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酒呑童子美少年説を全力で推したい

【あらすじ】


「酒呑童子って絶世の美少年だったらしいよ」。そんなこと言われたら気になっちゃうじゃないか!!絶世の美少年を見に、ちょっくら旅して来ます!

『メンクイ同盟』

その名の通り、大のイケメン好きである私と親友のマキちゃんの二人で構成されている同盟。

 二次元、三次元問わず、イケメンの情報を交換したり、イケメンについて語り合うだけの同盟。


 毎日昼休み、会合と称して食堂で私はマキちゃんと会う。ただイケメンの話をするだけなんだけど、楽しいんだよねこれが。



 そんなある日の会合で、マキちゃんが唐突に言った。


酒呑童子しゅてんどうじって、絶世の美少年だったらしいよ」


 美少年という単語に、コーヒーのカップから顔を上げ、まじまじとマキちゃんをみつめる。


「酒呑童子って、あの史上最強の鬼って言われてるやつ?」

「そう、それ」

「ちょっとその話詳しく!」

「ん~まぁ、これも諸説ある中の一つなんだけどさ」


だから、あまり鵜呑みにしないでね?と前置きしてからマキちゃんは話し出した。


「酒呑童子は元は人間で、あまりの美少年ぶりからモテまくってね、酒呑童子を思うあまり自ら命を絶つ女多数。

 そんな女たちから貰った、念の籠った手紙を焼いたら煙が出てきて、その煙にまかれて気付いたら鬼になってた……っていう説。」


 死ぬほどの美少年ってどんだけだ。ぜひとも見てみたかった。

 私は拳を握りしめ、ダンダンとテーブルを叩いた。


「超~会いたい!!酒呑童子に!絶世の美少年にっ!」





 そんな会話を、つい数分前にしていたはずだ。

 あのあとマキちゃんと別れ、次の講義を受けるために廊下を移動していた。


 ……そう、ちょうど渡り廊下を渡ってる時だよ。足元にブラックホールみたいなものが現れて、引きずり込まれたんだ。

 そして今、私は全然見知らぬ場所にいる。


 見知らぬっていうか、空に電線は無いし、建物も資料でよく見るような昔の日本家屋って感じで……本当にここは現代日本か?


 辺りをキョロキョロ見回していると


「これはこれは、随分可愛らしい救世主ではないか」


突然 真後ろから声をかけられた。

 

 驚いて勢いよく振り向いた私は、声の主を見とめた瞬間フリーズした。



 だってだって!超イケメンだったんだもん!!

 

 髪は夜のように深い黒、透き通るような碧の瞳に、肌は白磁みたいな滑らかな白!


 今までお目に掛かったこともないような美形さんだ。

 思わず指差して「上の上っ!!」って叫んじゃったからね。イケメンにうるさい私が上の上評価を下すなんてそうそう無いよ!?


「え……こんなのが救世主?女じゃないですか」


 私が美形に騒いでいると、美形の後ろからもう一人青年が出てきた。


「う~ん……悪くは無いけどそこまで良くもないって感じだ。せいぜい中の上レベル」

「おい女!何言ってるかよくわからないが、貶めてるってことはなんとなくわかるぞ!?」


うわぁ……しかもなんか突っ掛かってきたよ。煩い男はモテないんだよ……。


 そんな中の上の肩に手を置いて中の上を宥めた美形は、その綺麗な瞳に私を映すと、フッと柔らかく微笑んだ。

 大変美しかったです、萌え死ぬかと思いました。


「突然申し訳ない。時は一刻を争うので手短に伝えさせて貰おう。

 貴方はこの世の救世主として私が召喚した」

「救世主、ですか?」

「そう……今世間では毎日のように若い娘たちが姿を消している。まるで神隠しにあったかのように。その真相を占うよう天皇から仰せつかったのだが、どうやら酒呑童子の仕業らしいことがわかった」


