35. 雪の季・終(2月)13日②︰sideアリシア
――朝、目が覚めると隣にアルがいる。ルカくんに告白した翌日もいつも通りだった。
違うのは休暇に入り、ルームメイト含めほとんどの生徒が学園にいないこと。アルと散歩をするべく軽い身支度を済ませて部屋を出ると、寮の廊下も静まり返っていた。
「……静かだね。」
そう言うと小首を傾げて見上げてくる。僕がいますが?とでも言いたげな様子に心が和んだ。
「ふふ、頼もしいねぇ。」
なんてことのないやり取りをしながら外へ出ると、雪の季の朝らしい冷えた空気が身を包む。
「わ、寒い……。」
思わずマフラーに顔をうずめた。花の季が近づいてきていても、まだまだ朝は気温が低いみたい。
アルはというと、ふわふわの毛のお陰なのか全く動じていない。軽やかに歩き出す小さな身体を追い掛けて、そうしてベンチに座る人影を見つけた。
「……ルカくん。」
朝日を透かす銀色の髪に、遠くを眺める綺麗な横顔。自然に伸びた長い脚といい、一枚の絵画みたいだ。そんな姿に胸が高鳴って、けれど同時にどこかが小さく痛んだ。
私を、待っていたんだよね?もう答えを出してしまったのかな。
足音と視線に気が付いたのかゆっくりと顔を上げる。ナイトブルーの瞳に見つめられて、時が止まるような感覚がした。――恋が始まったあの日と同じように。
「……アリシア。おはよう。」
「うん、おはよう。」
立ち上がった彼に微笑み返しながら歩み寄る。向き合おうとしてくれるのを無下には出来なかった。
「……くうん。」
「アルもおはよう。少し、アリシアと話をしてもいいかな。」
すっとしゃがんで頭を撫でる仕草すらかっこいい。
アルは返事をせずにルカくんを見上げ、それから私の方を振り返った。
金色の瞳が「大丈夫?」とでも聞くかのように見つめてくる。小さく頷くと短く鳴いて、それから中庭の方へと走っていった。二人きりにすると判断したみたい。
「相変わらず賢いね。……少し、大きくなった?」
「うん。わかる?ちょっとずつ成長してるみたいなの。」
何気ない会話。この先に進むのが、少し怖い。
「……あのさ。朝から待ち伏せて、ごめん。女子寮には入れないから、アルと散歩するかなって。」
「いいよ、大丈夫。……昨日の続きかな?」
そう言ってから泣きそうになる。この恋を終わらせたくないのに、どうして彼が話しやすいよう振舞ってしまうんだろう。
頷いたルカくんは一度言葉を探すように視線を落とし、それから真っ直ぐに私を見て言った。
「自分の気持ちが、はっきりと分かった。特別な人がいるから……アリシアの気持ちには、応えられない。」
はっきりと告げたその声は、残酷なまでに誠実。でも分かっていた。その想いも、一つの恋の終わらせ方も。
「アリシアは……素敵な女の子だと思う。好きになってくれて、嬉しかった。」
「………。」
その言葉に嘘一つないと感じるから、嬉しくて切ない。私にドキドキしてくれる瞬間もあったのかな。
何か言わなきゃと口を開く。冗談交じりの返しはわずかに声が震えた。
「……昨日、待ってって言ったのに。」
「……ごめん。」
違う、こんなことが言いたいわけじゃないの。
本当は知っているよ。もう揺らぐことのない答えを見つけてしまったから、今ここにいるんだと。私が好きになったのはそういう人だから。
「ごめんなさい、ルカくん。困らせたかったわけじゃなくて……。」
言葉に詰まり、涙が零れそうになる。――待って、泣くのは彼がいないところがいい。
不自然な間が空いてしまったけれど、何とか堪えて口角を上げた。
「振られちゃうだろうなって、分かってたよ。想いを伝えられて……それを受けて考えてくれたのなら、もう充分。」
綺麗な目が逸らさずにこちらを見ている。
その記憶に残るのなら、可憐な姿でありたい。そう思ったら笑うことが出来た。
「ありがとう、ルカくん。……これからも、友達として仲良くしてくれる?」
「もちろん。……こちらこそ、ありがとう。」
「よかった!じゃあ私、もう行くね。」
そこまで言ってぱっと背を向ける。彼の視線を感じながらも、もう振り返らない。
「……っ……。」
アルが待っているはずの中庭へと駆け出した。視界が涙で滲んだかと思うと、次の瞬間には頬を雫が伝っている。
知らなかった。恋が終わる瞬間が、こんなにも痛くて苦しいだなんて。
同じ気持ちだったらどんなに幸せだろう。好きな人の特別になりたかった。何が足りなくて、どこで決まってしまったのかな。
でも――私、後悔なんてしたくない。出会ったことも好きになったことも、想いを伝えたことだって。
ルカくんがくれた優しさも強さも、ときめきと一緒にこの胸に残っている。だからこの恋は絶対に無駄じゃないの。
終わってしまったことが、今は辛くても。
いつかはきっと、優しい思い出になるはずだから。




