美少女AI『アルテミス』誕生!
「ゲェーップ」
どこからともなく聞こえてきた、この上なくお行儀の悪いゲップの音。それは他でもない、廃墟の食堂のテーブルで腹をパンパンに膨らませて座っているクラインの口から出たものだった。現在、テーブルの上には、チーズパウダー、ポップコーン、味付け鶏肉、干し肉、さらにはマッサマンカレーが乗ったご飯まで、ありとあらゆるインスタント食品の空き袋が散乱している。
これらの物資は、長期保存のために高度な技術で乾燥加工されたものだった。食べる時は至って簡単、お湯や水を注いで3〜5分待つだけで完成する。作り立ての料理には到底及ばない味とはいえ、何百年も保存可能で、ここまで腹をパンパンに満たしてくれるのだから、今の彼にとってはまさに神の恵みだった。
今やクラインの身体は潤いを取り戻し、肌ツヤも良くなっていた。もっとも、後先考えずに胃袋へ詰め込んだせいで、はち切れんばかりに膨らんだお腹がテーブルにつっかえてはいたが。
「あー、食った食った。マジで腹いっぱいだ」
「満腹なのは結構ですが、食べ過ぎは健康に良くないですよ」と、球体がクラインに注意する。
「はいはい、お母さん」
4日間も飢えの苦しみに耐え抜いたクラインは、今のところこれ以上何も望んでいなかった。この空飛ぶ球体には心から感謝している。まさか、自分のようなサイボーグの「接続方法」が、なんでもかんでも口の中に咥え込むことだったとは、一体誰が想像できただろうか。
「なぁ、お前のことなんて呼べばいい? 名前とかあるのか?」
いくらなんでも、命の恩人をいつまでも「球体」や「ピンポン玉」と呼び続けるのは失礼だと思い、クラインは尋ねた。
「ええと、実は私の名前はあなたが決めるシステムになっているんです、クライン。あなたが私をどう呼びたいかによりますね」
「ってことは、俺が名付けていいってことか。うーんと……何がいいかな」
クラインは、ゲームで新しいキャラクターがパーティに加わった時の名付け画面を思い浮かべた。
「なんでもいいから簡単な名前でいいですよ。私、そういうの全然気にしないタイプですから」
「ふーん、そうなのか。うーーん……」
クラインは眉をひそめ、天井を睨みつけながら、高度な演算処理を行うコンピューターのように必死に頭を回転させた。そしてついに、これだという名前を閃いた。
「よし!『空飛ぶハリケーン・ピンポン』!」
「ハリケーンって誰の顔がハリケーンよ!……あっ、失礼いたしました。システムが少しバグを起こしたようです」
ハリケ……いや、球体は思わず素の声を上げてキレた後、慌ててお淑やかなレディのモードへと修正した。
「クラインさん、恐れ入りますが別の名前にしていただけますか? そちらの名前はすでに別のシステムで登録されているため、使用できませんの」
クラインは彼女が嘘をついていることを一瞬で見抜いた。きっと自分の考えた名前がクールじゃなくて、お気に召さなかったのだろう。彼は再び天井を見上げ、熟考した。
「『大地を砕く殲滅のピンポン玉』!」
「ふざけんな! さっきと全然系統が変わってないじゃないですかクラインさん! やり直し!」
どうやらクラインも気づき始めた。「なんでもいいから簡単な名前で」「気にしないから」という彼女の言葉の真の意味は、『私が気に入る名前じゃないと絶対に許さないし、超気にするから』だということに。これはゲームのキャラに名前をつけるより何千倍も難易度が高い。少なくともゲームのキャラは、つけられた名前に文句を言ったりしないのだから。
「『漆黒の暗黒ピンポン』!」
「私、真っ白でしょうが!」
「『無限大蛇ピンポン』!」
「私が毒でも吐くように見えますか!?」
「『煉獄の業火ピンポン』!」
「いい加減ピンポンから離れなさいよ! アンタのほうを業火で火炙りにしてやろうか!」
名前を巡る終わりのない口論は数時間にも及び、ついには二人とも疲労困憊になり始めた。
「ハァ、ハァ……ネ、ネオアームストロング……」
「ダ、誰ですかそれは……」
どうやらこの戦いには、どう足掻いてもゴールが見えないらしい。
「もういいです! クラインさんにはネーミングセンスというものが絶望的に欠如しています」
「そんなことないだろ。俺が出した名前、全部めちゃくちゃカッコよかったじゃないか。お前が気に入らないだけだろ」
「気に入らないに決まってるじゃないですか! あなたの出した名前のどこが、私みたいな美しくてキュートな乙女にふさわしいって言うんですか!」
二人は一歩も譲る気配を見せず、睨み合った。
「もうっ、やめやめ! 私が自分で決めます! でも、あなたの『承認』が必要なんです」
