破局…?
小夜を抱いたまま、向かった先はいつもの寝室。
本当ならそのまま家を飛び出したがったが、小夜に悪いし、町の人が騒ぎ出すだろう。「村治家のご当主さまが、河瀬家のと逃げた」と。
「・・あの・・下して・・いただけませんか?」
小夜が腕の中で小さくなってこっちを見ながらお願いするので、さっき、姉さんにキレた事や小夜を質問責めにした事、勢いで小夜を抱いて連れ出してしまったことなどが恥ずかしくなり、小夜の顔を見ないように、無言で布団の上に下した。小夜がホッとしたのがわかる。
小夜の隣に座ると、落ち着かせるためか、小夜の方から少しだけ近づいてきて、30センチぐらいあいていた小夜と自分の隙間が、15センチぐらいに縮んだ。
「・・・小夜はさ、」
口を開くと、はい?と言って耳を傾ける。目を見ると、照れて話せそうになかったので、下を見ながら話すようにした。
「・・・小夜は・・・俺の事・・その・・・・・・好き?」
「・・えっ!?」
小夜の反応を見るために恐る恐る顔を上げると、小夜は一瞬、驚いた後、微笑みながら、
「好きですよ。
恭弥さまは、昔っから努力家で、勉強も部活も何でも頑張っていました。
それに、優しくて正義感が強くて、私がいじめられていたとき、助けてくれましたよね。
私は――今も変わりませんけど――昔っから鈍くさくて、よく、クラスの男子たちにいじめらましたけど、どんな時でも、恭弥さまが助けて下さって・・・・」
「そうじゃなくて!!!」
大声を出すと、小夜はビクッと肩を震わせて、不安げにこちらを見つめた。怒られるのを恐れているのか、俺を怒らせたと勘違いして、申し訳なく思っているのか。
たぶん、後者だろう。
「・・・ごめんなさい。恭弥さま」
「あぁ、怒ってるわけじゃないんだ。小夜、ごめんな。
ただ、その・・・俺は、小夜に男、夫として好きか聞いてんだよ?」
「!!」
今度の小夜は驚いた表情から、そのまま、困惑の表情に変わり、視線を下げ、自分の下の布団をじっと見つめた。
「小夜?」
小夜が顔をあげて、「当たり前じゃないですか」といつものように微笑んでくれるのを期待して、名前を呼んだが、小夜は、俯いたままだった。
あぁ、やっぱり・・・。
目の前が真っ暗になり、涙が出そうになったので、小夜にバレないようにそっと手の甲で目をこすった。
「・・・小夜?」
もう一度。
冷静な自分は、もう結果は分かりきってるじゃないかと言っているが、そんな自分なんてほとんど居ない。
ただ、胸にあるのは、『好き』だと言って欲しい。嫌わないでほしい。という唯の欲望、望み。
お願い。お願いだから、俺を受け入れて。
一緒に寝たくないとか、俺の世話をしたくないとかなら良い。ちゃんと受け入れられる。
でも、
好きじゃないとか、嫌いだとかは受け入れられる自身が無い。
小夜が少し、顔を上げた。その目は赤くなり、涙が今にもこぼれそうなほど溢れていた。
鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。
小夜が口を開いたが、そこから発せられる言葉を聞く前に、立ち上がった。
「・・・・・・今まで、ごめんな。・・今日から、隣の部屋で寝るから」
「えっ?・・・あの、」
小夜が何か言いそうだったので、布団をたたむ大げさな音でかき消した。
* * *
「・・・小夜は・・・俺の事・・その・・・・・・好き?」
「・・えっ!?」
突然の問いに思わず、恭弥さまを見ると、顔を赤く染めて、気まずそうに下を見ていた。
少し考えてから、微笑んで
「好きですよ。
恭弥さまは、昔っから努力家で、勉強も部活も何でも頑張っていました。
それに、優しくて正義感が強くて、私がいじめられていたとき、助けてくれましたよね。
私は――今も変わりませんけど――昔っから鈍くさくて、よく、男子たちにいじめらましたけど、どんな時でも、恭弥さまが助けて下さって・・・・」
話していると、懐かしい学生時代が思い出させる。
友達と話して休み時間を潰した事、体育祭で優勝した事、卒業式でみんなで泣いた事。
学生時代の思い出に浸っていると、また、突然、
「そうじゃなくて!!!」
と、恭弥さまが大声を上げた。
何か、悪いことをしただろうか。ちゃんと質問の答えも言ったはずだ。なんだか、よくわからないけど、とりあえず、謝ったら、恭弥さまは、困ったように首を振った。
「あぁ、怒ってるわけじゃないんだ。小夜、ごめんな。
ただ、その・・・俺は、小夜に男、夫として好きか聞いてんだよ?」
「!!」
男? 夫? 恭弥さまが?
恭弥さまは好き。だけど、それは男としてじゃなく当主として、人間として。
・・・本当に?
本当に、当主として好き? 心のどこかで、嫌がっていない?
自然と、初夜の時のことが思い出される。
あのとき、自分から誘ったくせに・・・怖かった
恭弥さまが覆いかぶさってきたとき、服をやさしく脱がしてくれたとき、泣きたくなるくらい怖くて、いっそ、恭弥さまを拒んで、部屋を出て行こうかと思うくらいだった。
それをしなかったのは、拒んだ時の恭弥さまの悲しい顔や兄さんの怒った顔を想像したから。
何か言わなきゃと思うのだが、口が開かず、顔も上がらない。
少ししてから、顔をこわごわと上げると、恭弥さまと目があった。恭弥さまは悲しそうな顔をしている。
ああ、何か言わなくちゃ。恭弥さまにこんな顔させちゃいけないから・・。
口を開けても喉が引きつって、声が出ない。そうこうしているうちに恭弥さまが立ち上がった。
「・・・・・・今まで、ごめんな。・・今日から、隣の部屋で寝るから」
「えっ?・・・・・あの、きょ――」
恭弥さまの布団をたたみだしたので、ホコリが部屋中を舞い、咳き込む。
そんな私に恭弥さまは心配そうに手を伸ばしてきたが、この手が私に触れる手前で、慌てたように引っ込めた。
そんな行為に悲しくなって涙が出てきたが、恭弥さまの目には咳き込んだせいにしか見えないだろう。