【研究取扱者試験編】一期一会〜発表試験〜
【※注意】一部、倫理的観点から問題視される可能性のある質問が含まれています。
試験部屋に入ると、五人の審査員がいた。俺の方から挨拶する。
「アダム・クローナルです。本日はよろしくお願いいたします」
「若いねー!」
一人の若い女性から、率直に感想を述べられる。
(この問いかけに、何か返事をする必要はあるのだろうか……?)
その女性の横にいる筋肉質でがっちりした体格の男性が、指摘しながら、自己紹介をしてくれた。
「オオバコちゃん。『若い』って、そりゃあ、アダムくんは10歳で未成年だからね。初めまして、バク・オーガーだ。さて早速だが、発表の方を……こら! そこの二人! これから発表なんだから、タバコとお菓子はダメだよ」
(ん? 二人とも、口にタバコを入れてるように見えるけど……?)
一人の男性は、独特な雰囲気を醸し出しているが、海のような青い髪色と瞳をしていて、何より顔が整っている。「そうやなぁ……」と言って、魔法で水の入った灰皿を取り出して、タバコの火を消していた。言葉を使わずに、魔法を使うことができるみたいだ。
もう一人の男性はふっくらした中年だが、タバコ……ではなく、ペロペロキャンディを噛んでいた。
「えぇ〜。バク閣下のイジワル! 極力食べないようにするけど、甘いものを食べないとさ、頭が働かないんだよ〜。アダムくんの論文を読んだけど、僕、すごく発表見たいなって思ったから、ちゃんと聞きたいんだ!」
バク閣下に注意されて、悪態を吐きながらも、言うことを聞いて、ペロペロキャンディを取り出した。
「あっ! 私も論文読んだよ! 発表聞きたい!」
初対面で俺のことを若いと言ったオオバコさんも相槌を打つ。
そこに便乗して「ワシも!」と言っているおじいさん――まさかのランプ市長がいた。俺の顔を見て、ウインクをしている。
相変わらず、お茶目なおじいさんだな……と思いながら、俺は白衣を身にまとう。
そして、演台に食用キノコだけでなく、毒キノコも広げて、審査員の前で眼鏡の両端を摘みながら魔法を唱える。
「女神様よ、試薬を――!」
すると、発表で実験を披露するにあたり、最低限必要な試薬が、俺の手元に現れた。
「そっか。人間やから、言わんと出てこないのかぁ……」と青髪の青年が愚痴る。俺は突っ込まれるだろうなと思っていたので全く気にしていなかったのだが、ペロペロキャンディおじちゃんが「いや……むしろ人間で魔法が使える能力者は少ないから、アダムくんは優秀だよ?」とフォローを入れてくれた。
そんな個性溢れる審査員の前で、実際に試薬を塗った後の色の変化を見てもらいながら、発表を終わらせた。
(なんてことない。当たり前のことを当たり前にやるだけ……)
最後まで話し終えると、面白いと興味を持ってもらえたそうで、拍手を送られた。
だが、すぐに質問が始まった。
最初に口を開いたのは、紅一点のオオバコさんだった。
「ねぇ! 毒キノコだって、どうやって知ったの? もしかして、自分で食べたことある?! おいしかった?」
テンションが高く、質問数が多い。まあ……これくらいの質問量なら、俺にとっては朝飯前だ。
「俺自身、食べたことないですが……知った理由ですか? 俺の家の近くに、エルフ族と人間がいて、二種族で同じキノコを食べた時、人間だけ嘔吐などの症状が出ていたので不思議だなと思って。そこから自分で研究テーマとして、食用キノコと毒キノコの違いについて、今回発表したという形になります」
オオバコさんは背中まで伸びている淡緑色の髪の毛を弄りながら、俺のことを誉めつつも、また質問してきた。
「そんな出来事があったとは。それで君はキノコについて調べたんだねぇ。実験方法だけでなく、実験に用いた試薬がどれも的確でバッチリだ。それに、ちゃんと根拠が記載されている――10歳、いやこの世界でここまで出来る子は君しかいないよ。どうやって、この知識を得たの?」
