#38 S級ライセンスと秘密の作戦会議【寧々視点】
200名以上の尊い人命が失われた渋谷の「ダンジョンブレイク」から3日が過ぎた。
渋谷区松濤町内では、まだ破壊された建物がそのままになっている場所も多い。――が、一部地域の立入禁止は解除され、穏やかな日常が帰ってきつつあった。
「はぁ……」
四谷にある探索者ギルド『スター・ウィッシュ』の本拠地にて。
この日の午後に配達記録で届いた郵便物の中身を見て、私――神楽屋寧々は大きなため息をついた。
送り主はダンジョン管理局。内容は…………
――そのとき、ノックの音に続いて執務室の扉が開いた。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします!」
明るいあいさつと共に入室して来たのは、高校生アルバイトのダンジョン・オペレーター、破瀬さららちゃんだ。
今は夕方だが、出勤時のあいさつは「おはよう」だと相場が決まっている。
「おはよう、さららちゃん。叶純も鋼侍もさっき今日の探索を終えたところだけど、配信の録画チェックする?」
「そうですね――あれ? それって、ひょっとして……」
――と、さららちゃんは私のデスクを見て、さっきの郵便物の中身に気づいた。
……あぁ。彼女なら、先に話しておいてもいいか。
「――見えちゃった? さっき届いたところなのよ」
「こ、これは…………!」
私は〝それ〟を手に取って、さららちゃんに手渡した。
「うわぁ……」
さららちゃんは〝それ〟を高々と頭上に掲げて、感極まったような声を上げた。
「おめでとう。あなたのお兄さん――鋼侍は、今日からS級探索者よ」
〝それ〟とは、鋼侍のS級探索者ライセンス証のことだ。
そう。
探索者としてリスタートを切ってからたった11日で、鋼侍は国内最高ランクまで上り詰めた。
「――でも、S級探索者がギルドに2人って、確かNGですよね?」
ライセンス証を元通りデスクに置いた後。
さららちゃんが発した言葉に、私は驚きを隠せなかった。
「……知ってたの?」
「はい。探索者法はひと通り暗記しておいたので」
あれ……? 探索者法って確か200条ぐらいなかったかしら?
ひょっとして、この子もちょっとオカシイ……?
……それとも、瑠依みたいな天才タイプかしら……
「――実は、管理局からライセンスとセットでこんな書類が届いたのよ」
そう言って私は、さららちゃんに印字された1枚のコピー紙を手渡した。
それには、無機質な字体で次のように記されていた。
〝新しくS級探索者に認定された破瀬鋼侍は、3か月以内に愛知県のA級以下のギルドに移籍すること〟
――それが、ダンジョン管理局からの勧告だった。
「愛知――ちょっと遠いですね……」
さららちゃんの声は沈んでいた。
愛知にも五大S級ダンジョンの1つがある。ダンジョン管理局の判断は合理的だと思う。
「……そうよね。一応、1つだけ抜け道を思いついたんだけど――――」
私がそのアイディアを話すと、さららちゃんは非常に驚きながらも、すぐに理解を示してくれた。
「確かにそれなら――……でも、運の要素が大きいですね」
「ええ。確実とはとても言えないわ」
変に希望を持たせるのも悪いし、やっぱりこのアイディアを叶純に教えるのはナシね。
「3か月かぁ……。きっと、あっという間ですね」
「そうね……」
「……ところで、寧々さんはあの2人についてどう思いますか?」
少ししんみりした空気になった後、さららちゃんがそう訊ねてきた。
「鋼侍と叶純のこと?」
「はい」
さららちゃんの目は、大きな期待と小さな不安の感情で揺れているようだった。
……まあ、妹としては当然、気になるわよね。
私は、正直に答えることにした。
「そうね……鋼侍がどう思ってるかはよくわからないけど、少なくとも叶純は憎からず思ってそうね」
「ホントですか!?」
答えた直後、さららちゃんが目の色を変えて迫って来たので、ちょっと――いや、かなり驚いた。
「え、えぇ……もしかしたら、本人にあまり自覚はないかもしれないけど、好意以上の感情はあると思うわ」
「え〜。お兄やるなあ」
そう補足すると、さららちゃんは照れたようにくねくねと体をねじらせ始めた。なにこのカワイイ生き物。
――私の知る限り、これまでの人生で叶純は恋愛とはほぼ無縁だったはずだ。
ずっと女子校だったというのもある。
6歳のときに人より早く探索者資質検査を受け、S級と判定されたことで周囲から浮いてしまったせいもあるかもしれない。
真面目な彼女は、探索者かくあるべしの理念に沿って、己を高めることに邁進してきた。
それが、あのU-17世界探索者競技会での高成績につながった。
その後、強く美しい叶純に言い寄る男はたくさんいたけど、彼女は日本最大の企業グループである天王寺グループトップの1人娘だ。
お金も、地位も、力も持っている。誘惑に負ける要素なんてなかった。
どの男も、叶純の気高さ・純粋さと自らの劣等感に敗れて去って行った。そうでない勘違いヤロウは、私か父親の和馬さんの手によって遠ざけられた(なお、これについての詳細は伏せる)。
「――私、叶純さんの大ファンなんです。正直、お兄にはもったいないと思うんですけど……寧々さんはどう思いますか?」
さららちゃんは、本当にいい子だ。私が男なら放っとかない。結婚したいぐらいだ。
それに引き換え、鋼侍はというと……たいへん非常識な男であることは否めない。
奇想天外、破天荒、逸脱者、……鋼侍を表現する言葉として、そんな単語が次々に思い浮かぶ。
――でも、善良な青年である。
任された仕事はきっちりこなすし、「ダンジョンブレイク」でもダンジョン内外でモンスターを倒すのに奔走していた。彼の胸中はわからないが、決して簡単にできることではない。
それに、初めて叶純と出逢ったときから、鋼侍は彼女を守ってくれていた。
ただの妹バカではない。
そして何より、叶純が好意を寄せている。
背中を押すことにためらいはなかった。
「――私は2人のこと応援したい気持ちよ。叶純は真面目で恋愛に縁がなかったから、2人が互いに気持ちを育んでくれたらいいと思うわ」
「うわぁ……」
私の答えを聞いて、さららちゃんは目を輝かせた。
「それなら、ちょっといい考えがあるんですけど――――」
そう言って、さららちゃんは私にちょっとした〝作戦〟を教えてくれた。
「……なるほど。確かにそれはいい考えね」
私はニヤリと笑った。




