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鳥籠  作者: 快流緋水
7/10

森の中で

 セレストブルー・カラーの家から連れ去られて3ヶ月も経つ。スカーレット・フリントと名乗るように言いつけられた彼女は,実に辛抱強かった。家とお金のために嫁ぐことになったことを怨みつつ,両親を思って我慢した。貴族の集まりにも,演技をしてこなしてきた。レイブン・フリントからとやかく言われないよう,慎ましく過ごしてきた。

 だが,誰にでも限界はある。

 スカーレットは,この屋敷に閉じ込めて我が物にしているレイヴンが商談している間に逃げようと決心した。従者が始終館内を歩いているから逃げ出すのは難しい。だが,この3ヶ月のスカーレットを見てきて気が緩み始めたのか,彼女への監視の目は以前ほど厳しくはなかった。

「スカーレット,この商談が上手くいったら旅行にでも行くか?」

「あら,嬉しいわ。旅行だなんて久し振りだもの。」

にっこり微笑みながら答える。その姿に驚いたのか,レイヴンは眉を一瞬吊り上げて彼女を見た。

「素直な答えだな。」

「そうかしら。レイヴンと暮らしてから,あなたの見方が変わったのよ。商談をまとめる敏腕なところや,力強い眼差しが素敵だと思って。」

少し照れ,上目遣いに言うスカーレット。素晴らしい演技力である。レイヴンはすっかり騙されたようだ。スカーレットを抱き寄せ,額にキスをする。

「どこに行きたいか,考えていろ。すぐに終わらせるから。」

「分かったわ。待っているわね,あなた。」

にっこりと微笑み返し,応接間に向かうレイヴンを見送る。これでよし。

 いざ,セレストブルーの元へ。この3ヶ月間隈なく探して見つけた窓へ向かう。その窓は通りからも館の中からも,死角となっている。こっそりと抜け出すには最適な窓だ。スカーレットはこっそり持ち出した靴を履き,スカートをたくし上げ,窓枠を越える。

(正規のルートで行けば捕まるから,森の中だわ。)

足音を立てぬよう,それでいて駆け足で森へと急ぐ。森の中に身を隠せば,見つかる可能性は低くなる。

 森に入ってすぐ,歩きやすくするためにスカートの裾を少し切る。そして,切れ端を防寒のために首に巻く。

(持ってこられたのはチーズとナイフだけ。)

先が思いやられる。ここからセレストブルーの所まで4日はかかるだろう。その4日間をこれだけで過ごさなければならないのだ。ひもじい。でも,レイヴンの重圧の中で暮らすよりははるかにマシである。

 スカーレットは勇んで歩く。セレストブルーに駆け寄る日を夢見て。

 一方,レイヴンの商談は難航していた。長くても2時間で相手を納得させて終わらせてきた。だが,今回はすでに3時間目に差し掛かるところであった。

(くそっ,頑固ジジイめ。)

心の中だけで悪態をつき,表面的にはにこやかにする。

「ここらへんでご納得頂けませんか?色々と買って頂けるので,私も頑張って勉強させて頂きましたが……。」

先ほどより若干値を下げて提示する。相手は少し表情を崩すが,また堅くする。

「うーん,こっちも買うのだし,なんとかならないかね?」

痛いところを付いてくる相手。レイヴンは舌打ちしたくなる。それでもどうにかこうにか抑え,営業スマイルで相手を見る。

「これが限界ですよ,旦那様。」

「と言われてもだな,ここ以外に良い所はない。ここがベストなのだよ。君が出してくれる品は良いものばかりだからな。だからこそ,君の所で契約をしたい。これだけの量を買いたい。どうかね?」

殺し文句を言われ,揺れ動く。ここらへんで相手を獲得しないと,逃がしてしまうかもしれない。レイヴンはうなだれる。そこに,ドアがノックされた。

「失礼。」

レイヴンは頭を下げ,ドアを開ける。

「商談中は来るな。一体何事だ?」

「お,奥様が…!」

「スカーレットがどうした?」

「どこにもいらっしゃらないのです。」

レイヴンの表情が一気に険しくなる。

(やられたのか!?ちくしょう!)

