#1 止まれ心臓
どうも日暮です。
「妖怪魔王は鼓動を止める」という作品です。
ぜひ読んでみてください。
数多の妖怪を統べる王たる“妖怪魔王”は酷く退屈していた。彼を満たすものは何もない。
数え切れぬほどの同胞を従えても、日本という極東の島国を征服しても達成感など感じられようもなかった。
部下である妖怪たちは揃って“妖怪魔王”を讃えた。彼に反旗を翻すほど蛮勇な妖はいなかった。故に彼は退屈していた。
いつしか終わりの来ない生を自ら呪い、無為に命を奪う自身の強大さを怨む弱者に転ずることを望んだ。その結果、彼は死ぬことに成功した。
そして“妖怪魔王”は転生する。できる限り弱くなりたいと願って。
力が十分弱まり、望む地へとたどり着くまで転生は繰り返されるのだ。
数え切れないほどの死を越えて彼は望む地へとたどり着いた。
彼が特別でない世界、彼が弱くいられる世界へ。
この物語は“妖怪魔王”が力を失う物語である。
***
魔法やスキル、魔物やさらには魔王まで存在する世界。いわゆる『異世界』である。
そんな異世界のとある学校の中学一年生の教室で授業が行われていた。
魔物召喚術の授業である。
「それでは皆さん、この針で指を刺して、血を魔法陣に垂らしてください。それだけで貴女方と相性のいい魔物が呼び寄せられます」
教師らしき初老の男が言って、生徒たちに実践するよう促す。
次々に生徒らが召喚を成功させていく中、不穏な気配をまとう少年がいた。
竜胆色の天然パーマの、中学一年生としては少し小柄な少年だ。
血を垂らした魔法陣からは、魔物のものとは思えない頭部が覗いていた。
黒くボサついた髪にフケが散らかっている。
少なくとも一目見て魔物ではないと分かるだろう。
それに気がついたら周囲の生徒が騒つく。
「おい、なんかアイツの魔物おかしくね?」
「魔物っつーか人間じゃね? でも肌なんか黄ばんでるぞ」
「絶対ぇ魔物ではないだろ、なんつーか、ババアみたい」
周囲の騒めきが大きくなろうとする前に、少年は召喚しかけた魔物(?)の頭をガッと抑えて魔法陣に沈める。
異変に気がついた教師が少年を注意する。
「君、巫山戯てはいけませんよ。勝手な真似はしないで下さい。魔物という危険生物を扱っていることを忘れないように」
なんとか誤魔化せた、と少年は安堵するもすぐにその期待は打ち砕かれる。
「先生―、なんかコイツババア召喚しててんすけど」
クラスで幅を聞かせている男子生徒が叫んだ。
「いいですか? 魔法陣から人間は転移しません。授業をしっかり聞きなさい」
初老の教師は落ち着いた態度でそう返すも、教室の隅で人知れず格闘している少年を見て、ギョッと目を剥いた。
「コイツっ、帰れっ!」
少年は魔法陣から出てこようとする老婆の頭を押さえつけていてなんとか魔法陣から出てこないようにしていた。
「は……?」
状況に頭が追いつかなくなった教師が思わず声を漏らす。
「あー、えっと……近所のお婆ちゃんが間違って迷い込んだ……みたいな? 感じです……」
「ええ? あ、はい……次からは気をつけるように、して下さい、ね」
ギクシャクとしながらもなんとか説明し切ったようだ。
授業後、少年は複数人の男子生徒に絡まれていた。
「なあお前、さっきのなんなんだよ。調子乗ってんの?」
「劣人ってのは魔物もロクに召喚できないんだな」
だが、少年は気に止める様子もない。
「いやーちょっとミスっちゃってさ、次はうまくやるよ。お婆ちゃんにもちゃんと言い聞かせとくしさ」
からかったにも関わらず手応えがないことに不満を覚えて要る様子の男子生徒の口調がさらにきつくなる。
「そういえば、お前って親も親戚もいないってホントか? 俺の友達がテメェを山奥で見たって言ってたぜ」
「マジかよウケる。もしかしてお前山に住んでんの? まるで山猿だな、召喚術すら使えないのも納得だぜ」
「実はそうなんだよね、僕山奥で暮らしてるんだ。家だって自分で建てたんだよ」
なぜか得意気な様子で答えた。もはや絡まれている自覚もないように見える。
「うわっ、笑えねーレベルの貧乏じゃん。なんか可哀想だし恵んでやるよ」
そういって小銭を少年の足元に叩きつけて去って行った。
(お金くれた……アイツらいい奴だな!)
