【研究取扱者試験編】二人だけの秘め事
ニボルさんから聞いた。
サラが秘密にしていることは、2つある。
1つ目は、本当の性別は女の子なのに、男の子として生きていること。
2つ目は、ニボルさんたちとは血の繋がりがなく、本当は貴族生まれの令嬢であること。
その事実を知ってから、改めて、サラを観察してみた。
確かに、食事の仕方が綺麗だし、どこか上品な仕草。素直な性格も、いかにも“お嬢様”といった感じだ。
「そうだね……。おじさんの説明通りの認識で合ってるよ。アダムさんは大丈夫だと思ってるけど、内緒にしてね!」
「もちろん。命の恩人であるニボルさんとオウレン先生の前で、秘密は守るって言ったから、安心して。それにしても、どうして異世界転生したいと思ったんだ?」
「アダムさんとおじさんが前に住んでいた世界も楽しそうだなぁと思って。この漫画を読んでたら、遊びに行きたくなったの――雀荘とか!」
「雀荘?!」
二人しかいないのに、いきなり、ざわ……ざわ……とした空気になる。
「うん。この世界に雀荘ってないんだよ」
サラはクスッと笑いながら、倉庫の本棚から1冊の漫画を差し出した。
懐かしいタイトル――麻雀漫画だ。
「ニボルさんって、麻雀とか好きそうだもんな……」
「でしょ? おじさん強いんだよ〜。ほら、見て! 麻雀卓もあるよ!」
「おぉ! 懐かしいな、こりゃあ。俺の妹も麻雀が好きだったわ……」
ふと、妹の姿が脳裏に浮かぶ。
妹は商業高校に通っていたこともあって、数学や数字関係のゲームが大好きで、よく実家で麻雀を打っていた。
「大学生になったら、雀荘行きたい! 一緒に行こうね!」
懐かしい……。笑顔で、俺を誘ってくれたんだ。明るく元気な妹の声が、今も記憶に残ってる。もう会えないけど。
サラは、俺の思考を引き戻すように、口を開いた。
「ねぇ。妹さんって、もしかしてさ、この世界にいないのかな? アダムさんの話を聞いて……ぼく、会ってみたいと思ったの! それに……一緒に麻雀したいかも!」
あぁ……。
それはなんて夢物語だろう。俺だって会えるんだったら会いたいよ。
でも、前の世界で妹はすでに亡くなったから、この世界にいる可能性はゼロではないのかもしれない。もしかして、俺の妹も女神様のお力で異世界転生してたりして……。いや、そんなご都合主義みたいなことが起きるのか?
ひょいと横からサラが俺を覗き込む。
「アダムさん、何か思い当たる節があるの?」
「すまん、つい……。確かにサラの言う通り、妹がこの世界にいる可能性もゼロではない。ちなみに、雀荘は18歳以上じゃないと利用できない。俺の妹も行きたいって言ってたけど、17歳で亡くなった……」
サラは驚いて、「そっか……」と言って、項垂れている。正直に話しすぎたと思ったが、時すでに遅し。
「大丈夫か?」と声を掛けようとしたら、彼女は顔を上げて、自身のほっぺたをパンと軽く叩いた。
「ごめんなさい! ぼく……無責任なことを言っちゃったかも。異世界転生したいなんて、軽々しく言っちゃった。だから、この願い事は無かったことにする。そうだ! おじさんから聞いてるかもしれないけど、ぼくは……18歳になるまでは男として生きるって決めてるんだ。18歳になれば、親権がなくなるからね。今の親権は本当のお父さんらしいけど……会ったことが一度もない。でもいいんだ、ぼくはおじさんたちといるのが楽しくて。今は制約が多いけど、18歳を過ぎたら、自由に旅したい! それがぼくの夢! ごめん、長く話しすぎた……」
俺も両親のことで色々あったけど、サラは……本当の家族のことで、もっと複雑な想いを抱えているのかもしれない。それに18歳までって……そこまでバレずに性別を上手く誤魔化せれるのだろうか。
(まぁ、それを俺が咎めるのはおかしな話だしな……)
「そうだ、アダムさんはどんな夢があるのー?」
「そうだな、俺は……研究者として活動するだけでなく、いずれは自分で研究所を作りたいと思ってる。あとは……結婚したい。前世で結婚できなかったから、この世界で経験してみたい……」
「けっ、けっこん……?!」
サラは予想外の回答に目を丸くし、猫のように口元をゆるめながらも、少女漫画のヒロインみたいに目を輝かせた。
「アダムさんおもしろい。恋愛をすっ飛ばして、結婚したいなんて! いや、待って……よくある少女漫画の展開でさ、王子様は結婚相手がいること多いんだよ! もしかして婚約者さんがいるの?」
「いない。それにまだ、10歳だから……お互いこれからだろう?」
「そうだね。あっ! アンズちゃんって女の子から手紙をもらっていたじゃないか!」
「アンズは……幼馴染だ」
「そうなの? じゃあ今日話したことは二人だけの秘密だね!」
「そうだな……」
「くしゅん!」
サラがくしゃみをした。海の方から冷たい夜風が入って寒いのか、サラの鼻がほんのり赤くなっていた。
俺は思いついた魔法をメガネの両端を摘んで唱えることにした。
「女神様、使い捨てカイロを!」
すると、上から袋に入ったカイロがなぜか2枚落ちてきた。俺の分もどうぞってことなのだろうか。ありがたくいただくことにした。
「うわぁー。何これ? 」
「これはカイロと言って……こうやって開けて、シャカシャカ振ると温かくなる」
「本当だー! この仕組みは魔法? それとも科学?」
「おぉ……! いい質問だ」
素晴らしい着眼点だ――思わず、感嘆の声を出してしまった。
「ちなみに温かくなるのは、ばけがくの方の化学反応だ。このカイロの中には鉄とか色々入ってる。破いて外の空気に触れることで酸化鉄になるから、その反応で熱が発生してこうやって温かくなるわけだ」
「すごい……なんてわかりやすい解説! さすが研究者さん。ありがとう! 寒くなったから、お家に戻ろっか」
そう言って、サラは家の方に向かう。
一方、俺は女神様とのやり取りで聞き覚えのあるフレーズだったこともあり、立ち止まってしまった。
女神様の名前を忘れてしまったが、自分のことを新人だと言っていた。そして、ニボルさんの言葉が頭をよぎる。
「サラちゃんのお母さんは産後すぐに……事故で亡くなってしまったんだ」
(もしかして……女神様って、サラの亡きお母さんだったりするのか……?)
なぜそう思ったか――二人とも目の色と話し方がとても似ているからだ。しかし、髪の毛の色が銀髪と黒髪で異なるし、女神と人間で二人の生きている世界線が違い過ぎる。流石に安易すぎる発想だと思った俺は気のせいだと思い、サラと一緒にニボルさん家へ戻った。
その後、サラは「お風呂に入ってから2階に上がるね」と言って、お風呂場に向かった様子であった。俺も家に帰って寝ようと思っていたが、朝早くて疲れていたこともあり、ニボルさん家のソファで寝てしまった……。
【余談】
サラの名前の由来はサラシナショウマ(晒菜升麻)から。
レンゲの名前の由来はレンゲショウマ(蓮華升麻)から。
どちらも美しい花を咲かせる植物で「升麻」という生薬が由来です。
次回で1部最終回の予定です。
引き続きよろしくお願いいたします。




