8.効果のほどは、乞うご期待!
「それにしても、シェリア。あの時、彼女が本当に腹をかっさばきに行ったらどうするつもりだったんだ?」
アドリアーナが帰って。
残された旦那様が、同じく応接間に残ったお嬢様に尋ねる。
あの時。
アドリアーナに、わたしのお腹に妖精の宝石があることを話したお嬢様。
それだけじゃない。
お腹をかっさばけるように、ご丁寧にナイフまで渡した。
もし。
もしものもし。
あのアドリアーナがわたしに飛びかかってたら。お嬢様、どうするおつもりだったんだろう。
旦那様でなくても気になる。特に、命の危機に晒された者として、すごく気になる。
「あら。あれでお腹をかっさばくことはできませんわよ」
――へ?
「ほら」
お嬢様が視線をやったのは、れいのナイフを持ったままの執事、パトリクスさん。
みんなの視線が集まったことを見計らって、パトリクスさんが、その切っ先に自分の指の腹を当てて――って。え?
「ほらね? 傷一つつかないでしょ?」
ゲション、ガションと変な音を立てて柄に引っ込む刃の部分。押してるパトリクスさんの指は、血の一滴も出ていない。そして指を離すと刃が出てくる。
「バネが入ってるのか?」
「そうですわ。あんなの、子どもの玩具ですわ」
そ、そうなんだ。
お嬢様の言葉に、一気に力が抜ける。
あれ、玩具だったんだ。
わたし、本当に腹をかっさばかれるのかと。
「大丈夫? ユエル」
「あは、はははは……」
安心したら腰が抜けました。
「もし、あの時、本気であの女がユエルのお腹を切りにいったら。そうしたら、あの女の本性を知って、お兄様が結婚をとりやめるかもって、思っておりましたの」
そ、そうだったんだ。
あのナイフで、わたしを切ることはできない。
でも、あのナイフでわたしを傷つけるような女性なら。そうしたら、旦那様は結婚を躊躇するかもしれない。
もし、本気で旦那様を愛していたとしても。それで誰かを平然と傷つけられるような人なら、結婚に二の足を踏むだろう。猟奇的すぎる。
「それにね」
お嬢様が、膝の上に乗ったままになってたノアを撫でる。
「あの女が、お兄様の最愛の人になるわけないって、私、わかっておりましたの」
「――え?」
「だってお兄様、妖精からもらった宝石を、ユエルに渡したじゃないですか?」
「――は? わたしに?」
渡した?
驚き、旦那様と顔を見合わせる。
「いや、ちょっと待ってください!」
慌てて話を遮る。
「わたしは落っこちてきた、あれを飲み込んだかもしれないだけで! あれを貰ったとかそういうのはっ!」
貰ってない! 飲み込んだだけ! 不幸な事故だよ?
叫ぶように言うと、旦那様がウンウン頷いた。
「ねえ。あんなこと言ってるけど、どうする?」
話を聞いているのかどうか。お嬢様が、ノアに話しかけ、その背を撫でる。
〝まったく。しょうがねえなあ〟
――へ?
「ひっ、光ったあぁぁっ!」
ノアの黒い毛並みがっ! 青くポワッて!
ひひひっ、光ったぁぁっ!
〝うるさい姉ちゃんだなあ。妖精なんだから、光ってもいいだろ〟
ノアの背中から、飛び立った青い光の塊。それが、フワフワっと旦那様に近づいていく。
「――まさか、あの時の……」
〝そ。久しぶりだな、坊ちゃん。いや、今は伯爵様か。大きくなったな〟
声の出ないわたしと違って、旦那様も驚いているけど、そこまで驚いてるようでもなかった。過去に会ったことがあるからだろう。
その青い光を、両手ですくうように受け止める。すると光は徐々に収まって、中から小さな人(羽根つき)が現れた。
「よ、妖精……」
ゴクリと喉を鳴らす。
妖精なんて、聴いたことあっても見たことないから。
羽根の生えた、両手に収まる大きさの人なんて、見たことないから。
「シェリア……」
「ええ。私もお兄様のように、お知り合いになれましたの」
〝石が騒がしかったからな。様子を見ようとこっちに来たんだが、まあ、いろいろあってな。その猫に助けられたんだ〟
それで、この妖精は、お嬢様と知り合いになったと。
「いろいろ」は知らないけど、知り合った経緯はわかった。
〝それで、その石だけどさ。アンタ、渡したときに伝えたこと、忘れているだろ〟
「忘れて? そんなことはないぞ」
妖精に指摘され、旦那様が幾分か怒ったような声を上げた。
「あの石は、あの石を渡した相手と、『永遠に幸せな』『愛にあふれた人生』を過ごせるようになる、そういう物だろう?」
忘れてないぞ。エッヘン。
軽く旦那様が胸を反らした。
〝まあ、間違っちゃいねえけどな。――大事な部分が抜けてる〟
「抜けてる?」
〝そうさ。石はアンタの生涯を共にする相手を選ぶ。そこが抜けてる〟
「――え?」
石が相手を? 生涯を共にする相手を? 選ぶ?
〝あの石は、アンタの生涯を共にする相手を見つける。そして、アンタが確実にその相手に出会えるように飛んでいく〟
え?
ちょっ、ちょっと待って!
それって、それって!
〝なあ、姉ちゃん。石はアンタに向かって飛んでったって聞いてる〟
うん。それはそう。
あの時、月明りに照らされた石は、わたしに向かって落ちてきた。
〝そして、フワッと消えた。そうじゃないのか?〟
うん。それもそう。
あの時、飲み込んだのでなければ、フワッと溶けるように消えた。
ウンウンと、まばたきをやめて、妖精の言うことに頷き続ける。
〝それは、石が役目を果たしたからだ。つまり、姉ちゃんが坊ちゃんの生涯の相手ってことだな。石が最適な相手を選んだ結果だ〟
「ええええっ!」
「えええっ!」
わたしと旦那様の声が被った。
わたっ、わたしがっ!?
旦那様の、生涯の相手っ!?
「嘘っ!?」
〝妖精は嘘つかねえよ〟
「いやだって、わたし、メイドですよっ!?」
旦那様は伯爵ですよっ!?
〝めいど? だから何?〟
キョトンとする妖精。
妖精に、身分差とかそういうのは通じない、人間の常識というのを知らないらしい。
「嘘……でしょ?」
わたしが旦那様のお相手?
それも、『永遠に幸せな』『愛にあふれた人生』を過ごせる――お相手?
(信じられない……)
あれは、ただの不幸な事故で。
わたしはあの宝石を飲み込んじゃっただけで。
そんなわたしが、旦那様のお相手?
驚き旦那様を見ると、目がバッチリ合った。そして、見る見る間に沸騰したように顔を赤くした旦那様。
その反応、どういうご心境なんですか?
訊きたいわたしの顔も、カンカンに熱くなった。
* * * *
「ねえ、あの二人、どうなると思う?」
ユエルと見つめあって、動きを止めたお兄様のもとから飛んできた妖精に、こっそり問う。
〝さあ? でも、上手くいくんじゃね?〟
だって、石が選んだ伴侶だし。
妖精が気楽に言う。
「そうね。そうなってくれなきゃ、私が応援した意味がないわ」
車椅子の上、うれしくってワクワクして体を揺らす。
「私ね、ユエルにお義姉様になってほしいの」
〝その願い叶うぜ、お嬢ちゃん。絶対にだ〟
猫の上を寝床にした妖精が請け合う。
妖精に寝床にされた猫が、クアッと大きな欠伸をもらした。




