第49話 怯える0歳児
『闇魔法は対象の精神に作用するものが多い。これは司る力が負のものであり、精神の負に強く呼応して――』
ミレイと会った数日後。
僕は改めて闇魔法についての本を読んでいるところである。
彼女の記憶、その先を見るためのヒントが隠されていないか探るため。
まだマリンが起こしに来る前、ようやく太陽が顔を覗かせ始めた時間だ。
「ふむふむ、『魔法を使える者、その適正属性の特徴は体に現れやすいとされる。火属性などは赤い髪になる場合が多く――』」
闇魔法だけでなく、魔法に関しての本当に基本的なところだ。
マリンも恐らく水の魔法が使えるのではと思っている。
ロロップは魔法が使えないから黒とピンクなのだろうか。
「『闇の場合は、陰気な性格をしている者が多い――』やかましいわ!」
思わず本を投げつける。
いかんいかん、本は貴重なものだ。
しかし誤った情報が載っている本が貴重な物と言えるだろうか。
僕はこんなに朗らかで明朗で快活だというのに。
「…………」
窓際まで飛んだ本を取りに立ち上がる。
しかし、闇魔法か。
そろそろ現実を見ようか。
なぜ僕が闇魔法を使えるのか。聖女――聖なる魔法の使い手は聖魔法しか使えない。
だというのに、いやそういえば――。
「おや、あれは……」
窓の外をチラリと見ると、例の少女が仕事をしているところが見えた。
街灯を灯す仕事をしている、たしかクゥと言ったか。
ボサボサ赤髪に、褐色肌の元気娘。
日が昇る際に、消灯する役目もあるようだ。
ちょうどはしごを使って街灯の火を消すところで目が合った。
「あ、こっち見――あぶないっ!」
こちらに気が付いた少女は、あろうことか手を振り出した。両手で。
そしてはしごがバランスを崩し、転倒してしまった。
彼女は高さ3メートル近いところから落ちてしまったのだ。
「バカ……! 治してやるからな……!」
しかし遠い。
『オーラ』で視力を底上げして様子を見る。
首の骨が折れている。
届くか?
「届け……『聖なる癒し』!」
僕の手から少女に向かって光が飛ぶ。
やがて光に包まれた少女が起き上がり、再びこちらに手を振るのが見えた。
「……ふぅ、全く……」
少女は不思議そうに首を傾げつつ、しかし何事もなかったかのように作業を再開し始めた。
呑気なものだ。こちらは汗でびっしょりだというのに。
「……ふふ。仕事が遅れたら怒られるからな。主よ、母様よ、あの子が楽しく過ごせますように」
誰にも、本人にも知られていないならそれでいい。
ただ1人の、明朗で快活そして慈悲深い子どもが焦っただけだ。
「さて、続きを――いや、別の本を読もう。いややはり、執筆の続きをしようかな」
母様の、僕による、世界のための、本。伝記。偉人伝。
『史上最高最かわ聖女フルルーチェの慈愛に満ち溢れた尊き人生とその最も愛した子ども』。
母様の素晴らしい人柄を紹介する前書きだけで100ページを超えている、超大作だ。
「今日こそ本文にたどり着くか――否、まだ母様を形容する文章が足りない――」
◇◇◇◇◇◇
その夜。
「母様、おやすみなさい。主よ、今日こそ母様と夢で会わせてください」
いつものように、母様と一緒のベッドに入る。
今日も結局、闇魔法の収穫はなかった。
母様の伝記も本文にたどり着かなかった。
「難しい……」
寝ながらいろいろなことを考える。
だめだ、目が冴えて眠れない。
どれくらい時間が経っただろうか。
既に夜に鳴く鳥の鳴き声も聞こえない――。
「――ッ!」
突然、何者かが廊下を歩く音がと聞こえた。
みし、みしと……静かにしかし確実にこちらに向かって進んでいるように、音が大きくなっている気がする。
「……こんな時間に……しかも見張りの目を掻い潜れるなんて……! か、母様……!」
何者だろうと、必ず守ります。
だけど、僕も守ってください。
もしかしたら、幽霊かもしれません……!
「――っ!?」
そして、足音の主は僕らの部屋の前で動きを止めた。
僕の心臓も止まりそうだ。
「かかか、母様……!」
震える体を、カチカチと鳴る歯を食いしばり、扉を見つめる。
永遠に感じる一瞬の後、ついにドアノブが回った。
「ア、アア、アァァ…………」
姿を現したのは、小さい少女だった。
首から上はない――いや、少女が両手で抱えていた。自身の頭を。
「んぎゃああああああ!!!」
「あ、ちょっ!」
「かあさまあああああ!!!」
「しーっ! しーっ!」
布団に潜り込む。
母様に抱き着く。
これは母様を守るため。
この身を挺して守るため。
「静かにしてってば! 聖子様!」
「ああああ――あ?」
布団をめくられ、その隙間に差し出された頭。
それは……今朝治療した少女のものだった。
「どもどもっ! 首が取れちゃったんで! 治してもらいにきましたっー☆」
「は……へ……?」
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