さよなら、二百年の廃都。新たなる世界への旅立ち
「発動スキル! 『シーツ交換』!」
クラインは、まさか今生で使う日が来るとは夢にも思っていなかったスキルを起動した。
スキルが発動した瞬間、彼のサイボーグの腕と脚の内部機構が油圧ジャッキのように変形した。そして、まるで執事がベッドのマットレスを軽々と持ち上げるかのように、巨大なガトリング砲をゆっくりと地面から浮き上がらせたのだ。
「ハハッ! マジでいけたぜ!!」クラインは歓喜の声を上げた。
しかし、その笑顔は一瞬で凍りついた。壊れたエレベーターシャフトからキリアンが飛び出してきて、エントランスへ向かって猛ダッシュしてきたのだ。そしてその後ろからは、巨大な魔狼がシャフトの狭い隙間から無理やりその巨体を捻り出し、狂ったように這い出てくるところだった。
「奴が来ました! 全員戦闘準備! クライン殿、何か企みがあるなら今すぐ実行してください!」サイラスが即座に仲間に指示を飛ばす。
「あ、えっと……アルテミス! この銃、どうやって撃つんだ!?」クラインは焦りながら引き金を探した。
「銃のシステムに直接リンクしてください! 司令室のコンピューターに接続した時と同じ要領です!」
「司令室と同じ……よし!」クラインは目を閉じ、精神を集中させた。「接続!」
その瞬間、銃に触れている手が眩い光を放ち、彼の機械の瞳の視界にターゲットをロックオンするためのHUDが浮かび上がった。銃口を向けると、視界の照準マークもそれに追従して正確に動く。
「すっげえ!! よし、みんな俺の後ろに隠れろ!」
仲間たちが射線から外れたのを確認し、クラインは魔狼を最初の標的に定めてトリガーを引いた。凄まじい威力の銃弾が怪物の頭部を瞬時に粉砕する。しかし、重火器の凄まじい反動を抑えきれず、射線が大きく跳ね上がってしまった。命中したのは最初の1発のみ。残りの銃弾は四方八方へとデタラメにばら撒かれてしまった。
彼は姿勢を低くして再び銃弾を撃ち放ち、可能な限り銃身を固定しようと試みたが、結果は同じだった。その間にも、魔狼は吹き飛ばされた肉体を不気味に蠢かせ、急速に再生していく。
「キリアン、クライン殿をサポートしろ! ミア、奴の足止めを! 絶対にここから出すな!」サイラスが即座に状況を立て直すための指示を飛ばす。
キリアンは槍を投げ捨て、クラインの元へ駆け寄って巨大なガトリング砲を力任せに押さえ込んだ。彼の大岩のような腕力のおかげで、ついに照準がピタリと安定する。同時に、サイラスとミアが持てる限りの回復薬の玉を魔狼に投げつけ、アルテミスは休むことなく薬をフル稼働で合成し続けた。
鼓膜を突き破るような重機関銃の轟音が鳴り響く。銃弾の雨は、建物を支える支柱と、決死に再生しようとする魔狼の肉体とを交互に撃ち抜いていく。銃口は摩擦熱で真っ赤に焼け焦げていた。
「第1から第4の支柱、損壊率70%を突破しました!」アルテミスが薬を合成しながら戦況を報告する。
「あと2本だァァァッ! うおおおおおッ!!」クラインは雄叫びを上げながら、トリガーを引き続けた。
ゴゴゴゴ……メキメキッ!
ついに正面の建造物が不気味な軋み音を立てて激しく揺れ始めた。支柱が次々と破壊されていく。
「第5の支柱、損壊率70%突破!」
その報告を聞き、クラインは急いで照準を最後の1本に合わせた。しかし――
ウィィィン……カチッ。
ガトリング砲のモーターの回転音が徐々に鈍くなり、ついに完全に沈黙してしまった。
「撃て! 接続しろ! ……アルテミス、どうなった!?」クラインは焦燥感に駆られて叫んだ。
「装填されていた1500発の銃弾を、すべて撃ち尽くしました」アルテミスは弾数を正確にカウントしていたため、冷静に事実を告げた。
銃声が止み、薄い硝煙と、底知れぬ絶望の沈黙だけがその場を支配した。全員が底なしの谷底へ突き落とされたような感覚に陥る。視線の先では、魔狼がゆっくりと肉体を結合させ、完全な姿を取り戻そうとしていた。それはまるで、死神が彼らの必死の抵抗を嘲笑っているかのようだった。
「絶望するにはまだ早い! キリアン!!」
サイラスは弟を呼び、かつてキリアンが投げ捨てたゴブリンの巨大斧を指差した。同時に自らは槍を掴み、回復薬の玉を握り潰してその液体を槍の穂先全体に浴びせかける。そして腕を限界まで引き絞り、渾身の力で投擲した。放たれた槍は、いまだ再生途中の魔狼のど真ん中に深々と突き刺さり、怪物の巨体を激しく痙攣させた。
同じ瞬間、キリアンは兄の意図を完全に理解していた。青年は弾かれたように巨大斧へと駆け寄り、両手でしっかりと柄を握りしめた。そして円盤投げの選手のように大きく体を回転させ、その圧倒的な遠心力とバカ力を乗せて、巨大な鉄塊を全力で放り投げた!