 酒呑童子……!!さっきまでマキちゃんと話していた内容が鮮やかに脳内に蘇る。


「奴は鬼たちの頭を努める最強の鬼、そう簡単に倒せる相手ではない。そこで異世界から救世主を呼び出すことにした」

「その結果、私が召喚されたということですね!?」


こくりと頷く美形。私はこれは夢ではないかと頬を思いっきりぶっ叩いてみたが、けっこう痛かったので夢ではないと思う。


 あぁ、でもやっぱり夢かもしれない。

 だって絶世の美少年に会えるとか!!どんなご褒美ですか神様ありがとうございます。


 私は気合い十分に、どんっと胸を叩いた。


「任せてください!この市瀬いちせひよりに!!」


そんな私の様子に、僅かに視線を柔らかくした美形は


「私は安倍晴明、そっちの男は源頼光だ。任せたぞ、ひより」


私の頭を優しく撫でてくれた。

 イケメンになでなでとか……今なら死んでもいいかもしれない。あっ、でもやっぱり絶世の美少年に会うまではダメ。



 こうして私は酒呑童子に会う旅を始めたんだけど……。


「どうしてお前と一緒なのか」

「悪いか」

「中の上と一緒でもさほど嬉しくないというか、どうせなら晴明さんと一緒が良かった。せっかくタイムスリップしたのに、何が悲しくて中の上なんかと旅を……」

「それ以上俺を馬鹿にしてみろ?今すぐ斬ってやるからな」


 何故か私の旅には、乙女に平気で刀を向ける短気な中の上、頼光がついてきた。

 なんでも、彼は彼で酒呑童子の討伐を命ぜられたとか。


「おいひより」

「いきなり下の名前で呼ぶとか犯罪ですよね訴えようかな」

「は!?晴明様には許してたくせに!!」

「中の上ごときが上の上と同じ扱いされると思うなよ。それより頼光、疲れたから馬交換しよう、次私が乗りたい」

「断る」


 なんと、頼光は中の上で短気なだけでなく、気遣いも出来ない男だった。

 乙女に地べたを歩かせて、自分は馬に乗って移動し始めた時点で好感度は0に近かったのに、今ので確実にマイナスになったぞ。


 これで剣の腕が良くなければ、今すぐ引きずり下ろして怪我させてやるのに。

 頼光の剣の腕前は……まぁ、認めざるを得ないほどのものだ。実際、さっきから度々襲い来る獣なんかから私を守ってくれている。晴明さん曰く、頭も切れるそうだ。

 ……中の上のくせに生意気な。


 私は馬に跨がる頼光の足にパンチを入れた。けっこう強かったのか、驚いた馬が暴れだし、頼光は落馬した。

 さすがにマズイと思ったよ。「……斬ってやる」って呟いた頼光の目がマジだったからね。土下座してなんとか許して貰えたけど。



 こんな調子で頼光と旅して、早一ヶ月が経とうとしていた。


 話によれば、酒呑童子がいると言われている所まで、あと三日もかからずに着けるそう。


 私はふと気になって、刀の手入れをしている頼光に尋ねてみた。


「ねぇ、頼光はどうやって酒呑童子を倒すつもりなの?真っ向勝負で勝てるような相手なの?」

「……無理だな。力で御せるような奴なら、天皇が晴明様に依頼するまでもなく終わってただろうよ。だから、俺はこれを使う」


 そう言って頼光が見せてきたのは、一見何の変鉄もない酒瓶だった。


「これには毒酒が入ってる。大きな鬼でも数時間は眠り続ける強力な毒だ」


 な、なんだ……毒って聞いた時はびっくりしたけど、それって言うなれば少し強めの睡眠薬だよね?