「いいぜ。言ってみろよ」クラインの脳内ストックもすでに尽きていたため、ここは折れることにした。
「『アルテミス』です」
クラインの顔は即座に歪んだ。彼が考えた超クールな名前たちとは、あまりにもかけ離れていたからだ。
「はっ? ヤダね。何その名前、全然カッコよくないじゃん」
「承認、し・な・さ・い!」
球体……いや、アルテミスはクラインの眉間のすぐ上まで迫り、背後で『バチバチッ!』と電気のスパーク音を鳴らした。もしこの名前を承認しなければ、確実にお前の命はないぞという無言の脅しである。
「しょ、承認します……」
『ティロリン♪』
彼女のシステムから電子音が鳴り響いた。それは無事に新しい名前が登録されたことを示す合図だった。
「わぁっ、とっても素敵な名前! クラインさん、本当にありがとうございます!」
クラインは彼女のことが全く理解できなかった。『アルテミス』なんて俺がつけたわけじゃないのに。最初からその名前にしたかったのなら、どうしてわざわざ俺に名付けを頼んだんだ? きっと彼女を作った創造主は、とんでもない天才に違いない。こんな……「めんどくさい女」を完璧に再現できるのだから。
「さあ、それじゃあ司令室へ向かいましょうか。あなたのミッションが何なのか、確認しに行きますよ」アルテミスは、ついに気に入った名前を手に入れてご機嫌な様子で、宙をフワフワと飛び回った。
「ああ、そうだな。また腹が減る前にさっさと行こうぜ」クラインは立ち上がり、アルテミスについて行った。
司令室へ向かう廊下を歩いている途中、アルテミスは窓ガラスに映る何かにふと目を留めた。クラインはそのまま歩き続けて彼女を追い越したが、アルテミスはガラスに映る自分の姿をじっと見つめて立ち止まっていた。
「クラインさん」
「ん? どうした」
「少々よろしいでしょうか? クラインさんと少し、お話ししたいことがありまして」
なぜだろうか。ただの普通の言葉なのに、クラインは奇妙なほど鳥肌が立つのを感じた。彼は空中でピタリと静止し、微動だにせずガラスを見つめているアルテミスを振り返った。相手はただの丸いドローンだというのに、クラインは誓ってもいい、今の彼女の周りに漂う雰囲気は異常なほど恐ろしく、思わず生唾を大きく飲み込むほどだった。
「こちらへ、いらっしゃい……」
「は、はい……」
手足がすでに痺れ始めていたが、直感が「今すぐ彼女の命令に従え」と彼に告げていた。彼は体を小さく縮め、ビクビクしながら彼女に近づいた。
「クラインさん……これが何か、ご存知ですか?」
クラインには彼女の質問の意図が全く理解できなかった。しかし、彼女が窓の外を見ていることから、もしかして廃墟の街を見たことがないのだろうかと推測した。
「ああ、外はゴーストタウンなんだ。住人の姿は一人もいない。まだ少ししか探索してないけど、あの街の中にはモンスターもウヨウヨいるんだぜ」
クラインは窓を見つめるアルテミスを見ながら、どうかこれで正解であってくれと心の中で祈った。
「違います……」
クラインは、先ほどよりもさらに大きな音を立てて生唾を飲み込んだ。
「私が伺いたいのは……どうして私のこの美しく滑らかなボディに、こんな『くっきりとした一直線の歯型』がついているのかってことですよ!」
アルテミスはゆっくりと、本当にゆっくりとクラインの方へ振り返りながら言い放った。その身体からは『バチバチッ!』と定期的に火花が散っている。
クラインの顔から一瞬にして血の気が引いた。彼女の身体についた歯型――それは紛れもなく、彼が彼女を食糧だと思って噛みちぎろうとした証拠だった。だが、俺は餓死の危機からやっと生還したばかりなんだ! こんなしょうもない理由で殺されてたまるか。なんとしてでも、この絶体絶命の状況から抜け出さなければ!!
「あ、あーっと、俺が君を見つけた時には、すでにその傷はついてたんだよ! もしかしたら君の創造主が……えっ、ちょ、何!?」
言い終わるよりも早く、アルテミスの本体から放たれたスキャナーの光が、クラインの大きく開いた口の中を照らし出した。
「ほう……なるほど。私の美しいボディに刻まれたこの歯型、なんとあなたの歯並びと『99.99パーセント』一致しましたね……」
もはや言い逃れは不可能だった。アルテミスはクラインの頭上へとゆっくりと高度を上げ、強烈な殺気を放ちながら『バチィッ! バチバチッ!』と容赦なく電気をスパークさせ始めた。
「先ほど、創造主がどうしたと仰いましたか……? さあ、続けてみてくださいな、クラインさん!」
「神様、どうかお助けを……っ!!」




