エピローグ 『医学部女子の未来』
6年生になり、マッチング、卒業試験、医師国家試験、そして卒業式が終わった3月下旬の春の日。
ポリクリ実習 元・第5班は軽井沢の教会に集合していた。
谷口と相沢はスーツ、
結衣はピンクのふわふわとしたチュールドレス、
愛理沙はラインストーンが散りばめられた華やかなドレスを着こなしている。
久しぶりに会った面々はそれぞれの近況報告に花を咲かせていた。
「え、谷口も国家試験受かったの?」
「『え』ってなんやねん。朝倉さん失礼やわ~」
驚く愛理沙に、谷口が大げさに悲しそうな顔をする。
「それは直哉の日ごろの行いが悪いです」
笑いながら結衣がつっこむ。
谷口が合格したのは、実際のところ結衣のフォローのおかげが大きい。
谷口がもう無理だと嘆いているところに、結衣がスパルタで教えている光景が学生ラウンジではよく見かけられた。
国家試験にはポリクリ第5班全員、無事に合格した。
この春からは全員研修医としてそれぞれの病院で働き始める。
「相沢くんは予定通り、外科ですか?」
「そのつもり。外科の強い病院に就職も決まったし」
「外科はハードよ……でも相沢なら大丈夫ね。5班一の筋肉馬鹿だし」
「馬鹿はひどいって」
全員が笑う。だけど元サッカー部の体力を生かしいつも元気な相沢に、
5班はいつも助けられていた。
「朝倉さんはどうするの?」
「形成外科の有名な白椿大学で研修するわ。基礎をしっかり叩き込んでから実家に戻る」
容姿も男性関係も華やかな朝倉愛理沙は、一番真摯に自分の夢を追いかけていた。
「谷口は?」
「初期研修回って考えようかなと思っとるけど、今のところ小児科やな。
ほら、結衣ちゃんが呼吸器内科志望らしいから、小児科なら一緒に開業しやすいやん♡」
「直哉が勝手に言ってるだけですけどね。私は実家の産業医も視野に入れてますので」
「ええっ病院開業経営学の授業、一緒に受けたのに」
入学時はクールビューティで叶梨以外を寄せ付けなかった結衣だが
谷口直哉と関わるようになってよく笑うようになったし、
問題児で有名だった谷口は6年生になってからはギャンブルをすっぱりやめて、真面目にマッチングも国家試験の勉強も頑張っていた。
4人が雑談していると、式場のスタッフが教会の中に入るように促す。
彼らは一列に並んで座った。
「それにしても早すぎるやろ」
「医者になると業務が忙しすぎて婚期を逃すから、
医学部卒業前に結婚するカップルがどこの大学にもいるとは聞いていたけど、
まさか自分たちと同じ班から出るとはな」
「新郎新婦が落ちてたらカッコ悪すぎるからって国家試験の勉強泣きながらしてましたよ」
「でも二人は大丈夫でしょう。それに、くやしいけど叶梨は何気に5班で一番頭いいから」
今日は、同じポリクリ第5班のメンバーだった、橘和真と一ノ瀬叶梨の結婚式だ。
◆
軽井沢には、春の訪れを告げる柔らかな陽射しが降り注いでいた。
冬の名残を残した澄んだ空気。
まだ冷たさの残る風。
遠くで揺れる針葉樹のざわめき。
木と石でできたシックなデザインの教会へ続く石畳には、ところどころ雪解けの水が光を反射している。
その道を、私 一ノ瀬叶梨はゆっくりと歩いていた。
純白のウェディングドレスを着る私を、モーニングを着た父が隣で静かに支えてくれている。
「……なんか、まだ実感ない」
小さく呟くと、父が苦笑した。
「国家試験の直前の時と同じ顔してるな」
「だってこの間受けたばっかりだし……」
父は緊張しながらも嬉しそうに笑う。
6年生になってからの一年は、本当に目まぐるしかった。
病院見学。
マッチング。
卒業試験。
医師国家試験。
さらには両親への報告と挨拶。