 酒呑童子は美少年、倒すのは断固反対だけどその方法なら捕らえるだけで……


「そして、眠ってる間に酒呑童子の首を取る」


 済むはずがないよねー。


 私はじっと酒瓶をみつめる頼光の前で大きく手をブンブンと振った。


「ダメだよ!殺しちゃうの良くない、絶対反対!断固拒否!」


 そんな私に頼光は呆れたような視線を向けた。


「はぁ?お前、何考えてんだ?相手は鬼だぞ!?人を何人も拐う、凶悪な鬼だ」

「で、でも美少年を倒すなんて許されないんだからね!?中の上ごときが美少年を手にかけるとか、神様も怒り狂うからね!?」

「あーもうっ!何なんだよ美少年美少年って!!」

「美少年ってのは美しい男性のことだよ!晴明さんみたいな」

「鬼が晴明様みたいに美しい訳ないだろうが!!」


 ……っ!

そりゃあ、諸説在るなかの一つかもしれないよ?マキちゃんも鵜呑みにするなって言ってたし。

 でもね、


 私は頼光の胸ぐらを掴み、そして叫んだ。


「私は信じたいんだよ!!命絶っちゃうほどのイケメンの存在を!未だ嘗て見たことないほどの美少年を拝める瞬間が来るって!

 確かに今は恐ろしい鬼の様相をしてるのかもしれない……でも私は信じたいよ、あんなに夢のある説を!!」


 私の力説に圧倒された頼光は目をぱちくりさせた。


「……なんか、お前の執念って凄いな」

「伊達にメンクイ同盟の盟主やってませんから」


 だから倒すのは止めて欲しいと念を押そうと口を開くと


「しっ!静かに」


 頼光の指が私の唇に当てられた。

中の上のくせにイケメンみたいなことするなおこがましい。と言ってやろうとしたけど、どこか一点をみつめる頼光の目が真剣だったから止めた。


「……なんか聞こえないか?」

「え?」


突然そう問われ、耳を澄ましてみると……確かに、微かにだけど笛や太鼓のような音が聞こえる。


「お祭り?」

「いや……」


ただ真っ直ぐに、音のする方を睨み付けた頼光は、刀を腰に差して立ち上がった。


「恐らく、酒呑童子だ」


これほど鋭い目付きの頼光は見たことがない。

 私には一切目もくれず、一人で山の中へ入っていくその背中を、私は必死に追いかけた。



 歩を進める度に囃子の音は大きくなる。


 やがて、音がだいぶ近くに聞こえるようになった頃、頼光は足を止めた。


 ……いるんだ、そこに。鬼に変えられた絶世の美少年が。


 私は頼光の後ろから顔だけを出し、数メートル先を窺った。


 少し離れた所、木々が開けた場所に数匹の鬼がいた。でも不思議と視線は一匹に引き寄せられていく。  

 輪の中央にいる一番大きい鬼。きっとあれが酒呑童子だ……! 


 ヤバいヤバい、興奮してきた。いや、見た目は怖~い鬼だよ?でもあれがずっと探し求めてきた酒呑童子かと思うと急に愛しさが……。


 私が感激に胸を押さえて震えていると、頼光が意を決したように一歩踏み出した。

 慌ててついていこうとすると、片手で行く手を遮られた。


「お前は来るな」

「えっ」

「足手まといになるだけだ」

「な!確かにそうかもしれないけど、でも…っ」


さらに続けようとする私の頬を、頼光は片手で思いっきり挟んだ。そしてそのまま頼光はぐっと顔を近付けると


「嘗めてると、死ぬぞ」


 その鋭い双眸で私を射抜いた。

私が固まって動かなくなったのを確認し、頼光は酒瓶を抱えて前へ出ていった。


 ……は、死ぬ?そんなのわかりきってるよ。こちとら刺し違える覚悟で美形拝みに来てるんだよ。

 それに死ぬって……頼光も危険なんじゃないの?私は晴明さんが召喚した救世主だ、だから何か…頼光の為にも酒呑童子の為にも出来ることがあるんじゃないの? 


