<第一部完>酒は百毒の長〜研究王子の魂百まで〜
【※注意】嘔吐描写あり
「オェエエエエ!」
ニボルさん家のソファで寝ていた俺は、誰かの吐いている声がして目が覚めた。時刻は午前2時を回ったところである。
(こんな夜中に誰だ……?)
声がする方へ向かったところ、洗面所で吐いているニボルさんの姿が。二日酔いと言ったところだろうか。
「ニボルさん、大丈夫……じゃないですよね?」
「あっ、アダムくん……ごめんね。飲み過ぎて、あの……情けない大人で……」
話しながらも、虹のように吐いている。
(オウレン先生と2人で、赤ワインのボトルを1本全部飲んで、空になってたもんなぁ。そりゃあ吐くわ……)
俺はニボルさんの吐き気が治るように、背中を摩りながら会話を続けた。
「いや、酔った場所が家でラッキーでしたよ」
「そうだね……嬉しすぎていっぱい飲んじゃった……」
「ニボルさん、大学生みたい……」
「そうさ、僕の心は永遠の二十歳さ……ヴッ」
「二十歳さ」と言ってるけど、吐いている時の声はおっさんである。でも……こうやって、研究取扱者の試験に受かったのはニボルさんのおかげだし、色々サポートしてもらったから、今の症状をなんとか緩和させてあげたい気もしてきた。
「ニボルさん。俺が今から水とビニール袋を持ってくるんで、そこで待っていてください」
まず、キッチンにて、目的のモノを見つけ出す。次に、自宅から持ってきていた白衣のポケットを探ってみる。何かを掴む感触があり、ごそっと音がした。取り出してみると――今のニボルさんにぴったりな薬が入っていた。白衣を持って、急いでニボルさんの元へ向かった。
「ありました!」
「えっ?」
ニボルさんはきょとんとしている。
「白衣のポケットに入っていたこの薬、漢方の処方なんです。【沢瀉】・【蒼朮】・【茯苓】・【猪苓】・【桂枝】・【茵蔯蒿】。6つの生薬でできています。飲んだら、吐き気とむくみが改善されるはず」
説明してから薬を飲ませたところ、ニボルさんは落ち着きを取り戻した。
「ありがとう。すごいね、アダムくんは。お薬を持っているなんて……さすがだ。前世で薬剤師の資格を持ってたんだよね」
「そうですね。まぁ……研究中心の生活だったので、薬剤師としての臨床経験はほとんどありません。それに今の俺の父親がアル中野郎なんで、前のお家にいた時、よく作ってました。実際、父親が飲んでたかは不明ですが」
自分から始めて、家族の話をしたかもしれない。それだけ、ニボルさんに心を開いていた。
なぜなら、この世界で俺が出会った同じ異世界転生者はニボルさんしかいないからだ。
ニボルさんは水を飲みながら、俺の話を聞いて悲しむ。
「本当、お家のことで色々大変だったんだね……。あっ、僕はアル中じゃないからね!」
「それはいつもの生活を見てたら、わかりますよ」
「えへへ。ありがと! また横になるから、アダムくんも寝てね!」
ニボルさんの顔色は、当初よりだいぶ良くなっていた。その言葉に甘えて、俺は再びソファで寝ることにした。
そして、起床後。ニボルさんの家を出ようとしたところ、洗面所に白衣を置きっぱなしにしていたことを思い出した。
慌てて取りに戻り、ノックもせずに扉を開けた瞬間――お風呂上がりで、上半身何も身につけていないオウレン先生と目が合ってしまった。
なんと先生の胸が俺の目の前に……! 本当はこういう時、すぐに扉を閉めないといけないが、前世の俺は女性だったこともあり、女性の体を見ることに抵抗がなかった。それに、胸の膨らみが前世の俺と全く同じ大きさをしていたため、己との久しぶりの再会のように感じて、「Bカップぐらい?」と本音を漏らしてしまった。
(ヤベッ……勝手にサイズを言ってしまった。それに今の俺は男だ! 目を逸らさないと)
先生は驚いている上に、かなり照れている様子だ。お互いぎこちない雰囲気であるが、俺はすぐ近くに置いてあった白衣で顔を隠し、冷静を装いながら対処する。
「えっと……すみません。あの、見なかったことにしますので……」
「あら、気にしなくていいのよ。あなた、前世女性だったんでしょう? でも……まさか、いきなり胸のサイズを当てられるとはね……」
やはり俺の勘は大当たりであったが、当てられたことにやや不満な様子である。
「お気になさらず……俺も前世はBカップだったんで。胸って大きすぎると肩凝るらしいですよ、ちょうどいいと思います」