最後の希望を乗せた巨大斧は、空気を切り裂いて最後の支柱へと激突した。
メキッ! バキィィッ! ドゴォォォォォン!!
まるで最後の一線が切れたかのように、限界を迎えていた6本の支柱はその巨大な重量に耐えきれず完全に圧壊した。正面の建造物が一気にバランスを崩し、瞬く間に崩落して……その下敷きとなった魔狼の姿を完璧に飲み込み、生き埋めにした。
しかし次の瞬間、正面エントランスの崩壊は最悪の連鎖反応を引き起こした。2世紀以上の歴史を持つ研究所のメイン構造体にまでその影響が波及したのだ。鉄骨とコンクリートが「ピキピキッ」と巨大な獣の断末魔のような悲鳴を上げ、15階建ての巨大な建造物そのものが猛烈なスピードで崩壊を始めた。
「早く逃げてください!」アルテミスの警告システムが鳴り響き、全員を我に返らせた。
彼らは持っていたものをすべて投げ捨て、後ろを振り向くことなく死に物狂いで駆け出した。
何百トンもの瓦礫とコンクリートが、まるで空が落ちてきたかのような轟音と共に降り注ぐ。大小の瓦礫が雨あられと落下し、地面に激突した衝撃が大地を激しく揺るがす。そして、大津波のように爆発的に巻き起こった灰色の粉塵が、周囲のあらゆるものを一瞬にして飲み込んでいった。
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「ゲホッ、ゴホッ……みんな無事か!?」クラインが心配そうに叫んだ。アルテミスは彼のすぐそばを飛んでいる。
「俺とキリアンは無事です!」分厚い灰色の煙の向こうから、サイラスの声が聞こえた。
「ミア!」
「ゴホッ……私は、大丈夫よ」少し離れた場所からミアが答えた。
「私のセンサーでも、全員の無事を確認しています」アルテミスがクラインを安心させるように言った。粉塵が濃すぎて、クラインの目には全く何も見えなかったからだ。
視界が完全に遮断された中、アルテミスは粉塵の壁を貫くようにレーザー光線を照射し、魔狼の現在のステータスをスキャンし始めた。
「……あいつ、まだ生きてるのか?」クラインが不安げに尋ねた。
ドローンは無言のまま、ステータスランプを激しく点滅させていた。*ピポッ……ピポッ……*と、まるで深海で敵を探る潜水艦のソナーのような電子音が定期的に響き渡る。
「……熱源反応、および生命活動のシグナルを確認しました」
その一言に、クラインはサッと顔の血の気を引かせた。一体どこまでやれば、あの悪夢のような怪物を地獄へ送ることができるんだと、心の底で絶望しかけた。
やがて煙がゆっくりと晴れていくと、生存者たちの視線は、レーザー光線が指し示している地点へと集まった。赤い光線は、建物の残骸の『最下層』で止まっていた。その上には、何千トンもの煉瓦とコンクリートの瓦礫が、見上げるほどの小山を形成して重くのしかかっていたのだ。
「生命活動は維持していますが……動きません。正確に言えば、『身動きが一切取れない状態』です」
その報告を聞いた瞬間、生存者たちは狂ったように歓喜の雄叫びを上げた。これまで彼らを押し潰していた極限のプレッシャーが、一瞬にして弾け飛んだ。彼らのメチャクチャでクレイジーな作戦は、ついにあの不死身の魔狼を瓦礫の山の下に『完全封印』することに成功したのだ。
「こうしちゃいられない、お祝いだ!」
クラインはすぐ近くにある物資の山へ駆け寄り、この最高のシチュエーションで乾杯できそうなものを探した。しかし、箱の中から出てきたのは、ただの「水」の入ったペットボトルだけだった。
「私にお任せください、クラインさん」アルテミスがそう申し出ると、機体から細いチューブを伸ばしてボトルの中に差し込んだ。あっという間に、無味無臭の水が美しい黄金色の液体へと変色し、シュワシュワと白い炭酸の泡が吹き上がった。
「回復薬の化学式と、パーティー用炭酸飲料の化学式なんて、ほんの少しの誤差みたいなものですから」
クラインは相棒にニカッと笑いかけ、全員にそのドリンクを配って回った。
ささやかな祝宴が始まった。全員の体は灰色の粉塵にまみれ、顔も判別できないほど真っ黒だったが、そんなことは誰も気にしなかった。誰もが満面の笑みを浮かべ、心の底からの安堵の笑い声を響かせた。
