第38話 縮む0歳児
アステラさんを治療した翌日の朝。
新しい内臓の拒絶反応がないかを始め、問題が起こらないか経過を観察する必要があるため、アステラさんはしばらく一緒に過ごすこととなった。
そして僕もさすがに今回の“聖癒”は相当疲れたため、今日1日はゆっくりすることになっている。
「イクラウス様、少し……縮みました……?」
「ぴょん。昨日よりこれくらい縮んでるぴょん……」
ロロップが両手で大きさを表してくれる。
概ね30センチの間隔があけられた空間。
「そんなにかぁ」
「その……“聖癒”のせい、ですか?」
「まあ、そうだよ」
自分の細胞を他者に分け与える。体が小さくなって当然だ。
今までもそうだったが、今回は特別量が多かったのだろう。
「ぴょん……旦那様が減っちゃったぴょん……」
「な、泣くなよロロップ……そうだ、何か食べ物取ってきてくれる? できればお肉」
減ったのなら増やせばいい。
単純な原理である。
「わかったぴょん! お肉とカメさんとうにょうにょしたお魚さん捕ってくるぴょん!」
「は? ――はぁ!?」
増えた食材の理由も不明だが、窓から飛び出すことも謎。
あいつは一体何を考えて生きているんだ?
あ、捕りに行ったのか。取りにじゃなくて。
「行っちゃい、ましたね……」
「ね」
「2人っきり、ですね……」
「そうだね」
厳密には母様も隣で寝ている。
そして母様はいつも見守ってくださっているが、寝てる。
主も多分見てない。
「……え、えらい、えら~い……!」
「…………」
てっきりちょっとおませな展開があると思ったら。
頭を撫でられた。
いや、奴隷の立場の人がしていいことではないかもしれないが。
「えら~い、えら~い……」
「ふふ」
「わ、わらわないで……ください……!」
「2人っきりだからってすることが、頭を撫でることだとはと思って」
「だ、だってぇ……」
「気持ちいいよ、続けて」
本当に……。
このままもう1度寝て……。
「おっはよーございまぁーす! イクラウスちゃん様! 今日も爽やかな――」
「――!?」
「…………」
なぜだ。なぜこいつなのか。
主よ、こっちは見てなくても、こいつは見張ってて欲しかった。
しかしバレていないはずだ。扉が開く瞬間マリンの手は引っ込められたのだから……!
「おんやぁ~……ふむふむふむ~ん、ふ~~~ん……」
「ちゃ、ちゃんマス様……!」
「どぉりでぇ~、朝ごはん取りに来なかった訳かぁ~~~! ふ~ん♪」
「あの、その……」
「でもね、マリンちゃん。そういうのはまだ早いと思うの。あなたの体が心配だから言うのよ? いくらなんでも――」
「へ? へ?」
頭撫でるのに年齢など関係ないだろう。
こいつの誤解は早めに解かないと碌なことにはならない。
何を誤解しているか知らないが、事実をしっかり伝えなければいけない。
「頭を――いいか、よく聞け。頭を――頭というのはここだぞ? わかるな。その頭を撫でていただけだ」
言えた。
完全完璧に言えた。誤解の余地はない。頭の位置も指さしながら言えた。
これで誤解するようなことがあったら、こいつには洗脳を施そう。
「またまたぁん♪ こんなにかわいい子と2人っきり! どこをまさぐり撫でていたんですかぁ~~~?」
「頭を! 撫でていた! だけ!」
「頭“と”!? 頭、からの!?」
「頭! だけ!」
しかも撫でていたのは僕じゃなくてマリンが!
と言うと本人がかわいそうだから黙っておこう。
被害者は僕だけで十分だ。
「ふんふ~んなるほどなるほどぉ♪」
「わかったか? ならば――」
「お母様に誓えます?」
「――は?」
「今言ったこと、嘘偽りはないって……お母様に誓えますかぁ~?」
「ぬぐっ」
そこで母様は――!
母様は……。
「母様を出すのは……卑怯だろう……」
「やーっぱりっ! もう、おませなイクラウスちゃん♪ 女の子に興味があるならぁ、お姉さんのいつでも見せてあげるのにぃ~チラッ☆」
そう言ってスカートをゆっくりと、しかし確実にたくし上げる彼女。
その手を止めるべきか、否、間に合わない。よしんば間に合ったとして淑女の手を何の断りもなく触れていいものか。
否、否である。こいつは触ったことすら大げさに吹聴して回るだろう。
ではどうするか。顔を背ける、それが最善だと考えられる。考えられるが、さらなる問題が浮上する。こっちが見ていないことをいいことに何をするかわからない、という問題が。ならば問題の根源をしっかりとこの眼で見定め、次に生じる課題に備えるのが賢者というもの。
つまり、視る!
「ざ~んねん、履いてまーす! 見せてもいい下着でしたぁ~♪ ぷっぷー、イクラウスちゃんのへんた~い♪」
「……出てく!」
もう嫌だ……!
こんな家! 出て行ってやる!
あいつはわかってないんだ……見せてもいい下着なんて存在しないことを!
男子はそれでもドキドキしちゃうってことを!
「ついでにトイレを済ませておこう」
バカみたいな茶番に付き合い部屋の外に出たついで、尿意を覚えたのでトイレへと向かう。
廊下を進み、角を曲がり、目的まですぐというところ。
そこで僕は見てしまった。
外套で顔を隠した不審な男が、アステラさんが過ごしている来客室へと入るところを。
「…………」
「そんなっ!?」
まずい……!
暗殺――!?
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