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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
螺鈿の葬列
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-螺鈿の葬列- 8

 寺を後にして帰り始めた頃には、時は昼過ぎになっていた。


 工房へ続く坂を上っていると、段々と息が上がってくる。


 ただ、最初にココに来た時よりは、水谷の足取りは、だいぶ軽くなっていた。


 改めて、『瘴気(しょうき)』に(おか)されていない事の重要性を、水谷は実感する。



「・・・!」



 ふと、水谷が後ろを振り返ると、散華が青い顔をして後ろから付いて来ていた。


 水谷が心配になってジッと見ていると、視線に気が付いたのか、散華は苦笑いを浮かべる。



「大丈夫・・・ちっと疲れただけだ」



 坂を上がりきると、やっと工房にたどり着いた。


 散華は足早に中に入ると、小窓を少し開け、外の様子をうかがう。


 そして、庭先を凝視したまま、口を抑えて目元を引きつらせた。



「やっぱり来てる・・・」



 それを聞いて、水谷も小窓から外の様子をうかがった。


 そして、あまりの恐ろしさに、一瞬呼吸を忘れる。



「な・・・」



 姿形も様々な何十という数の『(おに)』が、今しがた登って来た坂から、やって来ていた。


 今は陽が高いためマシであったが、夜にでも見ようものなら百鬼夜行そのものである。


 背筋に冷たいものが走り、水谷は思わず窓から後ずさった。


 散華も、すぐさま窓を閉め、部屋の奥へと急いで下がる。



「心配するな。あれ以上は、近寄って来ない」



「・・・なんで、あんなに沢山」



「村の連中の『鬼』だ。よそ者のお前が来たから、気になって見物に来たんだ」



「えぇ!?」



「田舎って言うのは都心と違って、よそ者に対して過敏なんだ」



「・・・だから、一軒一軒、挨拶に」



「そう。顔見せしないと、平気で窓辺まで近寄ってくる。上がり込みはしないけどな」



 そう言って、散華は奥の部屋へ引っ込むと、香炉を手にして作業場に戻って来た。


 それを床に置き、小さな箱から何かを取り出すと、香炉にいれて火をともす。


 すると、家の中が独特の芳香(ほうこう)で満たされ、水谷は自然と気持ちが落ち着いていった。


 そして、ふと、あの時の事を思い出す。



「散華さん、この香り・・・『隠世(かくりよ)』で()いだ気がするのですが」



沈香(じんこう)だ。葬式の時の御焼香(ごしょうこう)とか、仏壇(ぶつだん)(そな)える線香に使われてる」



「・・・『鬼』って、お線香で払えるんですか?」



「違う違う。俺の『鬼』は、この沈香に近い香りがするんだ」



「・・・はぁ」



「あんなに『鬼』が集まると、匂いが混ざりまくって、生ゴミみたいな匂いがする」



「な、生ごみ・・・」



「だからこうやって、自分の『鬼』に近い香りをたいて、他人の『鬼』の臭気を誤魔化しているんだ」



 なるほど、と水谷は得心(とくしん)した。


 先程、寺で散華の態度が一変したのは、線香に含まれる沈香の香りが、自分の『鬼』の香りに近かったおかげであるらしい。


 あの住職と親しく話をしてたのも、香をたいた御堂(おどう)誦経(ずきょう)している彼に、沈香の香りが染みついているからと思われる。


 もちろん、彼の人柄が、散華にとって相性が良いのだろうが、他人の『鬼』の臭気を気にせずに話せるというのは、散華にとって、かなり重要な事のようだ。


 そのような事を水谷が思案していると、散華は近くにあった座布団を枕にして、板の間にゴロンと横になった。


 よく見ると、(ひたい)に脂汗が浮いている。


 今にも吐きそうな様子に、水谷はハッとした。



「あの・・・もしかして、ボクと一緒にいるのもキツいですか・・・?」



「いや・・・『瘴気』を払ったら、()んだ匂いはしなくなったぞ」



「でも、『鬼』自身の匂いって、するんですよね?」



 水谷は慌てて、散華と距離を取った。


 水谷に寄り添っていた『シキ』も、部屋の(すみ)まで走って行き、丸くなって様子をうかがう。


 そんな水谷を、散華は目を細めて見やった。



「そんな風にしなくても大丈夫だ・・・駄目だったら、すでに吐いてる」



 その言葉に少し安心したが、散華の顔色は相当悪い。


 どう対処したものかと、水谷は困惑した。



「カエデが来るまで寝るわ・・・適当にやっててくれ」



 そう言うか否や、散華は寝返りを打つと、寝息を立て始めた。


 気をつかうつもりが気をつわせてしまい、水谷は申し訳ない気分になる。



 『鬼』に対して嗅覚があると聞いて、正直ピンと来なかったが、かなり大変そうであった。


 なぜ、こんな辺鄙(へんぴ)な土地の、更に村はずれに住んでいるのか、水谷はやっと理解する。



 でも、それって・・・



 同時に、水谷は胸を鷲掴(わしづか)まれる心地がした。


 他人の『鬼』を取り()かせる事は、彼にとって相当な負担なのでないか。


 しかも、寝ている間――『隠世』でまで、自分を助けようとしてくれている。



 あえて孤独を貫く生活をしているのに―――


 いや、たとえ『鬼』の事が無くても、四六時中、自分の面倒を見るなど、心が休まらないに決まっている。


