28. 彩の季・中(10月)14日
アリシアと図書館で過ごした時間はまるで一夜の夢のようで、それからはまた日常に戻った。朝のアルバイトでも変わらずに顔を合わせている。
そうして迎えた今日は、レオンと約束した星夜祭。
出店や出し物をしない生徒は夜までいつも通りとはいえ、皆どこか浮足立っていた。同室なので待ち合わせをする必要もなく、暗くなってきてから一緒に寮の部屋を出る。
どんなイベントなのかは、話でしか知らなかった。だから――会場である中庭に出た瞬間、思わず小さく声をあげる。
「わあ……。」
例えるのなら、それはクリスマスマーケット。連なる温かな灯りと露店が夜を彩っていた。
「綺麗だろう。」
なぜか誇らしげなレオンが少し可笑しい。「うん」と笑いながら頷くと、ふっと口元を緩めた。
「気になる店はあるか?食べたいものとか……。」
「そうだな……。」
昼食を軽めにしたのもあって、お腹は空いている。露店を眺めると色々とありそうだ。
「廻って見てみようか?」
「わかった。……人が多いから、無理するなよ。」
こんな時でも体調への気遣いを忘れない。そんな彼を安心させたくて、ゆっくりと頷いた。
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露店に並ぶ品物は、本当にバラエティーに富んでいた。
お肉の串焼きに果実のサイダー、カステラなどの甘いもの。何品か買って飲食スペースに向かい、空いているテーブルに広げる。どれも美味しくて、特にカップに入った野菜たっぷりのシチューが気に入った。
「レオン、これ美味し――」
顔を上げるとばっちりと視線が合う。それはつまり、見られていたということで……いつからだろう。
なんだか気恥ずかしくて先に逸らすけれど、掛けられた声はいつものように落ち着いていた。
「そうか、良かったな。」
「……うん。」
もう、出来るだけ意識しないようにしていたのに調子が狂う。
露店を廻っていた時だってそうだ。人の波から庇うように半歩前を歩いて、時折顔色を確認するように振り向いて。もしもよろめきでもしたらすぐに腕を伸ばして支えてくるような、そんな守られている気配があった。
「……食べたら、雑貨も見てみよう。」
「そうだな。」
レオンのテンションは一定だ。でも自分を映す目はやっぱり優しかった。
そうしてお腹が膨れたところで、雑貨のエリアを廻り始める。珍しい文具や手作りのアクセサリー、アルに似ているぬいぐるみなんかもあって微笑ましかった。
ふと、レオンが立ち止まる。
覗き込むと、そこには上品なデザインの防寒具が並んでいた。マフラーの他、ニット帽や手袋も売っている。
「欲しいの?」
「………。」
琥珀色の瞳がしっかりと物色モードに入っていた。女性の店員さんがにこやかに見守るなか、やがてゆっくりと口を開く。
「ルカは、氷属性の魔力があるから……寒さには強い、のか?」
「いや……そんなことはない、と思う。」
実のところ、雪の季の終わり頃にこの世界で目覚めたものだから、本格的な寒さでどう感じるのかは分からない。けれど最近は夜になると冷え込むようになってきて、寒いものは寒いんだな、なんて考えたりもしていた。
でも、どうして今――。
予感に胸が高鳴る間に並んでいるうちの一つ、ネイビーの地に深いボルドーとグレーを差し色にしたマフラーを手に取り、会計を済ませる。
ただ見ていることしか出来ないでいると、彼はふっと笑った。
「じっとしてろ、ルカ。」
そう言って腕が伸ばされる。次の瞬間、首元にふわりと柔らかな布が触れた。
思考が止まる。どこを見たら良いか分からない。
当のレオンは平然としていて、巻き終えると満足そうに眺めてきた。
「やっぱり、似合うな。」
「……っ……。」
その瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる。
お願い、そんな甘い顔見せないで。心から嬉しそうな、宝物を愛でるような……想いが溢れて滲む表情を。
だって、自分の気持ちに気づかないふりが出来なくなってしまう。――彼のことが好きかもしれない、なんて。
傍にいると安心するのに、見つめられるとドキドキする。ルカのためにも親友でいるべきはずなのに、触れられたいとすら思う。
でも、分かってる。"ルカ"の身体を借りた"自分"の想いに行き場などない。なくて良いのだ。
小さく息をついて、それから笑みをつくってみせた。
「ありがとう、レオン。大事にするよ。」
「ああ。……使ってもらえたら、それでいい。」
はにかんだ表情に、今まで曖昧にしていたその心の内が知りたくもある。
過保護なまでに大切にしようとするその態度も、優しげな眼差しや声色も――ルカが"特別"だからなの?
聞いてしまったら、ルカとしての答えを出さなければいけなくなるかもしれない。だから胸の内に留めておくだけだった。
「まだ……見ていないお店も、あるよね?行こうか。」
そう言って顔を逸らす。頷いて隣に並んだ彼の方を、しばらくの間見ることが出来なかった。
――ねえ、ルカ。いつになれば帰ってくるんだろう。大事なことに知らないふりを続けるのは難しいよ。
戻ってきてと、その時たしかに思った。