少年は男子生徒らの言葉など歯牙にもかけていなかった。
荷物をまとめて少年の家____山奥に帰ろうとすると、今度は別の女子生徒に絡まれた。
紅梅色の髪をポニーテールにしている、かなり綺麗な少女だ。
だがその行動は可愛くない。少年の髪をかすって壁にパンチを叩きつけて
「おい、ちょっと面貸せ」
さっきの男子生徒らよりもよっぽどバイオレンスなようだ。
「いいけど、何?」
「アンタがさっき召喚してたのって、【小豆研ぎ】でしょ?」
「いや、だから近所のお婆ちゃんだってば」
目を軽く逸らしながら答えた。少年は明らかに動揺しているようだ。
「そう、【小豆研ぎ】が何かは聞かないのね? それは【小豆研ぎ】が何か分かってるってことでいいかしら?」
げ、嵌められた____と少年は内心でぼやく。
「さて、もうひとつ聞きたいことがあるの。アンタは誰?」
「僕の名前? ジェヘナっていうよ」
と答えるも、じっと睨まれ少女の意図に気づく。
「あー、“妖怪魔王”って言ったらわかるかな?」
少女と少年改めジェヘナの間に緊張が走る。
「それで、そんなことを知ってる君は何者なのかな?」
息をスウと吸って少女が答える。
「私はアンヘル。前世での名前は安倍晴明」
「ああ、聞いたことはあるし覚えてるよ。人間では一番強かった」
時は平安、日本を支配する最強の妖怪がいた。それこそがジェヘナのかつての姿である“妖怪魔王”である。“妖怪魔王”は暴虐の限りを尽くした。当然ながら人間は彼を斃そうとした。そこで送り込まれたのが『安倍晴明』という兵器である。
だが、晴明さえも“妖魔王”には叶わなかった。
幾度も“妖怪魔王”に挑戦するも、結果は惨敗である。いずれ晴明は寿命に追いつかれ、死すこととなるのだが、何とか秘術を用いてこの世界に転生してきたのだ。
晴明____アンヘルからすればとんだ棚ぼただろう。死んで生まれ変わった先に偶然にも因縁の相手がいたのだから。しかも弱体化した状態で。
「っていうかさあ、僕そんなに邪智暴虐の限りなんて尽くした記憶ないんだけど。そりゃ君たち人間からすれば僕が生活するだけで迷惑だったんだろうけどさ、僕強すぎて獅子すら選べなかったんだよ」
そう言われてみると複雑な気分になるアンヘルである。
人間としては“妖怪魔王”など排除するべき悪以外の何物でもなかったし、自分の行動が間違いだとは思わない。だが、うまく共存する方法はなかったのかと、つい考えてしまう。
「あっ、てかさ今アンヘル女だけど精神は晴明のまま何でしょ? じゃあいまの君って実質オカマじゃん」
おどけた態度をとるジェヘナに不覚にも緊張をほぐされたしまった。
「ち、違うわよ! 前世でも本来の性別は女だったの。権力の中枢に食い込むには男の方が勝手がよかったから変化してただけ!」
晴明は狐の子である半人半妖なので変化などお手の物なのだ。
「で、なんで、いやどうやってアンタがこの世界に来たの?」
当然の疑問である。
自分は寿命で死に、何とか転生したのだが、それに沿って考えると“妖怪魔王”も死んでしまったことになる。
しかし、アンヘルとしてはそれだけはあり得ないと思っているのだ。
直接対峙した身だからこそわかるが、はっきり言って“妖怪魔王”を殺す術はない。
「いやー僕って君たちの時代敵なしだったじゃん? だからいい加減飽きちゃってさ、何回も転生しながら力を削ぎ落としつつ超常が異常じゃない世界に来ようと思ってさ。いまの僕だったら当時の君でも斃せると思うよ」
