【幼少期編】図書館
俺たちは図書館に辿り着いた。
中に入ったところ、身分の高そうなおじさんが待ち構えていた。
アンズのお母さんは「こんにちは」と挨拶をした後、俺たちの方を向いて説明を始めた。
「アダム様、アンズ。こちらが図書館になります。さぁ、図書館長さんに自己紹介をお願いします」
「初めまして、こんにちは。アダムお坊ちゃま、アンズちゃん」
図書館長のおじさんが緊張した面持ちで、俺たちに挨拶をしてくれた。
(決めた。まずは5歳児特有の無邪気な声で愛想を振りまいて、警戒心を解こう)
「こんにちは。第10王子のアダムです! 本、大好き!」
「初めまして、アンズです! 私も!」
俺たちの言葉を聞いた途端、図書館長のおじさんは穏やかな表情になった。
ちゃんと挨拶も返したことだし、早速本でも読もうかなと思い案内マップを見ようと移動したところ、アンズのお母さんから釘を刺された。
「アダム様。好奇心があることはとても良いことですが、私以外の大人の人について行ってはダメですよ」
「もちろん……」
流石に知らない大人の人に声をかけられても、ついて行ってはいけないことぐらいは百も承知だ。
この世界へ来る前に、俺は元々35歳まで生きていたのだから分かっている。
(まぁ、それは言わないけどな)
さて、図書館長のおじさんが案内してくれるとのことなので、四人で移動する。
俺は、この世界で知っておきたいことがあった。
女神様とのやり取りで気になった、この世界の種族や男女差が生じた理由、王族に関して。
図書館長にそういう系統の本を取り扱っているか確認したところ、次のように言われた。
「要するに、この国の事情や歴史についてですか? それでしたら、おすすめの絵本がありますのでご案内しましょう」
早速該当するコーナーに案内してもらい、この国――【新生ナイテイ王国】に関する絵本を読んでみたところ、『この国にいるのは、悪魔族・天使族・鬼族・吸血鬼族・エルフ族・人間です』と人間以外にも様々な種族が存在している旨の内容が記載されていた。
バラエティ豊かである。
(悪魔とか実在を見たことないから半信半疑だったけど、女神様が言ってたことは本当だったのか……)
ちなみに俺はこちらの世界でも人間だった。
未だ人間以外の種族に会ったことがないし、実際に魔法を見たこともない。
そういう背景もあって、異世界だと言われても信じられないでいた。
(まぁ……5歳という年齢からしてまだ子供だし、これからの人生は長い。どこかしらのタイミングで他の種族に会えるだろう)
続いて過去の歴史に関する絵本を読んでみたところ、『元々この国では女性の方が少なかった』と書かれてあった。
ただでさえ女性の数が少なかったのに、【魔女狩り】と称して女性を狙った人体実験などの事件が起きたらしい。詳細は絵本ということもあり、残酷な表現を記載できないだろうから明確に書かれていなかった。
しかし、『かつてこの国を治めていた悪魔の前王様が女性を嫌っていたから、この事件は起きたのです』と理由はきちんと述べられていた。
どこの世界でもこういう独裁者がいると国としての価値が下がるし、絵本に理由まで書かれているから、本当に理不尽過ぎる出来事だったのだろう。
(女神様も言ってたな……悪魔のせいで大変だったって。この事件が関係しているのかもしれない。決めた、女性は大切にしよう)
そう心に誓った俺は「女性」というキーワードで確認したいことを思い出す。
目次を見て、該当するページを開く。
(あった! これだ)
女神様が言っていたことを再確認するため、現代における男女比の割合図を見たところ『女性が男性と比べて、1000人に1人の割合しかいません』と記載されていた。
確かに今住んでいる場所が田舎っていうこともあるけれど、それでも2歳から6歳までいる幼稚園で女子はアンズしか在籍していない。圧倒的に女性が少ないのである。
その内容に付随して『現在は数少ない女性を取り合うために王族の力によって、差別化及び階級分けが行われている』と本に書いてあった。
王族、貴族、一般市民の順でランクがあり、王族はさらに王位という階級があるらしい。
俺は王族ではあるけど、第10王子という王位が階級的にどういう扱いを受けるのかよくわかっていない。
(まぁ、こうやってメイドさんを連れて図書館に行けるから、程々に恵まれている方なのか?)
