33. 雪の季・終(2月)12日➂
少し長めのエピソードになります。
寮の部屋に戻ると、珍しくレオンが机に突っ伏して寝ていた。
雪の季の休暇は短めのこともあってか、今回は実家に帰らないらしい。彼は彼で、進路も含めて悩んでいるのかもしれなかった。選択しなければいけないのは何も自分だけではない。
「………。」
寝かせてあげたいと、物音を立てないように気を付ける。でもふとその様子を間近で見たくなり、静かに近づいて見下ろした。
睫毛が長い。思わずまじまじと観察してしまう自分がいる。いつもどこか表情に力が入っているようなレオンだけど、寝顔は驚くほどに無防備だ。
そんな様子に胸が和らぐとともに――どうしようもなく、触れたくなった。さっきまでこの気持ちと向き合っていたせいかもしれない。
起こしてしまったら、なんて言い訳をしよう。
そう思いながらも指先でそっと頬をなぞる。柔らかで温かかった。
……いや、何やってるんだ。こんなの男友達にやることじゃない。
我に返りさっと指を離したその瞬間、突然手首を掴まれた。
「わっ……!?」
驚きで咄嗟に声を上げてしまう。琥珀色の瞳が自分を見上げていた。
「ご、ごめん。起きてたんだ……。」
しまった、いつからだろう。言い逃れようと必死で頭を働かせるも、相手が動く方が早かった。
「……ルカ。」
立ち上がったレオンが低い声で呼んできて、反射的にドキッとする。掴まれた手首はそのままだ。
「えっと……。」
自由になっている方の手で彼の腕を掴み、やんわりと抵抗する。それなのに逃してくれなくて、むしろゆっくりと壁際へ追い詰められた。
なんだこれ、まるで腕のなかに閉じ込められてるみたいに――。目線の高さは同じでも、距離がいつもよりずっと近い。整った顔がすぐそこにあった。
心臓がうるさい。この鼓動が伝わってしまいやしないだろうか。
「ルカ。」
もう一度名前を呼ばれ視線を合わせる。その瞳に熱を感じて、呼吸を忘れそうだ。
レオンは一言ずつ選ぶように話し始めた。
「ずっと……抑えてた。ルカは俺を、大事な友人だと思っているんだと。」
「………。」
「お前が望まないのなら、絶対に言わないつもりだった。でも……さっきの触れ方は、反則だ。」
迷いのない真っ直ぐな光。逸らすことなんて出来ない。
「……聞いていいか、ルカ。俺に触れた時……どんな気持ちだったんだ?」
「それ、は……。」
待ってほしい、心の準備が出来ていない。というか考えも整理している途中だったんだ。
何も言えずにいると、レオンはそっと言った。
「先に言うぞ。俺は……ルカが好きだ。友人としてじゃなく。」
「……っ……。」
その言葉が心から嬉しくて、それで確信する。
――ああそうか、自分は"ルカとして"レオンが好きなんだ。
融通が利かないくらいの誠実さも、過保護なまでに守ろうとしてくれるのも、こうして真っ直ぐに伝えてくる情熱も。
記憶が戻る前も後も、その言動には何度も救われてきた。レオンが傍にいることは自分にとっての日常であり、安らぎであり、同時に感情が大きく動くことでもあったんだ。
もしも出会っていなければ、あるいはもっと遠いところにいたのなら。送ってきた日々も今の自分も、きっと無かった。
自覚した後で恐る恐る口を開く。
「僕も……多分、レオンが好きだ。」
「多分?」
「……許して。まだ、気持ちの整理が出来てない部分が……。」
「どのあたりだ?」
まずい、スイッチが入ってしまった。真面目な彼は一緒に解決を試みようとしてくる。
「その……記憶が戻るまでと、戻った後とでは……少し違う自分というか。」
「前のルカと今のルカとで、俺への気持ちも違うのか?」
「……いや。」
それはつい先ほど解決したことだ。
でも、レオン自身はどうなんだろう。出会いから半年以上は以前の自分と接していたわけで、その時に好きになってくれていたのだとしたら?むしろその可能性の方が高い。
前世の記憶が無くなったわけでなくても、完全に同じ自分だとは言えなかった。
「……思うんだ。記憶が無かったからこそ、前の方が……心が綺麗で、強かったんじゃないかって。」
魔法や世界の在り方、人の優しさも純粋に受け取って。起きる出来事には繊細な感性と柔らかな心で向き合ってきた。
今は自分の一部になっているとはいえ、こうして色々なことに迷うと感じる。記憶と一緒に、弱さや未熟さも取り戻してしまったんじゃないかって。
「それに……レオンの重荷になるのが、怖い。」
本音を言ってしまえば、全てを預けられるし隣にいたいと思う。でも自分は、血筋も魔力も特殊なうえに後ろ盾もなかった。
対するレオンは、折り合いが悪かったとしても家柄がちゃんとしていて、魔法も守りの光魔法と信頼感がある。身体的にも精神的にも強くて、彼こそどんな未来でも選べるような気がした。
そんな不安を拭うかのように――頬に優しく指が触れる。そっとなぞられて、くすぐったさに片目を閉じた。
「……考えていることは、よく分かった。」
優しげな眼差しと落ち着いた声に、ふわりと包まれる。レオンはどこか喜んでいるようにも見えた。
「今、やっとルカの全部を知れたような気がする。」
やっぱり嬉しそうだ。こっちの不安なんて大したことないみたいに柔らかい。頬に手を添えたまま、甘く微笑んだ。
「過去のお前も、今のお前も。俺からしたら全部がルカだ。」
相手を理解しようとする姿勢も、言葉を選ぶ慎重さも、迷いながらも前に進もうとするのも。出会ってから今まで守りたいのはただ一人だと、少しの躊躇いもなく言う。
「どんなに想っていても……考えていることの全部が分かるわけじゃない。俺はもともと、察するのも苦手だ。」
「そんなこと……。」
「いや、そうなんだ。そもそもこんなに知りたいと思ったのは、ルカが初めてだった。だから……好いていてくれたのと同じくらい、本音で話してくれたことが嬉しい。」
頬からそっと手が離される。触れられていた場所には彼の温度が残った。
「重荷になってもならなくても、関係ない。重さごと歓迎する。……傍にいて、守らせてほしいんだ。ルカが望んでくれるのなら、それが俺の幸せだ。」
「……うん。」
その告白こそ重くて、くすりと笑みがこぼれる。でも心から嬉しかった。
「多分なんて言って、ごめん。……好きだよ、レオンのことが。記憶のない時も、今も。」
これまで頼ってばかりだけど、自分だってレオンを守りたい。隣に立って支えたいんだ。
「ありがとう、ルカ。」
「こちらこそ、レオン。」
微笑み返し、彼の腕のなかからそっと抜け出す。触れ合うにはまだ色々と早かった。
――考えなければいけないことは、これからもあるけれど。
レオンとなら大丈夫だと、たしかにそう思えた。