「図書館でいろんな本を読んだり、ネットで調べたり、あとは知り合いのドクターと話し合って、知識を得た感じです。特に興味があることについては、深く掘り下げるのが好きな性分で」
流石に「異世界転生する前から研究者をしてました!」と言うわけにはいかないため、当たり障りのない回答をする。これで良いだろうかと思ったが、オオバコさんは好奇心旺盛で、なかなか質問が止まらない。
「そっか。そこから君は色んな研究方法を試していったと。もし、君が研究取扱者になったとしよう――ルールや慣習に縛られず、新しい方法を試すことをどう思う?」
「そうですね。まず現状を徹底的に理解した上で、そのルールや慣習を根本から評価することは重要だと思います。実際に今回、俺はエルフ族の歴史や絵本を辿って慣習を把握できたんで。でも研究者になるのであれば、既存の枠組みを超えて新しい解決策を試し、進歩しなければならない。なので俺はこれからも挑戦します」
「気に入ったー! じゃあさ――」とまた質問をしようとするが、「オオバコちゃん。俺たちも質問するから、そろそろ引き上げてな〜」と、俺の発表直前までタバコを吸っていた青髪青年に話を止められる。「ちぇっ、わかったよー!」と言って、オオバコさんは不機嫌そうにテーブルの上で肘をついた。
青髪青年こと――二人目の審査員から質問される。
「俺は第5王子のシアン。君は第10王子なんやろ? 種族が悪魔と人間とお互い異なるけど、王族同士、仲良くしようなぁ。手短に聞きたいことがあんねんけど。どうして、エルフ族の身体で実験せんかったん? 王族の権力があれば……エルフ族を殺して、死体から実験できたんちゃう?」
その第5王子の言葉は、倫理観に外れていた。
手に汗が滲む。
(女神様が言ってた悪魔って、こんなやばい奴しかいないのか? )
しかし試験中であり、上位の王子様からの質問という状況を考慮して、慎重に返事しながらも、逆質問をすることにした。
「その実験については倫理的な面を考慮して、考えていませんでした。もしかして、そういう方向性で実験した方が良いとお思いですか?」
俺の回答に、第5王子はニヤリと笑いながら、「君、おもろいなぁ! その質問は俺を悩ませるつもりなん?」と軽い感じで返す。
どういう考えの持ち主なのか意図が全く掴めないものの、この質問内容は研究取扱者として倫理観を持ち合わせているのか確認したいのだろう。俺も前世で研究員を雇う時に、研究者として最低限の倫理観があるのか面接で確認していた。そういう事情も理解していたため、正直に理由を告げる。
「そんなつもりは。むしろ、研究取扱者として、倫理観を確認する大切な質問内容だと認識しておりますので」
「倫理観の確認ね……なるほど。もしかして、俺の倫理観も確認しようと思ってたん?」
「そうですね……あなたの雰囲気、俺と同様に研究者っぽいと思ったから聞いてみたって感じです」
「すごっ……!自分、占い師もいけるんちゃう?」
第5王子は俺とのやり取りを楽しいと思い始めたのか、前のめりになる。
(なんというか、オオバコさんとこの第5王子は研究者の鑑だな。議論好きで、好奇心旺盛な性分なのか、質問が多い……)
ちょっと疲れたなぁと思っていたら、ガタイの良いバク閣下さんがフォローに入ってくれた。
「すまないね、アダムくん。疲れてきただろう。一点だけ質問しても良いか? 今後、研究取扱者として、どのように貢献していきたいか、教えてくれないか?」
「俺は研究取扱者として、新しい視点から問題を分析し、未解決の課題にも取り組んでいきたいです。現存する理論や概念に対して疑問を持ち、再度検討することで新しい発見ができ、どの種族にも貢献できると思うのです」
「すごい心構えだ。アダムくん、何の分野に興味があるのか聞いてもいいか?」