 鬼たちをかき分け、酒呑童子の前に進み出た頼光は何やら話しかけている。囃子が煩いせいでその内容までは聞こえないけれど、頼光が腰から下げた例の酒瓶を酒呑童子に向かって掲げたのははっきりと見えた。


 その瞬間、私はそっちへ駆け出していた。


「頼光うううぅぅぅぅううっ!」

「…は!?おま、なんっ…ぐぇっ」


 そしてその勢いのまま頼光にタックルをかまし、倒れた頼光から酒瓶を取り上げた。


「やっぱりダメだ!!イケメンが倒されるところを黙って見てるなんて、私には出来ない!!」

「お前……!!この期に及んでまだふざけたことを言うのか」

「ふざけてなんかない!私は……」


手の中にある酒瓶を傾け


「いつだってイケメンウォッチングに真剣なんだよバカヤロー!!」


鬼をも眠らす毒酒を一気に飲み干した。


 最後の一滴が喉を通過すると、途端に眠気に襲われた。

 朦朧とする意識、霞む視界。その端に驚愕に目を見開く頼光を見つけて、私は小さく笑ってしまった。


 なんて顔をしてるんだろう。ただでさえ中の上レベルの顔が中の中ぐらいになってしまっている。

 「おい、その顔ヤメロ。ブスになってるぞ」と言ってやりたいけれど、そんな長文を言える力が残っていない。


 ……思えば、頼光には迷惑しかかけてないな。私が居なければ、もっと早くここにも辿り着けただろうし、何の障害もなく酒呑童子を討てただろう。


「……ご、めん」


気づけばそんな言葉が口から出ていた。

 頼光が何かを言った気がしたけれど、強い睡魔に抗うことが出来ず、私は意識を手放した。



******



 馬鹿だ、馬鹿だろ、大馬鹿者だ。


 どこの世に鬼を庇って自ら毒酒を飲む奴がいるのか。鬼を眠らす毒、それは人間の致死量を優に上回る。


 フラフラとその場に倒れ込んだひよりは、こっちを見て馬鹿にしたように笑った。



 思えば、いつもそうだった。

会った瞬間からひよりは俺を馬鹿にしてきて、旅の最中も足手纏いになることは多々あれど、役に立つことなんて一回もなくて。

 口を開けば俺を「中の上」と貶める。何度斬ってやろうと思ったことか。


 今もこうして俺の作戦を台無しにして。本当こんな奴……こんな奴、大きら…


「……ご、めん」


 ……あぁ、どうして最期にそんなこと言うんだらしくもない。

 美少年とやらを見るんだろ?お前が酒呑童子をなんとかしてみせるんだろ?


 なのにどうして目閉じてるんだ馬鹿。さっさと目開けろ、俺を中の上と罵ってみろ。

 それでこそ、俺の……大嫌いな市瀬ひよりだろ。



 横たわるひよりに、酒呑童子は長くゴツい指を伸ばす。俺は慌てて刀を引き抜き、前に構えた。


「ソイツに何かしてみろっ!!この命と引き換えにしてでもお前の首を取ってやる!!」


 そう叫ぶと、酒呑童子の指は止まり、代わりに俺に視線を寄越してきた。


「貴様、源頼光だな」


低く唸るような声だった。酒呑童子の言葉に合わせ、大地も小刻みに震動する。


 俺が答えずにいると、酒呑童子は再び視線をひよりに向けた。


「この女は貴様の仲間ではないのか?何故、私を助けた」


 知るか、ひよりの言ってることはいつも訳がわからない。他人に説明できるほど俺も理解しちゃいない。


「俺の方が知りたい、どうして鬼なんかを庇うんだろうな。……でも、ひよりは端からお前を殺す気なんて無かったよ」


 仲間かどうかと問われたら微妙な所だ。危険なことは全部俺に押し付けて、馬の上で高みの見物してるような女だぞ?

