好きになるということ4
心の隙間に➖真一
奇をてらうことを信条としている俺。常に天の邪鬼でいることに周りはイラついてただろうな。今は俺も父親だから、割と丸くなったと自分で思うけど、あの頃の俺はヤバかった。絶対に俺みたいな奴と友達になりたくないよな。
あの頃、同期とは少し遅れてサークルに入った俺は可愛い子がいるっていう話だけで顔を出したんだ(内緒だけど実際はそんなに好みの子はいなかった)。
優子さんがすごく親切にしてくれたっていうのは覚えてるな。何かと話しかけてくれた。だからいつも飲み会で話す度に「優子さん可愛いよ」と返してやってた。優子さんからしたら、ただの新入りに気を遣ってくれてただけなのにな。
俺は酒があまり飲めないからすぐ寝ちゃう。面倒くさくなっちゃうのもあるから、いつも人の話を適当に受け流す。
寝ちゃった後にいつも世話になってたのが仁美だった。あいつは一人暮らしだったから、終電逃しちゃった人たちの宿代わりに俺たちを泊めてくれた。俺らのことを迷惑とも思わずに接してくれる仁美のことを徐々に気になり始めていた。
とはいえ、仁美って割とモテてたんだよな。誰も公にしないけど、好きだっていう人は多かった。
そのうちの一人が一学年上の田中さんだった。学生ホールの俺らのサークルの溜まり場には必ずいたし、必ず仁美の隣に座って一生懸命話しかけていた。他の人には一切話しかけないからわかりやすかったよ。それもしつこいぐらいだったからさ、仁美も嫌そうな顔してた。俺はその顔を見て、ただ面白がってた。後で「何で助けてくれなかったの?」と仁美に怒られたけど、「邪魔しちゃいけないと思ったから」と答えて余計怒られた。
そんな仁美に事件が起こった。
その日は二学年上の野上さんの誕生日だった。昼休みにホールにいた仁美と絢香と真里、そして野上さんと同期の小林さんの5人で飲みに行こうと話していた。5限後にホール集合でという話でそれぞれ授業に行った。
5限後、ホールに行くと野上さん小林さんの他に田中さんがいた。野上さんと仲が良い田中さんは、この予定を知ってか知らずか会話を終わらせようとしない。もっともその日は野上さんの誕生日だったから彼もお祝いしたかったんだろう。
この間、野上さんと仁美はこっそりメールでやりとりしていた。
『一旦みんな帰るフリして新宿に向かって。なんとか田中を撒いて合流します。』
『了解です。後で電話します。』
「お疲れ様ですー」と言いながら、こそっと電話のジェスチャーをして女子3人は席を立った。
それで何とか田中さんを撒いて5人は合流し、回転寿司で誕生日パーティーをした。
そこまでは良かった。だけど、何かの飲み会で、仁美たちが田中さんを撒いて飲みに行ったことがバレた。サークル内では大きく伝わることがなかったけど、田中さんの表情と態度が今までと明らかに違っていた。田中さんは野上さんのことは気にしてなかったけど、後輩女子、しかも仁美に裏切られたことが気に食わなかったようだ。これまでのしつこい性格が勢いを増してさらに悪い方に向かっていった。好きから憎しみに変わるとこんなに恐ろしいのかと思うほどだった。
ある日たまたま仁美と絢香と真里がホールにいた時、裏の出入り口から田中さんの同期の山川さんが来て、「3人ちょっと来て。説教。」と言いながら出入り口を見た。
後ろ姿でわかる。ベンチに腰掛けてタバコを吸っているのは田中さんだ。「えー…」と3人顔を見合わせてしぶしぶ出入り口に進んだ。
田中さんは3人を睨みつけて「何か俺に言うことないのかよ!」と怒鳴った。
どこかで田中さんを馬鹿にしてた3人は、ちょっと吹き出してしまった。
「笑ってんじゃねーよ!」と言いながら火の付いたままのタバコを地面に叩きつけた。
「さんざん馬鹿にしてくれたな!こんなに嫌われてたら俺もう居場所ないからサークル辞めるわ!お前らは楽しくホールで喋ってればいいんじゃない?俺いない方がいいだろ?」
