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鳥籠  作者: 快流緋水
5/10

剥奪

 セレストブルー・カラーは死界の境の中に佇み,風を感じた。その風で更に感じる,頬をつたう涙とともに。

「どこにいるんだ?」

何度呟いたか分からないほど語り続けてきた言葉。何もいない,何もない死界の境で求める。無から有を掴みたい矛盾を承知していても,歩き続ける。返ってくるのは虚無感ばかりなのに。

(もう,いなくなって半年経つのに。)

胸に痛みが走る。



 スカーレットとの夫婦生活が始まって2年の月日が過ぎた。出会いは良い場ではなかったが,2人の仲には支障はなかった。むしろ,仲良く協力し合う2人は模範的な夫婦と言えたであろう。町の人々も2人を祝福し,温かく見守っていた。中にはひそかにセレストブルーを狙っていた女性がいたようだが,それも時が解決してくれた。

 2人の関係は順調であったが,かすかな不安は心に残っていた。スカーレットの婚約者であったレイヴン・フリントのことである。スカーレットを迎えに来て以来,1度もカラー家を訪れていない。町にもレイヴンは来ていないようだ。2人の気持ちを知るきっかけを作った本人だが,彼の行為には手をあげたくなる。その彼からは何もない。あのときだけで事は済んだのだろうか。いや,それは甘えかもしれない。もしかしたら,再びレイヴンは手下を連れて来る計画を練っているのかもしれないのだ。そう思うとスカーレットはもちろんのこと,彼女を想うセレストブルーも不安にさいなまれるのだ。そのため,死者の葬送を止めようと思っていた。だが,それをスカーレットは止めた。

「あなたが持つ能力よ。生かして欲しいわ。」

強く願うこと。スカーレット自身は彼のことに口を出したくないのだが,自分が絡んでいることもあって,思いを伝えた。渋るセレストブルー。彼女の思いも分かるが,彼女の身を案じると軽々しくうなずけない。

「そうだとしても,心配だ。」

「セレ,私のことは抜きにして答えて。セレはどうしたいの?」

つぶらな瞳で見つめて問うスカーレット。質問の言葉は短くてどうってことないのだが,中に込められたものは重い。セレストブルーは閉口してしまう。だが,数分後にようやく口を開いた。

「スカーのことは心配だ。出来れば目の届く範囲内にいて欲しい。でも,それは俺の我儘だし,俺は今まで通り葬送したいと思っている。陰ながらでも人の役に立ちたいから。」

こうして話はまとまり,夫婦生活をしていても,セレストブルーは以前と同様に死者の葬送をしているのであった。スカーレットの支えがあったからこそ,続けられているのかもしれない。


 その日も,パンが少なくなった頃に彼は鳥籠を手にして出て行った。いつも通り,‘行ってらっしゃい’という言葉を背に受けて。

「今日は特に霧が濃いな。」

湿っている前髪を書き上げ,小さく呟く。この濃霧では彷徨う死者を見つけるのが難しいので,ため息まじりであった。

 今日は無理かと諦めかけた頃,スーッと影がよぎった。死者であろう。セレストブルーはギュッと鳥籠の柄を握って駆ける。そこで目にしたのは,死者ではなかった。生きている人であった。だが,何よりも驚いたのは生死ではない。相手のこと。セレストブルーが見た影の正体は,レイヴンであった。

「オレのカン通り,貴様はここにいたんだな。」

勝ち誇った強気な笑み。それだけで事を知ったセレストブルーは,一気に青褪め,震え始める。

「幸せな夫婦生活だったか?」

過去形で言われ,更に青褪めるセレストブルー。ここで立ち話をしている時間はない。彼ははじかれたように家へ駆け出す。その後ろ姿をレイヴンは薄笑いを浮かべてみていた。

「オレに逆らうとこうなるんだよ。」

 全速力で,一目散に家へ駆け込むセレストブルー。そこで目にしたものは,荒らされた部屋と血痕。ガシャンと鳥かごを投げ置き,台所,お風呂,店など,全ての部屋を見て回る。でも,人の姿はない。スカーレットの姿はない。

「スカー!!」

心から叫ぶ。しかし,その声はむなしく響き,やがて無になってしまう。

「俺がいない隙を狙ってレイヴンは…!!」

怒りが全身を駆け巡る。それが強まり,今度は町へ向かって走り出した。スカーレットの足跡をたどるために。

「スカー!スカーレット!!」

叫びながら走り,また道歩く人に彼女を見たかどうか聞いたりした。でも,手がかりとなる話は一切なく。狂ったように走り,叫ぶセレストブルー。この異変に町の人々は手を差し伸べたかったのだが,彼はそれを寄せ付けなかった。ただ走り,叫び,求める想い。玩具を取られた子どものように。でも,重さは違う。セレストブルーがスカーレットに寄せる想いは,計り知れない。他人がとやかく言えるものではないのだ。

 夜になり,静かになった頃,セレストブルーはようやく家に戻った。誰もいない,殺伐とした部屋に。スカーレットが連れ去られたことを物語る部屋に。幸せをもぎ取られた部屋に。

「スカー。」

微かな叫び。支えのない不安がセレストブルーを支配する。それでも,彼はつぶれなかった。3ヶ月をつかってスカーレットを捜し歩いたのである。その結果は,悲しいものとなった。町を8つも見て捜し回ったというのに。

 これを境に,セレストブルーは変わってしまった。明るくて朗らかな彼が,一気に隠遁気味になってしまったのだ。かろうじてパン屋を営んでいるが,それが済むとすぐに死界の境に入るのであった。血痕のことから,スカーレットは死んだのかもしれないと思っているのだ。だがそれよりも,初めて会った場所だから,再びここで会えると思っているのだ。そうであって欲しいと。



 涙で濡れた顔を袖でぬぐう。彼の待ち人・スカーレットはまだ現れない。想いがつのるばかりである。


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