#62 ベヒーモス戦【リタ視点】
私――リタ・フェニックスは新たなパーティーと共に、ベヒーモスとの2年ぶりの再戦に挑んでいた。
「ハアァァァッッ!」
気合の声と共に「ヒートスラッシュ」を放ち、ベヒーモスの振り下ろした右前足を斬り裂く。
〈ガアアァァッッ!〉
鮮血の飛沫が宙を舞い、赤褐色の巨獣が悲鳴を上げた。
――よし、深く入った!
「……オラオラァッ!」
ベヒーモスの左後方では、コージが怪物の後ろ足にラッシュをかけていた。
その合間を縫って、カスミも刀で攻撃を繰り返している。
……戦えてる。あのベヒーモスを相手に。
戦闘が始まってから、15分は過ぎたか。
――ただし、この15分間でベンとナジャは戦線から離脱してしまった。
ナジャは武器の双剣を2本とも失い、ベンは重傷だ。
開戦時のベヒーモスの突進。
アレをまともに食らったのが悪かった。
1度はベンが防御スキルを発動させて耐えた。が、吹き飛ばされたベンを追ってベヒーモスが更に突進。
私もあわてて後を追ったけど、背後からベヒーモスの気を引くのが精一杯だった。
――コージがいなかったら、きっとあそこでベンを失っていただろう……
……危うくまた1人、数年来の戦友を亡くしてしまうところだった……
……ポーションで彼のケガが治るといいけど……
今、後方でナジャがベンの手当をしている。
でも、ケガが治ったとしても、壊れた装備は直せない。
この戦闘にベンが復帰するのは難しいかもしれない。
――ギリッ、と奥歯を強く噛んだ。
危険な敵なのはわかっていた。けれど――、
……もう絶対に、誰も死なせたくない……
そんなとき、耳元に着けたパッチフォンという音声デバイスから、私の担当オペレーターであるショーンの声が響いてきた。
『リタ! まだ撤退しないのか? EX-Pileの設置は済んだだろう?』
「撤退ですって?」
――ショーンは何を言ってるの?
確かに、コージによるこの階層内でのEX-Pileの設置は、この15分間でほぼ済んだという話だ。
第一目標は達成したと言える。
でも、状況はまだそこまで悪くない。
5人中2人が一時離脱しているだけで、パーティーはまだ機能してる。
「まだ行けるわ! コイツはここで叩く!」
『そうか……。わかった! だが、無理はするな!』
「……それこそ無理よ!」
むしろ、ここで無理をしないで、いつしろと?
――そう。今こそが、復讐のとき……!
私は改めて、戦意をたぎらせた。
『…………』
そんな私に対し、ショーンはかける言葉を持たなかった。
†††
――2年前。
私とベンは今と同様、バルディアのX級ダンジョン攻略チームのメンバーだった。
世界唯一のX級探索者である私と、ベンたち11名のS級探索者。
私たち12人のパーティーは無敵だった。
ダンジョン内で時折現れるX級のモンスターも、私たちの波状攻撃を前にして倒れないものはなかった。
私たちは6年前の「ダンジョンブレイク」以後の到達階層記録を、次々と塗り替えた。
このまま〝災厄〟を攻略できるのではないか――誰もがそう期待した。
――――そして、〝魔の10階層〟で全てを失った。
『――デカすぎる……。なんだ、あのバケモノはぁ!?』
『――突っ込んで来るぞ! 避けろぉっッ!!』
『――ダメだっ! 武器が、武器が通じないっ!!』
ベヒーモスの最初の突進に轢かれた2人の仲間は、それだけでもう息をしていなかった。
赫色の巨獣が爪をふるい、牙を突き立てる度に、仲間が1人また1人と倒れていった。
『もう駄目だ! リタ、お前は撤退しろ!』
『クリス、そんな!』
『お前は人類の希望なんだ! ――ベン、リタを頼むぞ!』
『……わかった』
リーダーのクリスが殿を務める中、私とベンはすでに重傷を負っていた他の3人の仲間をかついで10階層から撤退した。
『クリス、あなたも早くっ! クリスーーーッッ!!』
9階層から下り階段に向かって叫んだ声は、ダンジョンの果てしない闇に吸い込まれた。
『リタ、クリスはもう……』
片目と片腕を失った探索者が、沈痛な声で言った。
私は涙をぬぐって10階層への階段に背を向けた。
それから、ベンたちと死力を尽くして退路を切り抜けた。
――でも、探索者として復帰できたのは私とベンだけ。
生きて帰った仲間も、1人はそれから間もなく…………
あの悪夢から2年が経った。
あれ以来、あの日のことは一日たりとも忘れたことがない。
――――必ずリベンジを果たす。
仲間たちの墓標にそう誓った。
コージの存在を知ったときは嬉しかった。
その実力が、X級という肩書に見合うものだと知ったときは、もっと嬉しかった。
――彼が一緒なら、あの憎きベヒーモスとも戦える。
そう確信した。
……いや、コージの潜在能力は、たぶんこの私よりも――――
†††
――ベヒーモスとの激闘は、2時間以上に及んだ。
いま戦っているのは、私とコージだけだ。
カスミとナジャはSP切れ。
私もSPが尽きかけたけど、2人と何度か交代して、なんとかここまで持たせた。
ナジャは自分のメイン武器を失っていたけど、予備の武器でフォローに回ってくれた。
この2時間の中で、私がうっかりベヒーモスの爪を食らいそうになって、復活したベンがひび割れた盾を持ってかばう……なんてシーンもあったわ。
『……ハセコーのSPは無限か? 開幕からまったくパフォーマンスが落ちてないじゃないか。リタでさえ、多少は休んでるっていうのに……』
パッチフォンの向こう側で、ショーンがそんなことを言っていた。
そう。
コージだけは、EX-Pileの設置を終えてから、ずっと戦い続けている。
――――話には聞いていたけど、ホントに無尽蔵のSPを持ってるのね。
うらやましいわ……
この戦いのMVPは、間違いなくコージだ。
最初にベヒーモスから突進を食らった後、ナジャとベンが生きて離脱できたのもコージのおかげだ。
あのときコージはEX-Pileの設置を中断して、ベンに追撃しようとしていたベヒーモスの攻撃を受け止めた。
……ベンより小さいその体で、いったいどうやってるのかしら? 不思議ね。
あのベヒーモスも、そのときは心なしか戸惑っていたような気さえする。
しかも、コージはなんと、この戦いの中で新たなスキルを開花させた。
『――おぉ、遂にできたぞ! 練習してた甲斐があったぜ!』
スキルが発動した瞬間、コージは無邪気に快哉を上げた。
それに対し、オペレーターも合わせた全員が驚き、あきれた。
――――戦闘中に新たな力に目覚めるなんて、どこのコミックのヒーローよ!
