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番外編① 『肩書きの恋』

「お姉ちゃん、また合コン?」

土曜の夕方、一ノ瀬叶梨(いちのせかりん)はメイク中の姉・一ノ瀬くるみに問いかける。


「そうよ、せっかくの休日、無駄にできないじゃない」

くるみはリップラインが決まらず、何度も塗っては調整を繰り返している。

その様子を見て、やや大雑把なところのある叶梨は感心8割、呆れ2割といった様子で見ている。


「今日はね、“有望株”が来るらしいよ」

「“有望株”って何?」

「大手証券会社勤務」


「うわ出た肩書き!!」

叶梨は口に運んでいたポテチを落とした。


「三井とか野村とかそういう?」

「そのへん」

叶梨はいまいちピンと来ていないのか、へえ、と興味なさげな返事なので

くるみはもう少し補足する。


「そのクラスの証券会社の年収はたぶん、大学病院の研修医の給料の3倍はある」

「そんなに!?……じゃない、年収で人を判断するな!」

「現実を見なさい、医学生」


悔しそうな妹の表情、

くるみはくすっと笑って、鏡の中の自分に向き合った。



合コン会場は丸の内にある洒落たイタリアンの店だった。


――年収目当てで何が悪い。安定は正義。


それがくるみのモットーだった。


くるみ達女性陣が到着すると、すでに男性陣は席についていた。

女性たちが順々に席に座ると、

くるみはネイビーのスーツとえんじ色のネクタイが似合う、爽やか系の二つ上の証券マンの前に座った。


「はじめまして、佐伯(さえき)です」

「一ノ瀬くるみです」


佐伯と名乗るその男性は、さっと名刺を出してくる。


――取引先との挨拶か!?

くるみは心の中でツッコんだ。


「佐伯、お前固すぎ」


隣に座っていた彼の同僚も、そういって佐伯を肘で小突いた。


「え!?そうなの? すみません、こういった場に不慣れで」


彼は自分の失敗を取り繕うことなく、恥ずかしそうに笑った。

真面目な人、それが彼の第一印象だった。

かと言ってノリが悪いわけではなく、気さくでくるみの冗談にも良く笑ってくれる。


「営業なので、人の話を聞くのが好きなんです」

――営業……証券会社の中でも花形、そしてコミュ力最強種族。


「いいかも」が70%に上昇。

くるみの脳内の中で、戦いのゴングが鳴った。



■ 第一ラウンド:年収探り


「お住まいはどのあたりなんですか?」

「職場が新宿なので、成城に住んでます」


世田谷区の高級住宅地。

六本木とか港区に住んでいないところが、品が良くてポイント高い。


「えー!あの辺り高級住宅地じゃないですか!すごい!

間取りどれくらいなんですか?」


「3LDKですよ。インドアなので、家にお金かけたいタイプで」

「すごーい!広―い!でも高そう……」

「そんなことないですよ、25万しないくらいかな。

ちょっと背伸びしちゃいました」


家賃は手取りの3分の1以下が適正とされている。

その法則でいくと、彼の月収は20代後半で60万円越えということになる。



くるみはつばを飲み込んだ。


――ボーナスは……?

言えない。

さすがに直球では言えない。


すると彼が言った。

「くるみさんはどんな人がタイプなんですか?」


――来た!

この質問をするということは、彼は少なからずくるみに興味を持っている。


くるみは即答した。

「誠実な人です」


――あと将来安定してる人。


「僕、恥ずかしながら誠実ってよく言われます」


「いいかも」80%。


________________________________________


■ 第二ラウンド:価値観チェック


「結婚願望とかあります?」

場が温まってきたところで、くるみは少し攻めた質問をしてみる。

彼は少し照れた顔をしてから、

「ありますよ。30歳までには」

と言う。


――男性にしては早い!


「子どもも二人ほしいです」

――具体的!


「この仕事結構忙しいので、ワーカホリックの日とも多いんですけど

僕は仕事も家庭も、両立したいんですよね」


くるみの心の中でファンファーレが鳴った。

♪テッテレー

「いいかも」95%。


________________________________________


そしてその帰り道。

合コングループで二次会まで終えると、皆で駅に向かっていると、

そっと佐伯がくるみの隣に来る。


「今日は楽しかったです。また会えますか?」

――来た……!


くるみはすぐにはい、と答えようと彼の顔をみる。

佐伯は真っすぐで曇りのない目をしている。


ちゃんと目を見て話すこの人の雰囲気。


「……はい」

ちょっと照れながら答えた。

その瞬間、

くるみの「いいかも」は100%になった。



そしてくるみと佐伯は数回デートを重ねた。

映画、銀座ランチ、皇居散歩。

高給取りのわりに彼は堅実で、

いわゆる高級ディナーやホテルには行かなかった。


でもそのデートの数々は今まで付き合ったどの恋人よりも楽しかった。


そしてある日。

「正式にお付き合いしてください」

「はい」


そう返事をする頃には、くるみの頭の中に駆け引きや年収という言葉はなくなっていた。

こうしてくるみは、大手証券マン彼氏をゲットした。


■ そして現在


くるみと佐伯はお付き合いを重ね、

そして付き合って一周年の記念日に、東京タワーの見えるレストランで佐伯はくるみにプロポーズをした。

両家への挨拶を済ませ、今は結婚式場探しにいそしんでいる。


「叶梨~」

くるみはリビングで勉強をしている妹に左手の薬指を見せつける。

彼女の薬指を、こぼれそうなほど大粒のダイヤのリングが飾っていた。


「見てこれ」

「……なに?」


「給料3か月分。ハリーウィンストン」

「やめろぉぉぉぉ!!」

叶梨は絶叫した。


「この守銭奴め!」

「違うの!年収目当てじゃないの!優しいのよ」

「はいはいはい、ごちそうさま」

叶梨は呆れたように、また国家試験対策用のテキストに向き直った。


「で、あなたは? 橘くんとは進展あったの?」

「……」

「話し合えた?」

「……」

叶梨は口を固く一文字に結ぶ。


「今、医者の卵捕まえないとあなたは生涯独身よ? それもいい人生だけどね」

「やめて!!」

叶梨はクッションを投げた。


「絶対に、実家が太くて、高給取りで、身長が高くてイケメンな婚約者捕まえるから!!」


くるみの英才教育によって、

叶梨はやたら玉の輿にこだわる性格になってしまった。

それは常に先へ行く、姉への対抗心もあるかもしれない。


だけど、くるみは知ってしまった。


――ごめん、結婚に大事なのって、それだけじゃなかったかも。

だけど姉はまだ、教えてあげない。

叶梨が自分で気づく日が来るまで。


「早く将来の結婚相手ゲットしなさい」


「医学部は長期投資なんだよ!!」

叶梨は涙目で答える。


「相場は読めないわよ?」

くるみはいたずらっぽく笑った。



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