さも、おっぱいの大きさだけが全てではないと包み込むようにフォローをしたところで、オウレン先生は吹き出した。
「あなたって……そんなふうに言うところが面白いわね」
「いえいえ。それに、先生は才色兼備です! いっぱい誇れるところがあります」
俺は当たり障りなく、先生を褒めて、この場を乗り越えようとする。オウレン先生はそんな俺の無礼に怒ることなく、くすくす笑っていた。
「いやー、本当にあなたらしいわね。でも、次はちゃんと声をかけてから入ってね? 私はいいけど、サラちゃんのは、絶対に見たらダメよ……」
(うん。素敵な先生だけど、サラのことになるとすごく圧をかけてくるなー)
これ以上、穏やかなオウレン先生を怒らせるわけにはいかないと思い、「わかりました! じゃあ見なかったことにします! 失礼します〜!」と叫びながら、全速力で自宅に帰った。
そんな感じで、研究取扱者の資格を取った後も、俺はニボルさん一家と楽しく過ごしながら、毎日自分の好きな研究と実験に没頭する生活を送っていた。
ちなみに、研究取扱者試験で取り上げた『毒キノコと食用キノコの違い』についての研究結果は、ランプ市民のエルフ族だけでなく、人間など他種族の観光客にも大好評だった。その影響で、キノコ取り名人が案内する「キノコツアー」が観光の目玉となり、ランプ市への観光客は激増。さらに、エルフのおじいちゃんことランプ市長の誠実で親身な人柄も後押しし、観光PRは大成功。市税も潤い、街全体が活気づいている。まさに、理想的な相乗効果をもたらせた。
* * *
それから5年後。15歳になった俺とサラはザダ校を受験し、無事合格を勝ち取った。
研究取扱者と剣術検定最上級保持者――お互い最年少資格保持者という肩書きもあり、受験段階で大幅に加点されていた。サラに至っては特待生枠で合格し、学費免除なんだとか。さすが、貴族生まれのお嬢さんだ。
(これを本人に言ったら、怒りそうだから言わないけど)
俺たちが通うザダ校は4年制。その間、サラが女の子とバレずに男子生徒として乗り越えられたら良いのだが……大丈夫だろうか。ニボルさんからは「面倒をかけるけど、サラちゃんのことを見守ってくれると嬉しい」と頼まれた。命の恩人からの願いだ。できる限りのことはしようと思っている。
なお、本当は合格発表を見に行きたかったところだが、風邪で高熱を出して行けなかった。だから、アンズには会えなかった。でも、サラが偶然、アンズらしき人物と会話したと言っていたから、受かっているのかもしれない。学校で再会できるのが楽しみだ。もちろん、アンズの歌も聴きたい。
来月からは、いよいよザダ校生活が始まる。
俺は自宅の中にある、いつものお気に入りの実験室にいた。今日もクッキーを食べながら、高麗人参茶を嗜む。
異世界転生して、こんなにも充実した日々を送れるなんて、思いもしなかった。
10歳で実家を出されたのは不本意だったが、父親が購入した家で一人暮らしを始めたおかげで、研究に没頭する時間が増えた。母親も約束通り、毎月仕送りをしてくれたおかげで、ザダ校の入学金や授業料を問題なく払えた。王族に生まれたことは、間違いなく、人生で大きなアドバンテージだった。
そして、ニボルさん一家との出会いも忘れられない。
図書館長のおじさんと仲良くならなければ、この縁は生まれなかっただろう。図書館長とは、今も、ニボルさんを通じて、手紙を交換している。遠く離れていても、つながりを感じられるのは幸運なことだ。
振り返ってみると、女神様との契約があったからこそ始まった人生だ。
全ての出会いも、選択も、あの出来事から動き出した。
本当に、不思議なものだと思う。
さて、研究取扱者の資格を得た今、俺の次なる目標はザダ校で開催される王位戦にて、第10位からランクを1桁に上げること。それが、研究所を設立するという夢を叶えるための道標だ。
どんな困難な試練があろうと、俺は必ず突破してみせる。この世界で、誰もが平等に過ごせる未来のために。
『女神様。引き続き、俺のことをサポートしてください』
そう心の中で誓った瞬間、女神様が、「研究取扱者試験、よく頑張りました! これからも、もっと楽しい人生を送りましょう。次は学園生活――あなたの青春を見届けるわ!」と言って、両手でグータッチして応援してくれている気がした。
ファンタジア・サイエンス・イノベーション〜転生王子:異世界研究の道を歩む〜 第一部完!
ご愛読ありがとうございました。
次はザダ校でお会いしましょう。