商談相手の手前だけに,直に怒りを出せない。しかし,それでも事を伝えに来たメイドの背すじは凍った。

「捜して始末しろ。オレもすぐに行く。」

青褪めるメイドを無視してドアを閉め,やけに笑って席に戻る。

「失礼致しました。いい知らせが入ったもので。さて,それでは,そこまで言って下さるので頑張ってみましょう。」

レイヴンは先ほどよりも値下げをして見せつける。

「私も男ですからね。ここまでやってみましょう。これがダメならば,お引取り下さい。」

ころっと変わった態度に疑問を持ちつつも,提示された額を見る。思わずにやけてしまう。

「私が希望したものだろうね?」

「もちろんですよ。」

「よし。さすがだ。これでいこう。」

商談相手は軽やかに署名をして返す。

「今日は長くなったからこの辺で。また話そう。」

お互いに握手をし,商談が終了する。レイヴンは辛抱強く相手を見送る。

 さぁ,狩りの始まりだ。レイヴンは執務室に護衛として雇っている屈強な男を10人集めた。

「スカーレットが逃げ出したことは知っているな?」

「はい。」

「奴の所に行ったに違いない。見つけ次第殺せ。」

初めて出される殺害命令に,さすがの男たちも戸惑い,お互いに顔を合わせる。

「なにぐずぐずしているんだ?」

癇癪を起こす1歩手前のような気迫に,思わず後ろに下がってしまう。その中でリーダーの人が恐る恐る口を開いた。

「殺してもよろしいのですか?あちらの両親にはなんと説明をなさるおつもりですか?」

「いつ質問を許した?」

たったそのひと言で,屈強な男たちの肝が冷える。ここから早く退散したい思いに駆られてしまう。

「いいから行け!」

押し出されるように退室する男たちに目もくれず,レイヴンはドカッと安楽椅子に座る。男たちが危惧していたことは,とっくに解決策を考え抜いていたことであった。その解決策とは,偽装誘拐事件を仕立てることである。安易ではあるが,権力を握るレイヴンに口を出す人はそういないため,確実に近いことである。

(このオレに逆らった罰だ。)

レイヴンはほくそえむ。人のことなんてどうでもいい。自分が全て。それがレイヴンという男だ。


 スカーレットは獣道をひたすら歩いた。常に周囲に気を配り,時には物陰に潜んで人がいないかどうか確認した。最小限の休みしかとらず,とにかく歩き続けた。セレストブルーの元に帰るために。

 夜中も手探りで前に進み,次の日の朝には隣町に付いた。気持ち的にはこの町にいる友達の家に転がりたいのだが,ぐっと気持ちを抑え,町を避けるように森の中を進んだ。この町の人に顔を見られると,レイヴンの追っ手に捕まる可能性が高くなってしまう。自分の位置を教えるヒントを与えたくなかったのだ。

 一方,レイヴンは報告が来なくて苛立っていた。だが,その中でもきちんと誘拐事件を偽装しておいた。そういう点は抜かりない。

 スカーレットを追っている男10人は標的が見つからず,やきもきしていた。発見せずに,また始末せずに戻れるわけにはいかないのだ。隣町で聞き込み調査をするが,もちろんスカーレットの判断が勝っていた。手掛かりがなく,男たちは途方に暮れてしまう。しかし,主人であるレイヴンの命令に背くわけにはいかない。あてもなく,スカーレットを見つけにぞろぞろと歩き続けた。


 スカーレットがフリント家から逃亡して3日たった。セレストブルーの家まであと少しである。

(この森を抜ければセレに逢える…!!)

不眠で歩いてきたが,ここまで来ると睡魔なんてどこかに行ってしまう。マメが出来た足を多少引きずりつつも,嬉しそうに歩く。足取りは軽やかだ。

 森に入ってから1時間経ったほど。チーズの最後のひとかけらを口に入れる。十分に味わってから飲み込む。これで最後の食料がなくなった。残ったのは,スカーレット自身とナイフのみ。ナイフは護身用として持ってきたのだが,どうやら出番はなさそうである。

「あと少し,頑張ろう。」

気持ちを口に出し,最後の気力を振り絞る。

 フリント家を抜け出し,用心深く獣道を歩み,一睡もせずにセレストブルーの元に。本来側にいるべきだと信じてやまない人へ向かう。

 そのとき,衝撃が走った。中心から,波紋のように。


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