Day4, Sep. Es ist nicht alles Geld, was glänzt.
「先輩、もう出航時間なのになんで船が出発しないんですか?」
すると、先輩は苦々しい顔で答える。
「例の公子様よ」
「え?」
「例の公子様がまだ到着してないのよ!」
「は? 置いていきましょうよ、どうせ自前で船の一隻や二隻持ってますよ」
殿様気分っていうのはやっぱりどこに行っても変わらないのかな。一応学園内ではどんな身分であっても一人の学生として扱われることになっているらしいけど、ただの建前なんだろうなぁ。
「言いたいことは十分分かるけど、船長でもない私に言ってもしょうがないでしょう」
もし船長に言ったとしても忖度して出発しないだろうしなぁ。というかそんなことを言ったら私の首が飛ぶ。殴っている時点で首は飛んでいてもおかしくないはずなのだけども。公子様がOKって公言してるせい――昨日の文言を思い出して寒気がした――なのかな。
ふと外の様子が気になって、窓から夜のシキリエンを見下ろす。
やっぱり目に入ってくるのはこのメッサナという街を覆うように建てられた要塞だ。島からくちばしのように突き出した港は壁に覆われ、その先端には白く、高い塔が主のおばあ様の像と共に聳え立っている。内陸の方に目をやれば、小高い丘の上に建つ星型をした要塞がこれでもかとばかりに存在感を示している。五つの角にはそれぞれ砲台が築かれていて、変なところで小心な私はその口をまじまじと見つめることができない。
大砲のせいでこのまま外を見続けてるのはなんとなく嫌だし、そろそろ先輩と話さないでいるのも気まずいとも思って視線を船側へと移すと、思いがけない発見がある。
普通ならば高貴さを感じさせる服装は、逆にそれを見た人に親しみやすさを与えると同時に、一周回ってこれこそが一般の上級貴族の姿なのかと真剣に考えさせる。ぱっと考えただけでは頓珍漢に思える言動は、よく考えても意味があるのかないのかよく分からない。
そう。公子サマが学生(と思われる人)を連れて、船に走ってきていたのだ。
私がそのことに気づいた時には、公子サマは船の搭乗口にちょうど片足を踏み込ませていた。
「先輩、もうすぐ出航ですよ」
私は呆れ顔でそう言った。
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「なぜ遅れたか、事情を聞いてあげないこともないです」
「素直じゃないけども、帰りの船が遅れちゃって」
「別の街に行く航路はないとおっしゃっていたではありませんか」
「あくまで他のシキリエンの都市に行く航路がないって言っただけなんだけどね。オレたちが行ってたのは大陸の方」
「どこまで?」
「そんな遠い所じゃないよ。対岸のレギオンって都市だ」
確かに、海路でどこか別の場所に行くなら、メッサナ海峡を渡って大陸に行った方が近い。近いけども、寄港中にそんなことをするアホがどこにいると言うのか。目の前にいるんだけど。
「そんなリスキーなことするよりメッサナで遊んでればよかったじゃないですか。校舎があるんだから学生が遊べる場所くらい用意されてるでしょう?」
「いや、実際校舎には行ったんだよ。そこでこいつを拾ってきたわけなんだし」
「クレメンスだ。爵位は持っていない。よって平民である。出身はバルバリアン王国のミンガなので、訛りがあると思うがご容赦願いたい」
公子サマに似つかわしくない硬派な人。体格はずっしりしている。気迫もすごいから、むしろ身分が逆って言われた方が納得する。これまで南の方には行ったことが無かったから訛りなんて気にしていなかった。ここの船員はチステード語を話せる人で固められているけど、南の出身の人はいなかったなぁ。基本皆標準チステード語で喋るから聞き分けられていないだけかもしれないし、今度聞いてみようかな。
「オレはクレメンスとメッサナの校舎で合流した後、レギオンへ少々物見遊山に行ったんだよ。その結果遅刻した訳だな」
「で、わざわざそのレギオンっていう都市にいらしていた理由をまだ伺っていない気がするのですけど」
「物見遊山以外の何物でもないけれど聞いちゃう?」
あくまで私が聞きたいから話したっていう形を取りたいのは分からないでもないけど、それが遅刻した人間の態度かと言われれば......首を横に振りたいところだ。
「さっさと話してください」
「名所を回ったんだよ。古い城塞とか、古くから建っている教会とか」
「古いものに興味がおありで?」
「ん、まぁ」
「実を言えば、ひとたび学園を出てしまえば田舎であるが故に、遊ぼうにもこれといった場所がないのだ」