 ……だけど、この一ヶ月は確かに楽しくはあったから。


「大切な、人なんだ…。頼むから危害を加えてくれるな!」


 『頼光!』

早くあの笑顔で、俺の名を呼んでくれ。



******



 大切な人、か。


 手を持ち上げ、下に横たわる女の上に翳す。

 この身体になって身に付けた妖術というものを、まさか人間に使うこととなろうとは。


 私が女に妖術をかけているのを悪いものと勘違いした男が熱り立つが、体内から毒酒を抜かれて女が小さく瞬きすると、男は力を無くしたようにへなへなとその場に座り込んだ。



 誰かに想われることを、羨ましいと思う。


 愛情など知らぬ。

私は、私を生む前に息絶えた母の腹を食い破って出てきたのだから。


 愛などいらぬ。

女たちから向けられた愛は、怨みとなって我が身を鬼へと変えたのだから。


 この姿になって人々は私を化け物だと言った。仕方ないことだ、この顔は人間を怖がらせる以外何物でもない。

 でも、それでも……まだ人間でありたかった。

人の女を拐ったのはそんな未練からか。結局はその女たちにも怖がられて終わりだというのに、諦められなかった。いつかこんな化け物にも笑顔で接してくれる人が現れると。何度裏切られようと、信じていたかった。



 目を覚ました女は私を見上げるとその瞳を輝かせた。


「あなたが酒呑童子ですね!?ずっとあなたに会いたかったんです!!」

「……何故?私が怖くないのか?」


そう問えば、女は我の大きな人差し指を両手で握ってきた。


「美少年は神様が創り出した至高の生物です!崇め奉り愛すべき存在なのです!!だから…」


 何やら力説し、言葉を区切った女は私の人差し指を握る手に力を込めた。


「あなたはこの世の宝です。愛されるべき人です、少なくとも私が愛します!」


『鬼の子だ』『穢らわしい…』『どうして私だけを愛してくれないの!?』


「さっきは助けてくれてありがとうございました。やっぱり優しい心の持ち主なんですよね?」


『近寄るな!』『血も涙もない化け物め』


 頭の中で、女の言葉と過去に投げつけられてきた言葉たちが交互に反芻される。


 どうして会ったばかりの鬼に、こんな温かい言葉を言えるのか。何故怖がらない?何故蔑まない?


 何故、何故…


「会いたかった……っ!」


そんな笑顔を向けてくれるのだ。


 目から零れた一筋の滴が頬を伝い、地面に落ちた。


 その刹那、目が瞑れんばかりの光が我が身を包み込んだ。



******



「あ、あんびりーばぼー…」


 眩しい光に目を瞑り、再び目を開けると、そこには鬼の姿なんてなかった。


 代わりに立っていたのは、絶世の美少年と言うにふさわしい青年だった。


 どれくらい美少年かというと……っ、ダメだ!!表現が浮かんでこない!例えようにも、何で例えてもこの美しさは表現しきれない。

 とにかく、すっごくめちゃくちゃ超イケメンっ!!


 評価を下すとしたら特上の特上レベル。

 あ、ヤバい。興奮して鼻血出てきた。


 頼光が「嘘だろ……、本当に人間になった」とか言ってるけどそれどころじゃない。中の上に構ってられるほど私にも余裕ない。鼻血が蛇口を捻ったように止まらない。

 人って本当に美しいものを見ると鼻血が止まらなくなるんだね、初めて知った。


 一方酒呑童子さんは、信じられないというように自分の手を見たり、体を触ったりしている。

 やがてそれを終えると、冗談抜きに殺人級の笑顔を向けてきた。


「……っ、ありがとう。君のおかげで元に戻れた」


 しかもイケボである。


 私は助けを求めるように頼光の方へ顔を向けた。


「頼光助けて、死ぬ。酒呑童子さんが眩しすぎて死んじゃう」

「はぁ?また訳のわからないことを……」

「その点頼光はさ、落ち着ける顔してるよね。さっすが中の上!!」


そうしていつものように馬鹿にしたら、何故か頼光は一瞬驚いたように目を見開いてから、少しだけ頬を染めて笑った。


「……ひよりはそうこなくちゃな」

「え、なんでちょっと笑ったの?中の上ってディスられたのが嬉しいの?さすがに引くよ……」

「あ、やっぱお前嫌いだわ」


 まさか罵られるのがすきなのっ!?……と、ちょっと本気で気持ち悪かったので腕を擦りながら後ずさったら、無表情で刀に手を掛けてきたから、たぶん頼光は変態ではないと思う。

 良かったね、中の上なのに変態とか救いよう無かったよ?


