【第9王子vs.実験部編】白馬の王子様は女の子 ※アンズ視点
【※注意】主人公ではなく、アンズちゃん視点です。
「私のせいなんです……。この黒髪が、今の国王様に似ているせいで――第一王女様だと勘違いされてしまったのかも。それに、同人誌なんか描いてたから……。まさか、自分が監禁される側になるなんて……。しかも、その同人誌を落としてしまうなんて……もう、死ねる……」
Bクラスの女の子が独り言のように後悔の言葉を呟きながら、肩を震わせて号泣している。
彼女はパーカーを着て、真面目なのか教科書を手放さずに握りしめていた。その様子がより一層、異様な雰囲気を際立たせている。
さらに奇妙なのは、今日の午後に保健室で健康診断があるはずだったのに、なぜか私とケイちゃん、そしてBクラスの彼女の3人で男子更衣室に閉じ込められていた。更衣室のドアは最悪なことに、鍵が掛かっていて、どうやっても外へ出られそうにない。その上――男子更衣室の椅子には、緑色の肌を持つ、不気味な悪魔の人形が鎮座していた。
「ちょっと! この人形、気持ち悪いわね〜?」
ケイちゃんは嘘偽りなく、睨みつけながら思ったことを人形に言う。
すると、人形が低い声で「逆らうナ、人間」と突然喋り出した。
その声にゾッとする間もなく、気づけば人形は椅子から消え、いつの間にかケイちゃんの背後に移動していた。まるで影そのものが動いたかのような速さだった。あろうことか――彼女のスカートの中を覗き込みながら、不気味に微笑んでいた。
「この娘。王女なのに、幼稚なクマちゃんのイラストが描かれたパンツを履いているナ!」とその人形は不快なことに、彼女のパンツの柄について、語り出す。
「こいつ! この変態野郎!」とケイちゃんは怒りに任せて殴り掛かった。だが、その一撃はあっさり躱されただけでなく――逆に足を掴まれ、勢いよくロッカー越しに吹き飛ばされてしまった。
鈍い音が響き、ケイちゃんは床に崩れ落ちる。その後すぐ、彼女は魔法を使おうとしたが、気づいてしまった。
「最悪だわ……。今日は授業で魔法を3回も唱えたから、魔法が使えないじゃない! アンズ、何かできない?!」
「ケイちゃん! 私は健康診断だから、杖を教室に置いてきちゃったよー! どーしよう!」
私は人生で2回目の誘拐だった……前はアダムが助けてくれたけど、今はいない。それだけでも心細いのに、杖もないから、魔法が使えない。
……絶望的な状態だよ!
そんな中、ふとBクラスの女の子が恥ずかしそうな顔をして、「ごめんなさい。どうしてもトイレに行きたいです。行かせてください……」と人形に悲願し始めた。
人形は意外なことに「膀胱炎は辛いからナ〜。行ってこい。だが、5分以内に帰ってこい」となんで膀胱炎に考慮してるのかよくわからないけど……命令口調で話しながら、一瞬扉を開けてくれたようだ。
彼女はトイレに向かって、走って行ったみたい――そして5分後。彼女はフードを頭に被りながら、戻ってきた。
「なぜ、被っている?」と人形が疑問を率直に尋ねる。
「泣きすぎて、ひどい顔をしているから……」と彼女は蚊の鳴くような声で答える。
すると、「面白いことを言うナ!」とどうやら人形のツボに入ったようだ。
一方、ケイちゃんは打ちどころが悪かったのかすぐ動けそうにない。そんな人形は私の顔を見て、近くにやってくる。
(逃げなくちゃ……でも足がすくんで動けないよ!)
「この娘、なかなか綺麗だナ。接吻しようかな?」と気持ち悪いことを言い出す。
私は嫌すぎて人形の足を思いっきり蹴る。その人形は後ろに傾いたが、すぐにこちらへやってきた。
私は喉が裂けそうなくらい、大きな声を出して、助けを求めた。
「いやぁ! 来ないで! 誰か、お願い――助けて――!」
「喚くナ! こいつも生意気だナ〜……決めた! 絶対に接吻してやる!」
怒り狂った人形はそう叫ぶと、勢いよく飛びかかり、私の顔を覆い尽くしてしまった。
(人形だけど、ファーストキスは好きな人としたかったなぁ……)
私は覚悟を決めて、目を閉じ、その人形からのキスを受け入れようとした。
でも……その人形は、「ギエエエエ!」と人間離れした悲鳴をあげ、辺りに不快な振動が響き渡った。
『あれ……?』と思い、私はゆっくり目を開ける。
驚いたことに――人形は顔を真っ二つに切られていた。
何が起きたのだろうと思っていたら……パーカーを被っている彼女がいつの間にか、剣を持っていて、例の人形の顔を背後から切ってくれたようだ。
そんな彼女は一瞬の躊躇もなく剣術技を繰り出し、男子更衣室の窓ガラスを粉々に割っていく。その音が鋭く響く中、彼女は振り返りもせず「急いで! ここから逃げよう!」と叫ぶ。ケイちゃんも重たい腰をあげて、私に手を差し出す。
しかし、その隙を狙っていたのかもしれない……人形の爪が、いつの間にか尖った形をしていた。「全員許さナ〜イ!」と吐き台詞を言いながら、人形の一番近くにいたこともあるのだろう――私を斬ろうとしていた。
また、私は覚悟を決める。
だけど、斬られていたのは私ではなかった……。
なぜかパーカーを着ていた女の子がすぐ駆けつけてくれたみたいで、彼女が斬られてしまった。幸運なことに、その斬られた箇所は彼女の胸あたりで、着ているパーカーが破れてしまっていたが、血は出ていなさそうだ。
そんな彼女は人形からの攻撃を受けても、一切怯むことなく、猛然と立ち向かった。剣が空を裂く音とともに、何十回もの切り返しを繰り出していて、その速度は目で追えないほどである。
私だけでなく、ケイちゃんも彼女の圧倒的な強さと気迫に息を飲む。
最終的には、彼女の高速剣術技によって、人形は跡形もなく粉々に砕け散った。その場には、ただ微かな風が吹き抜けるだけ。
そして、同タイミングで――彼がやって来た。
「みんな無事か?!」
「アダム……!」と私は思わず涙ぐむ。彼のところにすぐ行きたい――けれど、悲しいことに足がすくんで一歩も動けなかった。
「ごめん、後で追いかけるから……えっ?」
「俺が運ぶから、気にしなくていい」
驚きで言葉を失った私の前で、アダムは迷うことなく私をおんぶしてくれた。
(ウソ……?!)
