【王位戦エントリー編】本物の威を借るジェネリック野郎どもへ〜未来と希望を掴み取るのは、俺です〜 ※アダム→イブ視点
※物語の中盤から、アダム視点からイブ視点に切り替わります。
紫髪の青年が従魔の診察予約を慌ただしく取っている間に、俺は男子トイレの洗面所にいた。
ぬるま湯にタオルを浸し、水滴が垂れないよう、入念に固く絞る。
「よし。これでいいだろう」
廊下へ戻った俺は、通話を終えたばかりの青年へ濡れタオルを差し出した。
俺には何も見えないが、青年は俺の手からタオルを受け取ると、自身の肩あたり――おそらく従魔がいる場所を、丁寧な手つきで拭い始めた。
「人間くん。タクシーで移動する。専門医に診てもらうよ」
「ご武運を。あと、これも持っていってください。予備のタオルです」
「あれー? なんで追加の濡れタオルと、乾いたタオルがセットになってるわけ?」
青年が不可解そうな面持ちで眉を寄せた。
俺は淡々と、その理由を説いた。
「一枚目で落としきれなかった成分を拭き取るための、いわば『仕上げ用』が濡れた方です。乾いた方は、気化熱で従魔の体温が奪われないよう、保温に使ってください」
青年は「そっか……」と呆気に取られていたが、今度は反論せず、素直に受け取ってくれた。
だが、何か言いたげな様子で、俺に目配せしていた。
「あの、何か付いてますか?」
「その制服さ、一般科の生徒だろ。もしかして、人間くん。王位戦に出るつもり?」
皮肉屋な性格だ。
こういうタイプは、逆に聞き返した方が、面白い答えを言ってくれるはず。
「……そうです、と答えたら?」
「へぇ。その聞き返し、一筋縄ではいかないようだね。確かに君の頭脳と観察眼なら、1回戦くらいは勝てるかもしれない」
「どうも」
「でも、2回戦は絶望的だよ。相手がおれだからね」
褒めて一気に突き落とすなんて、ジェットコースターみたいな男だ。
青年は立ち上がると、挑発的でありながら、どこか愛嬌のある微笑をして、名乗り始めた。
「おれは第4王子のノイラ・サターン。未来の王になる男の名前だから、覚えておきなよ。助けてくれたことだけは、礼を言っておくよ。じゃあね」
青年は堂々とした足取りでタクシー乗り場の方へ歩いて行く。
俺はその背中に、敬意を込めて、声をかけた。
「さようなら、未来の王様」
「ははっ。そう呼ばれるの、悪い気はしないね」
青年は足を止めず、無造作に手を振った。
最後に、彼に聞こえたかは分からないけれど、俺自身の思いを伝えた。
「でも、俺も負ける気はありません。アンズのサポートと、バロさんたちに託された夢がある。未来と希望を掴み取るのは、俺です」
「……」
青年は何も答えなかった。
しかし、走り出したタクシーの窓越しに映った彼は、唇をギュッと噛み締め、悔しそうに表情を歪めていた。
* * *
ブゥウウウン――。
猛スピードで走るタクシーを、私たちは車窓から眺めていた。
「マナーの悪いタクシーやなぁ〜」
「そうですわね……」
「さて、ちょっとタバコ休憩してくるけんね。イブちゃんは降りる?」
「いえ、わたくしはここにおりますわ」
公園近くの駐車場に車を停めた兄上が外に出た後、私は一人、二日後の計画を反芻してみる。
アダムお兄様と交わした大切な約束。
二日後の正午、天使族の回復魔法で、お兄様の親友である双子の命を救う極秘作戦。
本来はその時刻に、乗馬の習い事があるのだけれど、同じ乗馬クラブのリュウコさんと、彼女の夫で研究者のニカさんと共に病室へ向かうことに決めた。
兄上には習い事に行くと告げ、実際には病院へ向かい、天使族の回復魔法を行使する。
「イブ」として転生して以来、大嘘をついたのは初めてのことだった。
(当日、万が一に備えて、ニカさんが防御魔法に長けたエルフ族の青年を派遣すると言っていたけれど……本当に大丈夫なのかしら?)
無茶苦茶な作戦なのかもしれないと、不安がよぎる。
でも、私は困っているお兄様を放っておけなかった。
我慢して自分を押し殺すような表情……。
かつての世界で、志半ばで倒れた同僚の彼女に、あまりにも重なって見えたから。
幸いなことに、この世界での私は天使族の王女という最強スペックだった。
救いを求める命があり、その命を回復魔法で治す力を持っている。
ならば、理論を実践して救い出すのが、天使族としての、そして研究者としての性なのよ。
(いけない、気を引き締めないと! 兄上に悟られたら、全てが台無しになるわ)
思考を切り替えようと窓を少しだけ開けると、大嫌いな電子タバコの独特な匂いと共に、不快な会話が耳に入ってきた。
兄上と、その肩に乗る卑俗な黒ウサギの笑い声だ。
「なぁ。なんで、わざわざアロマの香水を?」
「あぁー、これのこと?」
兄上がジャケットから手のひらサイズの香水瓶を取り出して、話を続けた。
「本物の俺が、不老不死の研究の傍らで作った、緩和ケア用の試作品や。双子の命もそろそろ危ういみたいやし、最後の手向けに吹きかけてやったんよ」
「へぇ。それでタバコを我慢してたと」
「ご名答。ま、あと数日でくたばるやろうし、お気持ち程度やね」
ふーっと煙を吐く兄上の足元で、一匹の野良猫が怯えて逃げ去った。
「あー、そういや、ノイラの従魔が、この匂いでえらい具合悪そうにしとったなぁ。俺は悪くないで、ノイラが悪いけんね。派閥はちゃうけど同じ悪魔族、王の座を争う仲やからね、がははっ!」
下卑た笑いに、私は吐き気を覚えた。
黒ウサギの従魔も王座には興味がないようで、話題を変えた。
「あの、王位戦までには元の姿に戻してくれるんすよね?」
「もちろんや」
「でもさ、双子のあの感じだと、王位戦どころじゃなくなるんじゃないんすか?」
「んー、それはわからんよ。面白い子や、強い子が参加するかもしれんよ」
舐め腐っている。
私はグッと奥歯を噛み締めて、車の窓を閉め、憤懣やるかたない気持ちを抱いた。
(アダムお兄様、王位戦で勝つのよ。こんな本物の威を借るジェネリック野郎どもに、絶対に負けないで……!)