「で、どうするんだよソイツ」

「酒呑童子様と呼べ。……そうだな~取り敢えず晴明さんの所に連れていこうか。晴明さん色々と詳しそうだし、力になってくれないかな?」

「…………ならお前が説得しろ」


 鬼かお前。私は酒呑童子さんを見るだけで動悸と息切れと鼻血が止まらないというのに!!

 でもこめかみに青筋を浮かべた頼光は怖い表情のまま頑として動こうとしないので、仕方なく私が行くことにした。

 私がキュン死にしても知らないんだから!!


 私はおずおずと酒呑童子さんに近寄る。


「 あ、あの…… 私、市瀬ひよりと言います 」

「……ひより?」


 ぐふぅっ!な、なんでそんな首傾げるとかっ……あざとい!

 もう死んでも悔い無しってこういうときに使う言葉だよね。酒呑童子さんに呼ばれただけでひよりという極々平凡な名前がこんなにも特別なものに聞こえるよ。


 必死に鼻を両手で抑えながら悶える私に、酒呑童子さんは更なる追い打ちを掛けてきた。


「君のような人を、ずっと待っていた」

「へ!?ちょ、待っ……」


突然腰砕けになるような甘い台詞を言ったと思いきや、腕を引かれて抱き締められてしまった。 

 離して貰おうにも、嬉しそうにぎゅうぎゅう抱き付いてくる美少年を引き剥がすことなんて私には出来ない。


 あー私、このまま酒呑童子さんの腕の中で萌え死にするのか。それも悪くないかもしれない。

 思えば短い人生だったけれど、今は最高に幸せだ。

 さようならマキちゃん、酒呑童子美少年説は本当だったよ。


「出来るなら骨はイケメンと同じ墓に…」

「勝手に死ぬな馬鹿!!」

「痛っ!」


 最悪だ。せっかく幸せに浸っていたのに、頼光が加減もせずに頭を叩いてきたせいで一気に現実に引き戻された。


「もうお前ダメだ。一向に話が進まない。俺が説得する」

「だったら最初から私に押し付けなきゃ良かったじゃん!」

「おい酒呑童子」

「おい無視ですか。それと様をつけて。中の上が特上の特上を呼び捨てとは何事か」

「……お前邪魔」


 そして頼光は、あろうことか私の襟首を掴んで投げ飛ばした。

 私が体操選手ばりの着地を決めたから無傷で済んだものの、マジ許さないアイツ。


「酒呑童子、俺達と共に山を下れ」

「しかし……一度鬼となった私が、再び人里へ下りるなど……」

「心配するな、お前を連れて行くのは安倍晴明という腕利きの陰陽師の所だ。ほぼ人外と捉えて構わない。お前を生かすかどうかもその人に決めてもらう」


 酒呑童子さんは頼光の言葉に神妙な面持ちで、ゆっくりと頷いた。




 こうして私たちは一ヶ月ぶりに晴明さんの所へ帰ってきた。


 既に占いで、私たちが人間に戻った酒呑童子さんを連れてくることをわかっていたらしく、笑顔で「よくやった」と褒めてくれた。頭も撫でて貰っちゃったよ!