 身内ですら、いつ発作を起こすとも分からない自分の面倒に難儀していたのだから。



 途方に暮れていると、玄関の戸を叩く音が聞こえ、水谷は我に返った。


 慌てて向かうと、すりガラスの向こうに、長身の人影が透けて見える。



圭吾(けいご)か?」



 まだ馴染(なじ)めない名前に戸惑いつつ、水谷は引き戸を開ける。


 すると、剣道の道着なのか、(はかま)姿のカエデが立っていた。


 防具はないが、背には竹刀(しない)袋を背負っている。


 一瞬表情を曇らせたが、いつものように穏やかに笑い掛けて来た。



「ヒドい顔だな」



「え・・・」



「私がいない間に、何かあったか?」



 水谷がうつむいて黙り込んでいると、カエデは奥をのぞき込んだ。


 散華が寝ているのが見えたのか、人差し指を立てて、口元に寄せる。


 そして、声をひそめながら、にっこりと微笑んだ。



「まぁ、こうなるような気はしていた」



 そのまま(きびす)を返すと、水谷に手招きをした。


 水谷は雪駄(せった)()くと、小走りでカエデを追い掛ける。



「気にするな、圭吾。お前は、いつ死ぬとも分らんが、散華は早々くたばらない」



「そ、そういう問題・・・?」



「当たり前だ。お前は病人だぞ」



「そうだけど・・・」



 不意に、カエデは坂の方を横目に見て、口元を吊り上げた。


 好戦的なその表情に、水谷は寒気を覚える。



「フッ・・・出歯亀(でばがめ)か」



 そういうとカエデは、背負っていた竹刀袋を手早く解いた。


 その中身に、水谷は息を呑む。


 驚いたことに、中から出てきたのは、竹刀ではなく、本物の日本刀であった。


 カエデは左腰にかまえると、鯉口(こいくち)を切って、鮮やかな手つきで抜刀する。


 刹那(せつな)、大気が振動し、『鬼』たちの手前で急激に()ぜると、驚いた『鬼』たちは、蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げ去っていった。


 その有様に、水谷は呆然と立ち尽くす。



「す、すごい・・・何、今の?」



「『瘴気』で、相手を威嚇(いかく)したのだ」



「ねぇ!ボクも出来る!?」



「可能だが、これは下手をすれば挑発になる。あまり推奨出来ない」



「・・・便利だと思ったんだけどな~」



「相手に干渉するより、相手から見えなくなった方がいい・・・こんな風にな」



 すると、カエデの背後に、大小様々な無数の紅い金魚が現れた。


 今までの経験上、人一人に対し『鬼』は一匹だと思っていたが、何十匹といる。


 小さな一匹を見た時は愛らしい印象だったが、その圧倒的な数に、水谷は肝が冷えた。


 また、よく見ると、ドス黒い体液みたいなものが、金魚の体内に満ち満ちている。


 そういう点でも、カエデの『鬼』の特異さは際立(きわだ)っており、水谷は言葉を失った。



「少しココから離れよう。私の『鬼』は、散華に嫌われておるのでな」



「え・・・」



「死んだ獣をドブに切り捨てたような匂いがするそうだ」



 カエデの瞳に、どこか寂しげな色がにじんだ。


 その事で、カエデが少なからず心を痛めていることに、水谷は気付く。



「普段、散華に会う時は、『きらら』は遠くで待たせている」



「『きらら』・・・師匠の『鬼』は、『きらら』っていうんだね」



「言う機会はあまり無いと思うが、『鬼』の名前は、なるべく人に教えるな。『瘴気』の影響を受けやすくなる」



「え・・・それなら、ボクに教えて良かったの?」



「お前は、私の可愛い弟子だ。それに、私は『瘴気』の耐性が非常に高いのでな。教えたところで、不利益をこうむるほど弱くない」



「すご~い」



「では行くぞ、圭吾!」



「えっと、あの・・・師匠」



 カエデは、急に瞳をキラキラとさせた。


 本当に師匠と呼ばれるのが気に入っているらしく、嬉しそうに水谷に微笑み掛ける。



「どうした?」



「その・・・本当に、散華さんに頼っていいのかな~・・・って」



「頼りないか?」



「そんなことっ・・・ただ・・・散華さんが気の毒で」



()け負う気が無ければ門前払いされていた。事実、その方が多い」



「でも・・・毎回、断れないように仕向けるって・・・」



「断れないように仕向けても、アイツはためらいいなく断る。本当に薄情なのだ」



 カエデは日本刀を(さや)に納め、袋に戻した。


 そして、何かを思い出したのか、おかしそうに笑い出す。



「通過儀礼なのだ。大抵断られて、東雲(しののめ)が引き受ける」



「じゃあ、東雲さんという方が留守だから、引き受けてくれたのかな・・・?」



「そんな気のよい奴じゃない。家に上げることはおろか、相手の名前すら聞かずに帰らせる」



「―――」



「一緒にいて分かったと思うが、散華が人を寄せ付けること自体、(まれ)なのだ」



 カエデはニヤニヤと笑いだすと、あごに手を添えた。


 何かを企んでいる悪童(あくどう)のような笑みである。



「早く東雲は帰って来ぬかなぁ。こんなに面白い事になっておるというのに」



 散華が頻繁(ひんぱん)に溜息をつく理由が、この時ばかりは、水谷にも分かる気がした。


 そして、少しでも彼の負担にならないようにと、気持ちを新たにするのだった。

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