「はい。俺は……特に科学や薬学の分野において、新しいデータや理論を提案したいと考えています。それに共同研究を通じて、他の研究者の方々とアイデアを交換し、相互に刺激し合うことも重要だと思います」
「いやぁ。アダムくん、本当に10歳? 自分のことだけでなく、他者と協力し合うことも考えていて素晴らしい。うちの息子よりしっかりしてるなぁ……」
しまった。つい自分のことについて、10歳だという建前を忘れて熱弁してしまったと反省したところ、四人目の審査員であるペロペロキャンディおじちゃんが質問する。
「そうだね〜。バク閣下の言う通り、アダムくんはしっかりしてるよ。僕の名前はニカ。同じ研究者として、僕も聞きたいことある。君が考える理想的な世界はどんなものなんだい? どの種族にも貢献したいと言ってただろう?」
「はい。理想的な世界は、種族に関係なく、すべての人が平等かつ自由に自分の考えやアイデアを表現できる環境だと思います。知識と情報がオープンに共有され、異なる視点でも尊重される社会が理想的です。科学や技術が進化し、人々の生活が向上することも重要ですね」
「こりゃあ、驚いた。君はすでに、研究者の鑑だよ」
「褒めていただき光栄です。あっ、一点補足させてください。その世界を実現する際には倫理的な側面も必要です。知識の正しい使い方と、他者への配慮が欠かせないと思います」
発言後、さっき挑発的な質問をしてきた第5王子の方を見ると、「せやなー」と心にこもってない感じで、呟いていた。
「いい考えだね。僕は吸血鬼族なんだけど、僕たちの種族だけ唯一ご飯を食べることができなかったんだ。僕は、それが嫌でさ、吸血鬼でもご飯が食べられるようにワクチンを開発したんだよ。今は、こうやって、キャンディも食べられるのさ!」
そう言って、吸血鬼族のニカさんは新しいペロペロキャンディを取り出した。
ワクチンか――薬学に通じるものがあって面白いと思った。それに俺はこの場で、どの審査員に対しても一貫した価値観を伝えるだけでなく、自分の考察も正確に回答できたため、自信が確信に変わった。
審査員全員が俺の発表だけでなく俺の思想についても、無我夢中になっている――そんな気配を感じた。
最後に、五人目の審査員ことランプ市長からは、謝礼と俺自身に関する質問をされた。
「ふむ。歴史のことをしっかり理解した上で、ランプ市にある全てのキノコを調べてありがとう。君のおかげでキノコを選別できるようになったから、人間の方々が今後ランプ市へ観光に来た時、安心してキノコ料理を食べることができるのぅ。ところで、君はこういう実験や研究をして、苦痛に思わんかったかね? ワシは研究とか苦手なタイプだから気になったのじゃ」
「いや、苦痛に思ったことは一度もないですね。新しい発見ができると思うとワクワクします」
偽りではなく、本心だ。俺にとって、研究者は天職なのだから。
俺の回答に、ランプ市長は目を見開いていた。
「落ち着いてるように見えて、自分の興味があることについては情熱的……はは。やはり君は素晴らしいのぅ! ありがとう。これで試験は終了じゃ。結果が出るまで、待っとってくれ」
「はい、ありがとうございました」
お礼を言ってから、部屋を退出した。
(最後までやり切った。論理的な思考を踏まえて自分の意見をしっかりと伝えたんだ――好印象だったはずだ!)
ドアの向こうから、「面白い天才が現れた」「歴史に名を残すかもしれないな」とポジティブな会話が聞こえる。その言葉に、胸が熱くなった。
(俺は、研究者になる。自分の力で切り開くんだ……)
やっとアダム以外の研究者と王子が登場しました!
次回は結果発表回になります。
【名前の由来】
<研究者組>
・オオバコさん→生薬:大葉子
・シアン(第5王子:悪魔)→化合物:シアン化物 (CN-)
・ニカ(吸血鬼)→薬名:ニカルジピン〈Nicardipine〉
<王族枠>
・バク閣下(公爵)→薬名:バクロフェン〈Baclofen〉