 あぁ、でも私にはやることがあるんだ。


 晴明さんの手を名残惜しいと思いつつ、一歩後ろに足を引く。晴明さんの手が頭から離れた瞬間、私はその場に勢いよく土下座した。


「お願いします晴明さん!!酒呑童子さんを殺さないでくださいっ!」


 さっき頼光が、生かすかどうかは晴明さんに委ねると言っていた。なら私は晴明さんがイエスと言うまで頭を下げよう。

 

 酒呑童子さんだってきっとやり直せる。イケメンはもれなく皆本質はいい人、これ私の持論。


 暫く頭を下げていると、晴明さんが酒呑童子さんに問いかけた。


「酒呑童子、其方は人間の心を持ち、二度と人間に害を加えないと誓えるか」


 真剣に問われたそれに、酒呑童子さんもまた真剣な瞳で頷いた。


「誓おう」


 その答えに満足そうに口角を上げた晴明さんは「ならば好きにすると良い」と言った。


「……いや、ちょっと待ってください晴明様、あまりにも軽すぎませんか」

「案ずるな頼光。この誓約は精霊の監視の元で行われた。もし誓約を破るようなことがあれば、酒呑童子の体は木っ端微塵に弾け飛ぶ」


 いつの間にかだいぶ凄いことになってるけど、要は酒呑童子さんが人間を襲わなければ弾け飛ぶこともないってことだよね?


 私は笑顔で振り返り、酒呑童子さんの手を取った。


「良かったですね!!これでまた人間としてやり直せますよ!」


 すると酒呑童子さんは目を細め、少し頬を赤らめながら本当に嬉しそうにはにかんだ。


「……あぁ、君のおかげだ。ありがとう、ひより」


 そうして遠慮がちに手を握り返してくるものだから、思わず発狂してしまったよね。


 酒呑童子さんはもう少し自分が超絶美形だということを自覚してほしい。だって私、今なら命を絶つ女の気持ちがわからなくもないもん。

 自殺するか萌え殺されるかの差だよねわかります。でも私は迷いなく萌え殺される方を選びます。


 そう、この心臓が耐え得る限り酒呑童子さんの美しさをこの目に……。



 そう考えていた時だ。 

突如私の足元に黒い靄のようなものが出現した。まるで私をこの世界へ連れてきたブラックホールのようなアレが。


 弾かれるようにして顔を上げると、申し訳なさそうに眉を下げた晴明さんが見えた。


「すまないひより。異世界から人を召還すること事態が本来なら禁術、それを今回特例として発動させた。これ以上は私の霊力でも持たない……今でなければ、ひよりを元の世界に帰せなくなる」


 晴明さんの言葉を、頭で整理してみる。

 そうだ。ずっと彼らと一緒に居れるわけないじゃん、私はここの世界の人じゃない。私の世界はここじゃない。


 晴明さんは何も悪くないのに、どうしてそんな申し訳なさそうに顔を歪めるんだろう。


 私は酒呑童子さんの手を静かに離し、晴明さんに向き直った。


「わかりました!さぁ、ちゃっちゃとやっちゃってください!私は全然OKですので」

「……すまない」


 晴明さんがこちらに手を翳すと、足元の靄が大きくなった。ズブズブと底無し沼のようにゆっくり足から沈んでいく。


 おお、これは凄い!と眺めていたら、そこに広がる黒に、一滴の水が落ちてきた。


 まさかと頬に手をやって驚いた。

泣いてんのか私!?晴明さんがあんな顔してたのって私が泣いてたせい!?

 あー!バカバカ私のクズ!イケメンの表情を曇らすなんて、メンクイ同盟失格だ。


 私はゴシゴシと目元を擦ると、平凡顔の私に出きる限りの笑顔を作って叫んだ。


「酒呑童子さん!晴明さん!ついでに頼光!楽しかったよ、幸せだったよ…ありがとーっ!!」


 私が言い終わるのと同時に、ブラックホールは私の全身を飲み込んだ。





 次に目を覚ました時、目の前には心配そうなマキちゃんの顔があった。


「ひより!アンタいきなり消えるからびっくりして…」

「マキちゃん!!」


 私の身を案じてくれたマキちゃんの言葉を遮り、興奮気味にこう言った。


 私の世界に帰ってきたら、何をするよりも先に、まずマキちゃんに言いたかったこと。



「酒呑童子絶世の美少年説は本当だったよっ!!」



すると、マキちゃんは呆れたように笑いながら、頭を小突いてきた。


「泣きながら何言ってるのよ」

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