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歓喜に包まれる中、クラインはそっとその輪から抜け出し、瓦礫の山の前に立ち止まった。彼は静かに佇み、崩れ去ったコンクリートの残骸を深い哀愁の眼差しで見つめていた。
他の人間にとってはただの廃墟かもしれないが、彼にとっては……この過酷で残酷な新世界で目覚めてから、初めて手に入れた『家』であり、唯一の『安全地帯』だったのだ。ほんの短い期間ではあったが、この場所の隅々には、戸惑い、生き延びるための足掻き、そして夜の暗闇から彼を包み込んでくれた確かな温もりといった、多くの記憶が刻み込まれていた。
「どうやら、新しい寝床を探さなければならないようですね」アルテミスが静かに浮遊してきて、クラインの横に並んだ。
「そうだな……。でも、お前みたいな超絶美人ドローンには関係ない話だろ? だって、世界で一番イケメンな男の頭の上に、『超プレミアムな専用ベッド』が用意されてるんだからさ」青年は冗談めかして笑い、自分の頭をポンポンと叩いた。
「あら? そのイケメンな男性は、一体どこに隠れているのでしょうか?」ドローンは少し機体を傾け、からかうようにステータスランプを点滅させた。
「おいコラ! 減らず口叩くドローンだな!」
クラインは我慢できずに吹き出した。二人の間の他愛もない冗談は、とても温かく、リラックスしたものだった。残酷な世界の崩壊した残骸に囲まれながらも、生死を共にして紡がれたこの絆こそが、彼らの心の拠り所となっていた。クラインにとって、いつも口答えしながらも寄り添ってくれるこの相棒の存在こそが、彼がずっと探し求めていた本当の『家』だったのだ。
「お二人は、これからどうするおつもりですか?」サイラスが歩み寄って尋ねた。
「さあな……。家もなくなっちまったし、これからは宛てもなく放浪するしかないかな」クラインは肩をすくめた。
「何か目標のようなものはあるのですか?」
「目標、か……。一応あるにはある。自分がなんでここにいるのか、その答えを見つけるために、世界中に散らばってるこういう研究所を探して回るつもりだ。でも、場所の手がかりすらゼロだから、相当な時間がかかるだろうけどな」クラインは相棒と視線を合わせて答えた。
「それならば……我々と共に来ませんか?」サイラスが提案した。
「ん? 君たちはこれからどこへ向かうんだ?」
「私とミアの傷はまだ完治していませんが、もはやここが安全ではない以上、我々の街へ帰還するのが最善の選択だと考えています。……もし、お二人がよろしければ、同行しませんか?」
クラインの瞳が興味でキラキラと輝いた。心の底では、この時代の人類が一体どんな生活を送っているのか、ワクワクして知りたくてたまらなかったのだ。しかし、その興奮は、自身のサイボーグの腕に視線を落とした瞬間にピタリと止まった。
「でも、他の連中は……こいつのことで問題を起こさないか?」クラインは機械の腕を持ち上げて見せた。
サイラスはその腕を見て少し考え込み、静かに微笑んだ。
「我々なら、きっと何とかできると信じています。少なくとも、私とキリアン、そしてミアの3人は……もう誰もあなたのことを『異端者』などとは思っていません。あなたは、生死を共にした大切な『仲間』なのですから」
クラインは胸を打たれ、サイラスを見つめ返した。そして、相談するように相棒のドローンへ視線を送った。
「現在の状況から推測するに、集団と行動を共にすることが最も生存確率の高い選択肢です。この提案を受け入れることを推奨します、クラインさん」アルテミスは最良の結果を導き出し、そう提言した。
クラインは満面の笑みを浮かべた。
「よし、決まりだ! 君たちの街へ一緒に行かせてもらうよ!」
その承諾の言葉と共に、瓦礫の山の中に温かい友情の笑顔が咲き誇った。それは、孤独だったシェルター生活への正式な別れの合図でもあった。
そして今、この瞬間から――過酷で謎に満ちた広大な世界を舞台にした、時代遅れの青年の新たな冒険の幕が、真に上がったのである。
――第一部「二百年の廃都」完――