俺自身、出世欲があるタイプではないため、階級分けに関しては深く考えず、引き続き自分が惹かれた箇所のみ読み進めることにした。
一方、アンズのお母さんは俺たちの様子をずっと見ていたが目的を思い出したのか、図書館長に話しかける。
「図書館長さん、すみません。私、アダム様のお母様より指示を受けておりまして……この本を探しに行ってきます」
「あっ、その本は奥の書庫に入っているんです。私が今からそこに案内いたします」
「しかし、子供二人を置いて……」
「ご安心を。警備員がこの辺りを定期的に巡回しています。それに、ここから書庫は遠くないので時間もそんなにかかりませんぞ」
「ならば……承知いたしました。二人とも大人しくしてね」
「はーい!」
いきなりアンズが、幼稚園で呼ばれる時のように大声で返事をしたため、図書館中に声が響いた。
その声量にアンズのお母さんは焦って、「静かにしてね」と注意していた。
この図書館は王族・貴族専用区域であり、警備も万全だと大人たちは信じ込んでいた。
まさか、数分後に取り返しのつかない事態が起きるとは露知らず――。
* * *
アンズのお母さんと図書館長のおじさんがいなくなった後の様子だが、アダムは本を読んで深い思索に浸っていた。
そう、転生前の彼はかつて研究者として働いていたため、興味深いことに関しては永遠に探究できるのだ。
彼の目はページから離れず、知識の海に没頭しているかのようだ。
一方、静かな空間で退屈なのか、アンズはひたすら図書館内を歩き回っている。
本を手に取りながらもすぐ戻しているため、読書に興味がない様子である。
とうとう痺れを切らして、アダムに声をかける。
「アダム、その本面白い? アンズ、ここつまらない!」
「この本は王族についての絵本だから、説明がわかりやすい。読むか? 」
「興味ない!」
アンズは立ちっぱなしで疲れたのか、椅子に座ってつまらなさそうにしていたところ――突然知らないおじさんに声をかけられた。
「お嬢ちゃん、パパが呼んでたよ」
「本当に? 今日パパも来てたんだ。会いたい!」
「俺が案内するよ」
このおじさんは嘘をついている。
しかし、アンズはまだ5歳の女の子でお父さんのことも大好きなので、来てると信じちゃったのだ。
ここから離れるため、アンズはアダムに声をかけようとしたが、彼は読書に夢中で全く気づいていない。
すぐに戻ってこれるだろうと思い込んだアンズは、おじさんの後をついて行くことにした。
* * *
アンズがいなくなってすぐ、図書館では成人男性の怒鳴り声が響いていた。
「待て! お前はこの女の子と一緒に来てないだろう? 何者だ!」
ハッとした俺は、自分の世界から現実に戻る。
(しまった! つい夢中になってしまった。あれ、アンズがいない。どこへ行った?)
ふと周りを見渡すが、彼女の姿が見当たらない。
嫌な予感がする。
もしかしてと思い、声がしたところまで急いで向かう。
すると、誰かに殴られたのか、警備員さんが倒れ伏していた。
「大丈夫ですか」と話しかけたところ、遮られる。
「あなたはアダム様ですか! 大変なことになりました! あなたと一緒にいた女の子が怪しいおじさんに連れて行かれました。止めようとしたのですが……」
「マジか……」
思わず本音を漏らしてしまったが、まだそんなに時間が経っていないから近くにいるはずだ。
前向きに捉えた俺は警備員さんにどっちの方向へ行ったのか聞いたところ、出口側とのことだったので、図書館内にいないか見回しながら、駆け足で向かったが、残念ながらいなさそうである。
そのため、図書館から出ることにした。
すると、すぐ近くの裏道の方で変なおじさんに連れて行かれそうになっているアンズの姿が。
これは明らかに誘拐である。
アンズも怖くなってきたみたいで、おじさんに確認している。
「おじさん、ここ来たことない道だよ。本当にパパいるの?」
「はぁー。お嬢ちゃんは勘がいいな。お嬢ちゃんが女の子ということもあり、これから王族の子なのか確認しようと思っているんだ……報酬金が貰えるからな!」
そう言いながら、アンズを担いでビルの中に入ろうとするおじさん。
アンズは怖いのだろう。大声で泣き始める。
さすがにこの状況で声をかけないといった薄情なことをするわけにはいかない。
でも、ただ「待って!」と正義感で叫ぶのは非合理的だ。
相手は成人男性でこちらは5歳児、筋力では太刀打ちできない。
俺はあえて元気のいい声を張り上げた。
「みんなー! おままごとしよう! 一緒にスライム作りーっ!」
「あ?」
案の定、おじさんは毒気を抜かれ、歩みを止めた。
同時に、「うん! 遊びたい!」と泣き叫んだアンズ。
その一瞬の隙が狙いだった。
路地近くに置いてあったゴミ箱でおじさんに攻撃を仕掛けようとしたが、時すでに遅し。
いつの間にか、俺の目の前にいたおじさんが不満そうに睨んでいた。
「おい! このガキ、見てたんだな。お嬢ちゃんと一緒にこっちへ来てもらおうか」
おじさんに腕を掴まれて抵抗したが子供の力では勝てず、そのままビルの中へ入ってしまった。
扉が鉄格子になっている趣味の悪い部屋にアンズと二人きりで閉じ込められる。
最悪なことに鍵も掛けられてしまい、逃げ場もない状況である。
(しまった……アンズのお母さんから、知らない大人について行ってはいけないって前もって注意を受けていたんだが……)
とりあえず中に閉じ込められてしまっては仕方がない。
果たして、生きて帰れるのか。
どう逃げるか、脱出方法を考えることにした。