「答えになってない。それにお生憎様私だって力を失っているのでね」
どうやって転生したのかは話すつもりはないか、とアンヘルは軽く落胆する。
「じゃ、僕そろそろ帰るから。またね晴明____じゃなくてアンヘル」
「あっ____」
アンヘルが呼び止めるよりも先にジェヘナは姿を消してしまった。
***
「全く……昔っから何考えてるかわからないわアイツ……」
少しは文句を言いつつも、右も左も分からない異世界で生まれて13年。ようやく前世以来の顔見知に出会えて安心する気持ちを感じているアンヘルである。
寮に帰る前に思考を整理しようと、森の枯木に腰掛けて一人思案していた。
(だとしても正直いい傾向ではないわね。まだ私も力が回復し切っていない。式神の封印も五行霊しか完了していないし……)
互いに力が落ちているのだから当然アンヘルが押し負けるだろう。
ジェヘナの纏う雰囲気を見るに、ファンタジーが蔓延るこの世界を基準にしたとしてもジェヘナに敵うものなど想像はつかない。
まさしく『地獄』である。
その時だった。
アンヘルは首筋に寒気を感じ、とっさに振り向いた。
背後には一ツ目鬼が凡そ20匹立っていた。
これだけの数で移動してきたのなら気づかないわけがない。何よりも奴らの足元には魔法陣が広がっていた。
間違いなく誰かに仕向けられたものだろう。
(まさかジェヘナが……いや、違う。アイツならこんなことをする必要などない。考えるのは後だ、今はコイツらを撃退しないと!)
すでに臨戦体制に入り、金棒を振り上げている一ツ目鬼を見据え、術を使った。
「金属を統べる神よ、我に力を貸し給へ。式神召喚【鋼蛇】!!」
陣と文字の描かれた形代を掲げてそう叫び、妖しく輝く黄金の大蛇を呼び出した。
一ツ目鬼は大蛇に怯んだのか、一瞬動きを止めた。
その隙にアンヘルは第二の詠唱をする。
「金ノ術【万針断崖】!!」
その詠唱に合わせ、鋼蛇が一ツ目鬼を尾で薙ぎ飛ばす。そして吹っ飛んだ先にはアンヘルが用いた術であるビッシリと針が生えた壁がある。
うまく針に貫かれ、一ツ目鬼の内数体は死亡したようだ。
(まさかここまで衰えているとは……こんな奴ら以前だったら数秒とかからず全滅させられただろうに……)
だが、時間さえかければ確実に斃すことはできる。
再び鋼蛇と連携して攻撃しようとした時、鈍い音がなり、酷く強い殺気が放たれた。
新たな魔法陣が一つ、アンヘルを嗤うように輝いていた。
現れたのは、水牛のような魔物である。異変があるとすれば、首と目である。
首は長く伸びた上で頭ごと地面にだらしなく垂れていた。そしてその目は一つしかなかった。
沼地の覇者【カトブレパス】である。
カトブレパスは大きな一つの目でアンヘルを睨め付けた。
その瞬間、アンヘルは全身が硬直し動けなくなった。
(なんでコイツが森林にいるのよ……)
動けなくなったものの、思考は働くようだ。
だが、動けなくなった隙に、仕返しと言わんばかりに一ツ目鬼が棍棒を持って殴ってきた。
体の側部を思い切り殴られ、吹き飛ばされる。まるでさっきのは意趣返しのようだ。
図らずとも吹き飛ばされたおかげでカトブレパスの視線からは避け、動けるようになった。
(右腕と、肋が何本かイったな……このままじゃマジで死ぬ……せっかく因縁の“妖魔王”に再開できたのに?)