公子サマにしては珍しく生返事だったけど、クレメンスさんが言ってくれたことを聞いて納得した。よく考えてみれば、学園があることを無視すればここは帝冠領エスターラントの端に位置している。私が住んでいたところより断然田舎だ。
「でもそれじゃあなんで島を出たのかが一層謎ですね」
すると、クレメンスさんが公子サマの方を向いて諭すように話しかけた。
「堪忍して言うのだ」
「え? 何のことかなぁ?」
「本当に何のことなんですか?」
クレメンスさんは何回か同じ忠告をした後、とうとう諦めたかのように話し始めた。その公子サマにげんなりする気持ち、よく分かる。
「もう私から話すことにする。学園内のコーヒーショップで突然ヨハンが『大陸の方の都市で劇場がある場所を知らないか?』と訊いてきたので、ならば私が今から探しに行こうと提案したのだ」
あらま、公子様意外といい人? となったけども、当の本人は恥ずかしいのか「そういえばそうだったかも」なぞ抜かしおる。まるで私のことなんて関係なしに探しました、といった雰囲気だ。怖いのはそれが実際そうであり得るということなのだが。
「つまり、これまで言い出せなかったが、私達が出航時刻に間に合わなかった責任の一端は私にもある。だからあまりヨハンを責めないでやってくれ」
「ちなみに責任のほとんどはどこにあるんですか?」
「ちんたらスープを飲みながら歓談していたヨハンにある」
それは納得、というか最初からそうだと思っていた。こんな生真面目そうな人が遅刻するとは考えられない。
クレメンスさんが一応といった感じで公子サマに発言を促す素振りを見せる。
「それは......ごめんなさい」
すると、公子サマは素直に謝っていた。隣に目をやればクレメンスさんも目を見開いている。私も正直、もう少しごねると思っていた。クレメンスさんは公子サマの肩をゆすりながら言う。
「お前、何か悪いものでも食べたのか? あのスープ、祭りに出す試作品だとか言っていたが、やっぱりあれが悪かったのか?」
「オレは謝るべきときは謝る男だから、そんな驚くことないだろ?」
残念な公子サマが、残念じゃなくなっている? いや、違う。
「クレメンスさん、アレですよ、公子サマって変なところで筋を通すじゃないですか。それがたまたま変なところじゃなかったってことですよ」
イヤリングの件もそうだし、3月前の一件もそうだった。こちらにとって迷惑になることもあるのが玉に瑕だけど。
「うむ。それもそうであるか」
「一応褒められたってことでいいんだよね?」
「公子サマがそれでいいならいいと思いますよ」
追記しておくと、公子サマはこの後こっぴどく船長に叱られたそう。だから今日は珍しく公子サマを殴らなかったけど、問題ないか。たまにはそういう日もあっていい。
「そういえば公子サマの名前ってヨハンだったんだ」
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「今日はウェイトレスの子外に出てなかったぜ。お前だけご苦労様」
「それでもなんか一日どんな感じで過ごしてたとかあるだろ」
「内心寂しそうにしていた、とかは分からなかったけど、船内でボーっとしてる時間が長かったな。でも珍しくイヤリングとかしてたぜ。今は外してるけど」
「頭の中ではあなたのことばかり考えてる可能性もあるわけだな」
「いつもよりストレスフリーな感じな表情だったからそうじゃないと思うぜ」
「......」
「はぁ」
いつもの二人組の内の公子についていった方は、もちろん公子の後をつけて一日を過ごした。公子達が船に飛び乗り、搭乗口が閉じた瞬間、彼は影で様子を伺っていた。だから当然船には置いて行かれた。公子達が戻る前に船に戻るという発想は無鉄砲な彼には無かった。
ゆえに、#以下の会話は全て一人芝居ということになる。
「あの......このスープは......」
「シキリエンの伝統的な肉スープのフリットーレです。元々は別の地域の料理ですが、伝播してきたものを学園でも作っているんですよ」
「確か祭りで出されてるっていう話だったよな?」
「よくご存じで。シキリエンにその祭りはないので、何かお祝い事があったら出されるんですよ。さあ、召し上がれ」
「不躾だとは思うんだけどよ......これ変なもん入ってないよな? 食べると性格が変わるとか」
「豚のあらゆる部位の端肉に塩を入れて6時間煮込んだ後コショウをまぶすだけで人の性格を変えられる料理が作れるなら私も食べてみたいですね」
そう言って笑いながら去っていった。ここのウェイトレスはユーモラスじゃないといけねぇのかよ。
「まあ、腹減ったし食べるしかないか」
うまっ!
星型の要塞は五稜郭の専売特許ではないので感想をもらえれば幸いです。
例の物語の最後で話している二人組が合流するのは次の次の寄港の時だということをここで告知しておきます。