-鬼灯の送り火- 11
しばらくして、二人は山門をくぐり、寺の裏手へと歩いて行った。
『白蓮』は、せわしなく堂の床下をのぞき込んだり、木の上の方を探るように眺める。
しかし、次第に顔をしかめ、小さな声で唸った。
「胎児の気配はあるのか」
「うん」
「下がれ、俺が暴く」
『虚』は錫杖を振り上げると、地面に勢いよく突き立てた。
大気が振動すると、周りの木々がザワリと騒ぐ。
すると、口元を三日月のように吊り上げ、『虚』は含むような笑みを浮かべた。
「俺が・・・やすやすと見逃すか!」
すると、錫杖を構え直し、それを本堂に向け、投擲の如く投げ飛ばした。
堂の壁へと突き刺さった瞬間、女の金切り声が辺りにこだまする。
同時に、血染めの腰布を付けた半裸の女が現れ、胸に突き刺さった錫杖を抜き取ろうと、もがきだした。
『虚』は颯爽と歩み寄ると、女に向かって鋭い眼光を向ける。
「お前が、胎児の『鬼』をさらったな」
―― かなしや・・・さびしや・・・
「大人しく返せ」
―― いやじゃ・・わらわの子じゃ・・・わらわが産むのじゃ
「他人の子を産めるワケがなかろうが。もう一度言う、大人しく返せ」
―― いやじゃ・・・いやじゃ、いやじゃ、いやじゃ、いやじゃ!!
女は、忌々しげに歯ぎしりすると、うねる長い髪を逆立てた。
長い髪は燃え立つようになびき、口からは緑色の炎が噴き出し始める。
炎の熱気が、『虚』の前髪を揺らした。
「大人しく返さぬのだな」
『虚』は、女の腰布をたくし上げると、容赦なく女の下腹部に腕を突き入れた。
女は、耳をつんざくような声で叫び、『虚』の髪をむしるように掴む。
しかし、そんな事にはかまわず、『虚』は更に、腹の奥へと手を差し込み、女の腹から赤い塊を抜き取った。
次の瞬間には、女の胸に刺さった錫杖に飛び乗り、女を胸から股下まで一気に引き裂く。
無駄のない一連の動きに女は唖然とし、急激に襲ってくる容赦ない痛みに、もんどりをうち始めた。
もつれるように体を這わせ、断末魔を思わせる金切り声を上げながら、茂みの奥へと逃げて行く。
その様を見て、『虚』は吐き捨てるように笑った。
「子供じゃあるまいし、駄々をこねおって」
『虚』が口元を吊り上げたまま振り返ると、『白蓮』は、赤面して顔をこわばらせていた。
両手で顔を覆うと、これでもかというほど、激しく首を振る。
「は、はずかしい・・・」
「お前、この手の事は不得手であろう。だから、こんな場所まで付き添ったのだ」
「信じられない・・・あんなトコロに・・・」
「仕方なかろう。子宮に胎児の『鬼』を忍ばせておったのだからな」
「だからって、素手でやる!?」
「腹を裂いても良かったが、間違って胎児まで傷付けたら困るだろ」
『虚』が血まみれの手を差し出すと、手の中に赤い塊が握られていた。
何やらいびつな円錐状の実を、『白蓮』は、ためらいがちに受け取る。
「なに・・・これ・・・」
「ホオズキだ。妊婦を堕胎させる作用がある。これで胎児の『鬼』を連れ去ったのだ」
『白蓮』は、まじまじとホウズキを観察すると、袋状の実を、そっと指で引き裂いた。
すると、中には枯れ葉のようなモノが入っており、『白蓮』はいぶかしげに見つめる。
そして、指先でひっくり返すようにつつくと、『ソレ』はピクリと動いて、弱々しく起き上がった。
シジミチョウであった。
黒地の翅に彩られた橙色の斑点が、灯のように美しい。
蝶は弱々しくホウズキの中から飛び立つと、『白蓮』の指にヒラリと舞い降りた。
「弱っておるな」
『虚』は、自分の左耳に手を添えると、耳飾りの先端にある蝉の翅を取り外した。
そして、蝶がとまっている辺り――『白蓮』の指先に強く押し当てる。
「イタッ・・」
小さな傷から血があふれ出すと、蝶は傷口に口吻を添えてすすり始める。
刹那、翅の橙の斑点が、燃え立つように輝きだし、蝶は戯れるように、二人の周りを飛び回った。
「血縁者の魂魄は似通っているからな。その場しのぎだが、やらぬよりマシだ」
「『虚』・・・すごいね」
「単にお前の指先を切っただけだ。お前が自分でやっても同じだぞ」
「ものしり」
「知りたくないような事も、知っておるがな」
『虚』は、蝉の翅に付いた血をぬぐうと、耳飾りに戻しながら含み笑いをした。
そして、目の前をヒラヒラと飛ぶ蝶に、止まり木のように人差し指を差し出す。
蝶は、すがり付くように止まると、微笑むかのように羽の燐光を明滅させる。
「『戯』の親バカぶりに、拍車がかかるな」
『虚』は、ニタニタといやらしく笑った。
だが、蝶が翅を開いては閉じ、閉じては開く様子を眺めているうちに、口元が静かな笑みに変わる。
そして、前髪の隙間からのぞいた瞳に、蝶の燐光をほんのりと映しながら、まるで溜息をつくようにポツリとつぶやいた。
「かわいらしいな・・・」
その様子を、『白蓮』はジッと目を見開いて見つめた。
あまりに真顔で見てくるので、『虚』は顔をしかめる。
「なんだ?」
「かわいいって、思うんだ」
「・・・俺を何だと思ってる」
「おせっかいな、こころない、人殺し」
すると、指に止まっていた蝶が、しきりに翅を震わせた。
その懸命な様に、『虚』は苦笑いを浮かべる。
「――かまわぬ。『白蓮』のいう事は的確だ」
蝶は悲し気に翅を広げると、指先にすりついた。
切ない泣き声が聞こえて来そうな様子に、『虚』は口元を緩めながら溜息をつく。
「そうだな・・・お前の意見をくんで反論するなら、俺にもめでる心はあるという事だ」
「コドモに手を出したら、殺スヨ?」
「お前、本当に俺を何だと思ってる」
「冗談だよ」
そう言うと、『白蓮』は声を上げて笑い出した。
その屈託のない笑みに、『虚』は苦笑いを浮かべる。
「言うようになったな」
『虚』も悪ふざけを楽しむ子供のように、キシキシと笑い出した。
そんな二人の笑い声に合わせるように、シジミチョウは華やかに舞い上がる。
橙にきらめく軌跡が、クスクスと笑っているようであった。