「――行っくぜぇぇっッ!!」
〈グオオォォッッ!?〉
コージが再びそのスキルを発動させる。
――すると、彼の黒いガントレットを拡張するように、光り輝く1対の大きな双盾が出現する。
それは肩を覆うほどの大きさでありながら、手先の方がより長くなっている。
トンファーを相手に向けたような形のイメージだ。
前を向いた先端は鋭く尖っており、突くことも斬ることもできるみたい。
――なんて名前になるのかしら……? シールド・エキスパンション? ウイング・ブレード・アームズ?
仲間を守りながら、敵を攻めることもできる攻防一体の盾。
それが、コージが発現させた新たなスキルだ。
〈ギャイィィンッッ!?〉
ベヒーモスが大音量の悲鳴を上げる。
ヤツの吠え声には、徐々に怯えや恐れの感情がうかがえるようになってきた。……いい気味だわ。
このときにはもう、ベヒーモスの四肢はボロ雑巾と化していた。
後ろ足の1本は、主にカスミやナジャのサポートを得て私が削り切った。対して、もう1本はコージがほぼ1人で破壊していた。
何度も私たちの攻撃を受けたことで、ヤツのぶ厚い毛皮はぼろぼろだ。元々の毛並が赤褐色のためわかりづらいが、出血はすでに全身に及ぶ。
――X級ならではの強い生命力を持つとはいえ、コイツにはあの「アシュラ」のような反則的な再生能力はない。それは幸いだった。
〈グワゥッ! ギィヤァッッ!〉
ぼろぼろの右前足で体を支えながら、ベヒーモスは半狂乱になってコージを近づけまいと左前足を振り回していた。
――アハハハッ!
……クリスも天国で見てるかしら?
あのベヒーモスが、コージと戦うのを嫌がってるわ!
――まさか、こんな日が来るなんて思わなかった。
コージは本当に最高ね!
……この場の1番の怪物は、ベヒーモスじゃなくてコージかもしれないわね?
やっぱり、カスミに譲るなんて、もったいなくてできないわ。
……コージにはなんとしても、合衆国に来てもらわなくっちゃ!
そして、遂にコージが広げた2枚の大盾の刃が、ベヒーモスの上体を支えていた右前足に「X」の字を描いた。
――ズウゥゥンッ……
ベヒーモスの巨体が崩れ落ち、頭を地につけて伏せた。
――――――これを待っていたわ!
「――リタ!」
「――イエスッ!」
コージの合図に応えると同時、私は残しておいた最後のSPを根こそぎ放出する。
――この2年間で身に着けた、切り札の必殺スキル。それを今ここで使う。
70cmあるグレイブの長い刃が、私がSPを変化させた炎によって倍以上に拡大する。
――あら……? なんだかコージの新スキルと雰囲気が似てるわね。
…………さあ、決めるわよ。
みんな、見守ってて。
「プロミネンスッ!」
叫びながら、ベヒーモスの手前まで走り、私は前のめりに大きく跳躍した。
前方に1回転しながら、グレイブで空中に円を描き、そのままヤツの眉間に振り下ろす――――
「――――カァリバァァーーッッッ!!」
燃え盛る炎の刃が、ベヒーモスの頭部を両断した。
――――〝巨大な獣〟の名を冠し、人類に「悪夢」と恐れられたモンスター。
その全身が、内側から淡く光を放ち始める。
表面を覆う血みどろの毛皮が真っ白な光の粒子へと変わっていき、山のような巨体が少しずつ小さくなっていく。
『きれい……』
オペレーターの誰かが呆然と言った。
白い光はやがて奔流となって四方八方に広がり、広大な地下10階層をまばゆく染め上げる。
「ベヒーモス」と呼ばれたモンスターの終焉だった。