胸の鼓動が早まるのを感じる。彼の背中越しに伝わる温かさが、心臓をさらにドキドキさせた。
だって――私が尊敬している、カッコよくて、天才で、大好きな人が……こんなに近くにいるのだから。
心の中で思わず気持ちが溢れてしまう。
(私、アダムのこと本当に大好き……ずっと一緒にいたいよ……)
そんな甘酸っぱい想いを抱きながら、ケイちゃんとパーカーの女の子を含めた4人で、部室へと向かった。
そして部室に着いた私たち。
私はパーカーの女の子が部員じゃないから気まずいのでは……と思い、彼女の方を見る。
すると、彼女は胸の辺りを斬られたせいで、胸の谷間が見えていた。彼女はなぜか……下着ではなく、サラシを巻いている。
ケイちゃんも一応その子のことが気になったようで、「胸の辺りを斬られて、怖かったでしょう? でも安心して、もうここはアタシたちの部室で変なメンバーはいないわよ。お顔を見せて」と彼女のフードを強引に外した――その瞬間、目の前に現れたのは、予想していたBクラスの女の子ではなかった。
そこに立っていたのは、見慣れた顔――いや、信じられない姿だけど、同じ部員のサラだった。
彼いや彼女はまるでその制服が自分のものかのように、女子生徒の服を堂々と着こなしていた。
「 「 エエエエエエエエエエ!」 」
ケイちゃんと見事にハモった気がする。
アダムは「あちゃー」と言いながら、頭に手を当てていた――まるで、サラが女の子だってことを元々わかっていそうな様子だ。
ケイちゃんが追い討ちをかけるように正直なことを言い出す。
「サラ……あなた、女の子なの?! 胸の谷間がしっかりあるじゃない!」
「うぅ……!」
大変……!
白馬の王子様だと思っていたその人物は――まさかの女の子だった。
サラは、正体がバレた瞬間に張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れたのだろう。涙が溢れ出し、肩を震わせながら泣き始めてしまった。
「あら、泣いちゃった……!」と私はつい本音を言ってしまったけど、安堵させるためにすぐ彼女の背中をさする。
「ごめん! 泣かせるつもりはなかったわ!」と珍しくケイちゃんが焦っている。
「訳があるんだ……お願い、誰にも言わないで……!」とサラは私たちの前でワンワン泣いている。そんな彼女の泣き顔や仕草を見て、私やケイちゃんと同じ年頃の女の子なんだと思ってしまった。
一方、アダムは「これは完全にケイが悪いな。許可を取らずにパーカーのフードを取ったのだから……」とケイちゃんを責め始めた。
「違う! あんたが悪いわよ? あんた全然怪我していないじゃない?! サラは勇敢に戦って、胸のところを斬られたのよ? 安心して、アタシはサラの味方よ〜?」とケイちゃんはすぐ言い返していた。
……なんだか、とても不思議なことになっている。
サラは泣いているし、アダムとケイちゃんは口喧嘩をしている。
そんな状況で、私ができることはただ一つ!
思ったことをみんなに共有したくて、声に出した。
「みんな無事で良かったから、結果オーライじゃない?!」
シーン。
(しまった! 静かになっちゃった……)
この場で言うべき発言ではなかったのかもしれない――みんなポカーンと私を見ている。
そんな沈黙な雰囲気の中、ケイちゃんは「あっはっは! ウケる! アンズのそういうところ、アタシは好きよ。あなたの言う通りだわ〜」と爆笑し始めた。
サラも「アンズちゃんの言う通りだ……。みんなと、こうやってこの場にいるだけでも幸せだよね!」と泣き止んでくれた。
そして、「そうだな、アンズ。よく頑張ったよ、俺たち」と最後にアダムが珍しく私の方を向いて、微笑んでいた。
(アダムって微笑んだりするんだ……!)
私は彼のそういう意外な一面にもっと惚れ込んでしまった。
この後、私たちはサラの秘密を共有した。
みんなで話し合い、内緒にするって約束をした!
今日は誰もが辛い思いをしたけれど、それでも助け合い、この大変な状況を乗り越えることができた。その瞬間、私たち4人の間に、言葉では言い表せないような深い絆が生まれた。そんな気がした――。