両家顔合わせ。
式場見学。
結婚式の準備とやることは目白押しだった。
毎日問題集を開き、眠気と戦いながら机に向かっていた。
結婚式の準備で喧嘩したこともあった。
だけど辛い時には「あと少し頑張ろう」と言い合えて、
嬉しい時には、自分のことみたいに喜んでくれる人がいた。
そうして二人で走り続けた先に、今日という日がある。
教会の扉の前で足を止める。
深呼吸をひとつ。父と母と目を合わせてうなずきあう。
スタッフの方の合図で静かに扉が開いた。
パイプオルガンの音色が、厳かな空間に響き渡る。
花嫁の「人生の道」を意味するバージンロードの先にある祭壇の前には、タキシード姿の和真が立っていた。
その姿を見た瞬間、胸の奥がじんわり熱くなる。
黒のタキシード姿で、少し緊張した表情。
けれど、目が合った瞬間に浮かべた優しい笑顔は、いつもの和真だった。
――私たちは今日、結婚する。
ようやく実感が追いついてくる。
母親がそっと私のベールを下ろし
父親と腕を組んで私たちはそっとバージンロードを歩き始めた。
参列席には、大切な人たちの顔が並んでいた。
第5班のメンバー――相沢遼、朝倉愛理沙、谷口直哉、二階堂結衣。
あの一年を一緒に駆け抜けた仲間たちだ。
「叶梨、きれいです」
「ええ、うちのクリニックでブライダルエステしたかいがあったわね」
結衣は既に少し泣いていて、愛理沙は嬉しそうに微笑んでいる。
その光景を見ただけで、私の胸に懐かしさが込み上げる。
5年生の春。
最初は、ただの“実習班”だった。
性格も価値観もバラバラで、気まずい空気になったこともある。
失敗して空回りした日も、言い合いになった日もあった。
それでも、気づけばかけがえのない仲間になっていた。
そして、その思い出の中心にはいつも和真がいた。
バージンロードの終わり、祭壇の前で父親から和真へ、私の手を渡す。
父は和真の背中をトントンと叩いて、最前列の家族席へ座った。
和真の真正面に立ち、目を合わせる。
「緊張してる?」
声を出さずに、口の動きだけで伝える。
「……かなり」
小声で返された答えに、思わず吹き出しそうになる。
「寝ないでよ」
大学病院の屋上でプロポーズされた日も、こんな顔をしていた。
落ち着いているように見えて、意外と顔に出る質なのだ。
そんなところまで愛おしいと思ってしまう自分に、私は心の中で苦笑した。
神父の穏やかな声が響く。
「それでは新郎は新婦に誓いのキスを」
和真が私のベールを上げて、ゆっくりと近づく。
優しく触れる唇。
その瞬間、教会中が温かな拍手に包まれた。
窓の外では、春の光が軽井沢の街を照らしている。
長い冬が終わり、雪が溶け、新しい季節が始まろうとしていた。
きっとこれから先、楽しいことばかりじゃない。
医師として働き始めれば、忙しさに追われる日々になる。
すれ違うことも、傷つけ合うこともあるかもしれない。
それでも、一緒に過ごした日々はきっと二人を支え続ける。
教会の扉が再び開く。
春の光の中へ、二人で一歩踏み出した。
新しい未来が、静かに始まっていく。
まるで祝福するように、軽井沢の空には小さな桜の花びらが舞っていた。
≪ 完 ≫
読者の皆様、こんにちは。
作者の優 作太朗と申します。
この度は拙作「医学部女子 一ノ瀬叶梨の玉の輿狙い婚活譚」をお読みいただき、改めて感謝申し上げます。
自身初の10万字超えの長編作品でしたが、無事完結までたどり着くことができたのも、ひとえに読みに来てくださった皆様のおかげです。
この作品を糧に、新作の構想をじっくり練り上げ、皆様にまた新作を読んで頂けるよう精進致します。本当にありがとうございました。




