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「……村田殿、貴殿の『黄金の馬車』の力を今こそ貸してほしい!」
現場から帰る途中の漆黒のレクサスの助手席で佐藤健二は決死の覚悟で切り出した。老魔術師山岸により「エリクサー」を断たれてから数週間。健二の
脳内ではもはや現実の風景は露ほども残っておらず、窓の外を流れる都心の夜景は幾千もの怨念が渦巻く「魔導都市」そのものだった。
「あぁ? なんだよ急に。どっか遠い現場なら乗せてってくれってことか?」
村田はハンドルを叩きながら気だるそうに答えた。
「目的地は『黒銀の魔塔(クレジットカード会社の本社ビル)』だ」
健二は身を乗り出し声を潜めた。
「奴らは俺の真名を嗅ぎつけ、魂の徴収票(DM)を送りつけてきた。放っておけばこの世界のすべての富……いや、マナが奴らの金庫に
吸い尽くされる。今こそ奇襲をかけ中枢の魔導回路を破壊するのだ! 脱出の際は貴殿の馬車があれば敵の包囲網を突破できる!」
村田は信号待ちで止まると心底面倒くさそうな顔で健二を横目で見た。
「……あー、佐藤さ。前にも言ったけどそういう『金の相談』は俺には一切すんな。力になれねぇからさ」
「……なっ!?」
健二は凍りついた。まさか共に戦った(一緒に仕事をした)戦友からこれほど冷酷な拒絶を受けるとは……。
「金の話、って……これは世界の命運を賭けた――」
「黙って聞け!」
村田は健二の言葉を遮った。
「俺はよ、昔ギャンブルで借金抱えててさ。親戚からも縁切られてこのレクサスだって買うために色んな奴から金借りてんだ。カード会社だのローンだの、
そういう『金に関係するトラブル』に首突っ込むのはもう御免なんだよ。弁護士なり、法テラスなり、そっちに相談しろ!」
健二の瞳から光が消えた。彼の脳内では村田の極めて現実的で個人的なトラウマは全く別の不吉な意味へと変換されていた。
(……呪われている。この男もすでに『資本主義』という名の最上位拘束魔法に精神を汚染されているのか!)
健二には見えた。村田の首元からうっすらと伸びる金色の細い鎖。それはレクサスのハンドルに、そしてカード会社の魔塔へと繋がっている。
「……そうか。貴公ほどの戦士でさえ奴らの『黄金の鎖(金利)』からは逃げられなかったというのか……」
「なんだそれ? とにかく俺は力になれねぇぞ。自分のケツは自分で拭け。それが世の中のルールだ!」
村田の言葉は健二にとって「この偽りの世界を統べる傲慢な神の宣告」に聞こえた。健二は絶望し静かに車を降りた。背後で走り去る
レクサスのテールランプがまるで自分をあざ笑う「悪魔の眼」のように見えた。
「おのれ……おのれぇっ! 資本主義経済(カネの魔力)め!」
夜の路上で健二は震える拳を天に突き出した。彼の視界では自動販売機の明かりも、コンビニの看板も、通り過ぎるサラリーマンの群れも、
すべてが他人から1円でも多く奪い取ろうとする罠であり、金に飢えた亡者に見えていた。
「人々は資本主義という名の偽りの価値観に縛られ、魂の輝きを失っている。隣人さえも金という概念を介さなければ
手を差し伸べることすらできぬほど、この世界は腐り果てているのか……!」
彼が憎んでいるのはもはやカード会社だけではなかった。額に汗して働き対価を得て消費する。その当たり前の「現実のシステム」そのものが、
彼にとっては勇者の魂を削り、家畜に変える邪悪な呪いに見えていた。
(村田殿さえもあの忌々しい『ローン』という名の契約魔法に魂を質に入れられているという。……救わねばならん。俺がこの世界の理(経済システム)
そのものを破壊し、真の原始の平穏を取り戻さねば……!)
健二は「雷神の杖(ビニール傘)」を杖のように突き、フラフラと歩き出した。最近はエリクサーを断ったせいで眠れず、
深刻な睡眠不足と金欠による栄養失調が、彼の歩調を千鳥足にさせている。だが彼の中の「憎悪」という名の魔力は、
もはやかつてないほど膨れ上がっていた。
「……見ていろ虚無の王。俺は1人でもやる。金という名の幻影に依存せねば生きられぬこの哀れな世界を、俺がこの手で
『デノミネーション(浄化)』してやる……!」
その夜、佐藤健二は一文無しのまま公園のベンチで凍えながら残高16円の通帳(魂の呪縛手帳)を破り捨てた。
内なる魔力の高まりは彼の精神を「社会」という名の既存のシステムへの激しい憎悪で満たし、この世界のすべてを敵とみなす
「孤高の復讐者」へと変貌させていた。




