとつだ。
-これだけ集まると、だいたいなんでもできるな……。-
現在公会堂には800人近くも集まっている。これだけの人数が揃えば、並大抵の処理は行える。使い方次第では最新のスーパーコンピュータに引けを取らないだろう。
嫌な予感だけが、胸の奥にうずいた。
もしこの瞬間で何らかのウイルス、例えば件の電子ドラッグを放出されれば爆発的に拡散することになる。強固な回線とは、逆に云えば通信を遮断して拡散を防ぐという、最良の手段がとれないという事だ。
対抗手段を考えろ。必ず、防ぐ手立てはある。
優姫は秘匿した仮想コンピュータで何度もシミュレーションを繰り返し、解決策を模索したしていた。状況は秒刻みで悪化している。
公会堂の中に入ると、すでに満員まであと少しという状態だった。
同じことに気付いている愛海も、顔色はさらに悪くなっている。
公会堂の中だけで809人。その周囲に254人。ほぼ全ての生徒と教師などが集まっている状態だ。
-こ、これ!?-
愛海からの通信には、現状の通信の広がりがグラフィック化された物が添付されていた。
-うそだろ……-
回線はさらに飛躍し、ここを起点にして学校の外まで続いている。ネット配信はVチャンネルを通じた生放送へ。そしてそれをファンクラブがSNSを使って拡散している。生徒中で人気の個人動画配信者が数名いるらしく、加速度的に回線が集中し始めていた。
-仁科! まずい、手に負えない!-
優姫のエージェントを総動員して監視したところで、雪崩をお盆でせき止めようとするようなものだ。こうなってしまうと優姫がどれだけ常人離れしたスペックを持っていようと、対抗する手立てがない。個人はどう足掻いても点でしかなく、面にも集団にもなりえない。
-警視庁の電子戦部隊に掛け合ってます。時間がかかります。とにかく、そこから-
通信が途絶えた。
愛海の顔が青ざめ、大きな瞳が今にも泣きだしそうだ。
なにか手段はと試案が廻った瞬間、会場が揺れた。