ジェヘナに復讐の一つも出来ぬまま死ぬのか? そんなのは嫌だ!! と気概を奮い、最期の力で式神を召喚する。
「火焔を喰らう神よ、我に力を貸し給へ。式神召喚【炎狼】っ!!」
轟々と燃える炎の鬣を持つ狼の式神である。
素早い動きでカトブレパスを翻弄し、鋼蛇を盾役にする連携をし、少しずつ一ツ目鬼とカトブレパスにダメージを与える。
このまま推し勝てそうともとも思ったが、終焉は呆気なく訪れる。
(クッ、タダでさえ骨も折れて生命力失ってる上にこの体で式神二体召喚は厳しかったか……)
突然、鋼蛇と炎狼が消滅した。理由は簡単、術者が意識を失ったからだ。
一ツ目鬼とカトブレパスは、現状を理解していないようだった。
だが、今ならアンヘルを殺せると見込み、襲いかかった。
アンヘルは、意識を失った後、何か声が聞こえたような気がした。
「あれ? なにこんなところで寝てるのさ、風邪引くよ」
間の抜けた、しかしながらその強さだけは誰よりも信頼している____。
***
森でアンヘルが気絶していた。
そしてそのアンヘルは一ツ目鬼とカトブレパスに今にも殺されそうになっていた。
だからジェヘナはアンヘルを救けた。特に善意などは存在していない。
強いて理由を挙げるとすれば、アンヘルを鍛えたらジェヘナをいつか殺してくれるかもしれないと思ったからだろうか。
「ホントに相当弱体化してたんだねー」
【件】から報せがあったときはびっくりしたよ、と呟く。
数分前に、ジェヘナの部下である妖怪の一匹【件】から、アンヘルが死ぬと連絡があったのだ。
件とは、未来を予知する牛型の妖怪である。
そして現在。
ジェヘナは一ツ目鬼、そしてカトブレパスと対峙していた。
だが、ジェヘナとしては対峙していたというほどの物でもない。正直自分で相手をするのも面倒だ。アンヘルが襲われた理由などについても少し調べたい。
だから、魔物を斃すのは部下の妖怪に任せることにした。
「じゃ、あとは頼んだよ。小豆研ぎ、任務ちゃんと達成したら授業中に勝手に出てきたのも許してあげるからさ」
そういって気絶しているアンヘルを雑に引きずって去って行った。
「了解しました、ジェヘナ様」
今現れた小豆研ぎは授業中に召喚された姿とは似てもつかない。
現在の小豆研ぎの姿は若くて綺麗な女性である。そこらへんは妖怪なので自由度は高いのだ。
小豆研ぎが臨戦体制に入る。
小豆の入ったザルをシャランと鳴らす。
すると突然魔物らの眼前に一本の川が引かれた。
当然魔物らは戸惑っている。そんな様子を気にかける風でもなく、小豆研ぎは再びザルを鳴らした。
その瞬間、一ツ目鬼とカトブレパスの瞳から戸惑いの色が消えた。
そして何かに取り憑かれたかのように、川におもむろに歩いて行って、そして沈んだ。
強制的入水自殺____それこそが小豆研ぎの霊能力である。
それはさながらカマキリに寄生したハリガネムシのように。
***
「あ、目が覚めたかい?」
アンヘルは、目が覚めると藁の上に寝かされていた。
ああ、私はジェヘナに救けられたのか。と気づく。
感謝とともにこみ上げてくるのは複雑な気持ちである。
殺そうとした相手に救けられる。これ以上の屈辱があろうか。
「なんで私を救けたの?」
わだかまりが少しでも減ればと問うたら、意外な答えが帰ってきた。
「うーん、気分……かな?別に見殺しにしてもよかったんだけれどたまには人助けも悪くないなって。それに君だったらいつかは僕を殺してくれるかもしれないし」
驚いた。
平安の世を生きていた頃はずっと、“妖魔王”は優しさの欠片もない純然たる悪だと信じて疑っていなかった。だが現実はどうだ、ジェヘナは間違いなく社会性のある“人間”として生活しているようなのだ。
「救けてくれて、ありがとう。あと……昔はそっちの言い分も聞かずに勝手に敵扱いしてごめん」
そう素直に感謝と謝罪を告げると、ジェヘナは少し意外そうな顔をした。
「あはは、感謝される筋合いはないよ。僕に気を使ってる暇があるならもっと強くなって僕を殺してよ」
う、やっぱりコイツムカつく……!
「ああーもう! お礼くらい素直に受け止めなさいよ!! あと人類に仇なすような素振りを見せたら私がアンタを殺すから! 忘れんなよ!!」
「いや〜無理でしょ ちなみに君みたいなヤツを未来では『ツンデレ』っていうので覚えておいてね」
「意味わかんないけどなんか腹立つ!」
こうして、ジェヘナとアンヘルの奇妙な生活が異世界にて幕をあげたのだった。
いかがでしたか?
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キャラクタープロフィール
名前:ジェヘナ
種族:劣人
性別:男
年齢:13(肉体年齢但し異世界生活は2年目)
固有能力:伏魔従縛
備考:和菓子が好き、菖蒲が嫌い