(それはそうだ)と3人は思った。そう思えば思うほど笑いが止まらなくてこらえるのに必死だった。目を閉じたり、反省してる風にしてたのを見て、本当に反省してると捉えたのか、
「悪いと思ってるなら謝れば?そしたらお互い丸く収まるんじゃない?」山川さんがそう言った。
「すみませんでした。」素直な真里が懸命に笑いを堪えながら声を出したので他の二人も続いて頭を下げた。
(泣き声に聞こえたかな?すごい演技派だな。後で褒めてあげよう。でも私は絶対に謝らない。)と絢香は思っていた。
ほんの1、2分だったのに、小一時間ぐらいに感じられた苦痛の時間だった。解放された3人はホールにバッグを取りに行き、すぐ学校の門を出た。ぐるっと学校を回って裏門を覗くと、まだ田中さんと山川さんがいた。二人は談笑していた。お疲れー、良かったよ、とでも言っていたのだろうか。普段見せないぐらいのニコニコ顔だった。
そのまま3人は行きつけの居酒屋に入った。勧められるまま、3人だけで飲むのに飲み放題コースを選んだ。浴びるほど飲みたかったのだろう。終始あの時笑いが止まらなくて大変だった話をして、大笑いしながら楽しく飲んだ。
ベロベロになってまた学校に戻った3人は、ホールに座り「田中、クビ!」と叫び、机に落書きした。でも誰も気づかないぐらいのところに小さく「田中クビ」と書いた。
その後、田中さんはしばらく姿を見せなかった。だけどまた急に出てくるようになった。だけど無表情のまま、ただ座っていた。ニコリともせず、ただタバコを吸うだけの田中さんに気を遣って話をしてたのは先輩達か俺か、後輩男子の一部だった。違和感ありすぎで面倒くさかった。
一応謝罪はしたけど、3人のことも無視したままだった。全然丸く収まってないし。サークルの連絡網で、真里が田中さんに連絡しなきゃいけないのに、真里の電話には出なくて、直後にかけた山川さんの電話には出るという徹底ぶり。嫌がらせの反撃に出たようだ。
でもそんな嫌がらせに屈しないのが3人だ。サークルの中心人物だしな。二浪して入学した上、さらに二留中の田中さんが、今までいくら先輩に可愛がられていて話を聞いてもらえたとしても、所詮その先輩は全員卒業しちゃってるし。
ある時、OBさんがたくさん参加した飲み会があって、田中さんがあの事件のことを先輩達に愚痴ってたんだけど、飲み会の席だし、滅多に接しない後輩女子に対して「まあ、気をつけろよ」としか言えなかったんだろうな。実際は後輩たちと積極的に交流していて、サークル内でも割と影響力のあるOBさんと繋がってたのは3人の方だし。たまに来る先輩にちょっと言われたって何のダメージもない。凄いよな。
で、俺だけど。田中さんが仁美のこと嫌いなんだったら俺にチャンスあるよなと思って、今までの流れをずっと見てきた俺が、落ち込んでる仁美の心の隙間に入りこんだんだ。同期にも後輩にも仁美のことが好きな奴いたけど、ここは俺だろってね。俺たちが付き合ってるってしばらく公表してなかったから誰にも知られてなかったけど、最初に気付いたのは絢香だった。あいつ結構鋭いんだよな。同期が仁美に告白しようとしたのを、それとなく止めたらしい。
もちろん俺は田中さんとも仲良しだったよ。でも俺たちが付き合ってるのがみんなに広まった時も、何も起きなかった。田中さん自身もこの話題に触れないようにしてたのかもしれない。直接何も言われなかったし。
俺は一度、バイト先の女の子に手を出したことがあって、仁美にビンタされたことがあったけど、それ以来、仁美一筋。で、なんだかんだ付き合って10年後、俺たちは結婚した。頑張ってハワイで結婚式を挙げたよ。ま、これはお互いの親の希望だったんだけどな。
というわけで、あの頃フラフラしてた俺も、結婚して父親になったんだ。あの頃に比べたらだいぶ落ち着いてると思うけどな。どうだと思う?今度仁美に聞いてみよう。