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#50 未知の世界へ

 ――東京、(かすみ)(せき)


 ダンジョン管理局で要職を務める津川(つがわ)瑠依(るい)は本日、ふだんの職場から目と鼻の先にある建物――上位組織であるダンジョン庁の庁舎――を訪れていた。

 エレベーターで8階に上り、最奥の部屋に到着する。

 瑠依がノックをすると、すぐに返事があった。


「――入りなさい」


 ひと呼吸ほどの間を置いてから、瑠依は入室した。

 大きな執務机の向こう側に、(おごそ)かな雰囲気を放つ1人の女性がいる。

 瑠依はその手前で足を止め、姿勢を正してあいさつする。


「お疲れ様です、恵良(えら)長官」


 執務机の椅子に腰かけた女性の名は、恵良(えら)猪乃(いの)

 元A級探索者にして、現ダンジョン庁長官である。

 日本の探索者業界とダンジョン業界とを、陰に日なたに導き支えて来た女傑(じょけつ)だ。


 猪乃の鋭い眼光ににらまれ、瑠依の表情に緊張が走る。


「……用件はわかっています――けれど、もう一度あなたの口から聞かせてもらえる?」

「はい」


 猪乃に要求に(こた)え、瑠依が改めて懸案を明かす。


「S級探索者の破瀬(はせ)鋼侍(こうじ)について――。所属ギルド『スター・ウィッシュ』の団長から、X級探索者への昇級可否確認の問合せがありました」

「そう」


 異例の問合せだったが、猪乃は眉ひとつ動かさなかった。


「どのように回答しましょうか? X級探索者の認定は、国内初の事例となりますが……」


 瑠依の問いに対し――、


「昇級を認めます。彼の実力はすでに証明されている」

「!」


 ――猪乃は迷いもためらいも見せず、即答した。


「わ、かりました。……では、『スター・ウィッシュ』には、そのように回答します」

「……意外だったかしら?」


 やや歯切れの悪い瑠依の応答に対し、猪乃が問いかける。


「……正直、少し。なんらかの暫定(ざんてい)措置(そち)があるものかと」


 瑠依のこの考えは誤りではない。

 新たなX級探索者の誕生は世界規模のビッグニュースとなり得る。慎重な対処が必要な案件だ。


 猪乃はわずかに柔らかく目を細めて瑠依を見る。


聡明(そうめい)なあなたらしい考えね。……いいわ。少しだけ話をしましょう」




 2人は執務室内の応接スペースに移動した。

 ローテーブルをはさんで着席した後、猪乃の話が始まる。


「――あなたもよく知っている通り、ダンジョンの脅威(きょうい)は年々、緩やかに成長し続けている」

「はい……」


 25年前の【大変革】直後、初期の最高難度ダンジョンの脅威度は今で言うC級相当だった。

 その後、5年間で2回ほど基準の見直しがあった。また、国際基準が制定されたのもこの間のことだ。

 A級からF級までのダンジョンの脅威度設定は、5年を()てようやく、およそ現在と変わらないレベルのものになった。


「ダンジョンだけじゃない。まるでダンジョンの成長に呼応するように、探索者の世界記録も年々()り替えられている」


 猪乃が現役の探索者だった約20年前から数年間に渡って、探索者の最高ランクはA級だった。

 一時は最強の一角と呼ばれた彼女も、歴を重ねるにつれてその座を後進に譲ることとなった。


「大きな〝壁〟を越えたのは、忘れもしない12年前――。あのときの異常(イレギュラー)で、私は左足を失った」


 猪乃が自身の左ひざに触れる。

 パンツスーツの上からでは一見して判別しづらいが、その内側にあるのは義足だ。


 当時のA級ダンジョンで発生したその異常(イレギュラー)は、今回『鬼哭(きこく)(とうげ)ダンジョン』で発生したケースとよく似ていた。

 その事件によって片足を失った猪乃は、探索者を引退することになった。


 その頃、A級からS級への〝壁越え〟は、日本だけでなく世界中で連鎖的に発生した。


「もしかして、最近続いている異常(イレギュラー)がその〝壁越え〟に関係していると……?」


 瑠依の問いに、猪乃はほほ笑んでうなずく。

 その表情はまるで、出来の良い生徒を見る教師のようだった。


「私はそう考えているわ」


 その猪乃の答えは、瑠依の背筋をぞくりとさせた。


 S級からX級への壁越え。それは人類にとって未知の恐怖と言えた。

 S級モンスターでさえ、人知を越えた化け物たちの集まりだ。X級ともなれば、たった1匹でも人類に多大な損害をもたらしかねない。


「世界で2人目のX級探索者が日本人である。――私は、これを幸運なことだと思う」


 ――なぜなら、その脅威に(あらが)う力があるということだから。


 ……もっともその矢面(やおもて)に立つ鋼侍(こうじ)にとっては、大きな負担が強いられることだろうが。


 猪乃の話は以上だった。


 彼女はそのまま、話題を元のX級探索者への昇級の件に戻す。

 ただし、これは日本だけで収まる話ではない。


「国内の認定は所定のプロセスで進めて構いません。海外の方は私とダンジョン庁の職員で対応します」

「よろしくお願いします」


 瑠依が着席したまま頭を下げた。

 更に、重要な手続きがもう1つ。


「――国際ライセンスも必要になるわね」

「! ――たしかに」


 X級探索者は、S級探索者より更に希少な戦力となる。

 国外での活動を求められる可能性は高い。――日本には現在、X級ダンジョンはないのだから。


 猪乃は最後に、少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。


「元々はあなたの部下なんでしょう? しっかり支えてあげなさい」

「は、はい!」


 あわてて返答した瑠依の顔は、若干赤くなっていた。




    †††




 ――アメリカ、カリフォルニア州ロサンゼルス市。


 ダウンタウンの高層ビル群を見下ろす高級コンドミニアムの一室にて。大きな壁一面のモニターに、ダンジョン配信のアーカイブ動画が流れている。


 そこに映し出されているのは、日本のS級ダンジョンの攻略動画――鋼侍(こうじ)たちが「アシュラ」と戦ったときの映像だ。


「ワーオ……」


 トレーニングウェアを着たストロベリーブロンドの若い女性が、感嘆(かんたん)の声を上げた。

 くっきりと日焼けの跡が残る健康的な肌に、玉のような汗が浮かんでいる。


 彼女の視線は、戦いで前衛を務める鋼侍に釘付けとなっていた。


 彼女は理解していた。

 アシュラはX級モンスターの中でも比較的強いモンスターだと。

 それをたった1人で相手取り、一歩も引かずに打ち合うことがどれほどの偉業か。


 鋼侍の動きを追い続ける彼女の視線は、だんだんと熱を帯びたものになっていた。


「ハセコー……? 会うのが楽しみね」


 にぃっと、彼女の顔に肉食獣のような好戦的な笑みが浮かぶ。


 彼女の名は――リタ・フェニックス。


 誰もが世界最強と認める、人類史上初のX級探索者だ。




お読みいただき、ありがとうございます。


ついにアメリカのX級探索者、登場です。

本話まで名前は伏せていましたが、存在は明かしていました。

#4, #29, #30, #46 の本文で言及しています。キーワードは「アメリカ」または「X級」です。

パズルが好きな方は、これらの伏線の〝答え合わせ〟をしてみるのも面白いかなと思います。

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