-鬼灯の送り火- 10
破れ寺の山門に、『白蓮』は腰を下ろしていた。
その膝の上には、『虚』が空蝉の姿で乗っている。
しばらく周りの気配をうかがっていたが、事なきを得たと確信し、『虚』はカタリと体を軋ませた。
そんな『虚』に、『白蓮』は小首をかしげて問い掛ける。
「どうしたの?」
しかし、問いには答えず、『虚』は前足の間に顔をうずめた。
長い沈黙が延々と続く。
カサリ・・・
急に近くの茂みが、かすかに葉擦れの音を上げた。
それと同時に、『虚』は痙攣するように身構える。
『虚』が射殺すような眼差しを向けていると、小さなカヤネズミが茂みの陰から顔をのぞかせた。
チュ・・・
『虚』たちは『遁甲』している為、向こうからは姿が見えない。
しかし、それでも何かの気配を感じているらしく、カヤネズミは、せわしなく鼻をひくつかせた。
「『鬼喰らい』だけど・・・あの子、たいして強くないよ」
「うるさい、だまれ」
『白蓮』を叱咤すると、『虚』は緊張した面持ちでカヤネズミを睨み続けた。
すると、かすかに感じる気配を見定められなかったらしく、カヤネズミは小首をかしげ、ささっと足早に走り去る。
二匹の静かな戦いの結末に、『白蓮』はクスクスと笑い出した。
「ほらね」
しかし、構えを解かない『虚』に気付き、『白蓮』は言葉を失った。
震えてる・・・
『白蓮』が、そっと背中に手を当てると、『虚』はビクリと跳ね上がった。
だが、『白蓮』が、そのまま手を添え続けると、振り上げた腕をなで下ろし、膝の上で丸まる。
まるで普段とは別人の『虚』を、『白蓮』は、うかがうようにのぞき込む。
「コワいの?」
しかし、『虚』は返事をすることなく、土の中で夏を待っている蝉の幼虫のように動かない。
『白蓮』は、どう慰めたものか、皆目言葉が見つからず、考えあぐねた末、『虚』を掴むと、おもいきり真上に放り投げた。
「―――っ!?」
落ちてきた『虚』をキャッチすると、『白蓮』はおかしそうに笑った。
『白蓮』に体を掴まれたまま、『虚』はグギギギギと異音を立てる。
「俺を手毬代わりにするな!!」
「たのしい?」
「・・・・」
「ねぇ、たのしい?」
「・・・少しな」
「よかった」
『白蓮』は、ニコニコと屈託なく微笑んだ。
『虚』は軋むような音を上げると、掴まれた格好のまま、身を縮めて顔を隠す。
「・・・すまぬ、『白蓮』」
「なに?」
「お前を・・・少し誤解していた。お前、悪気はないのだな」
『白蓮』は控えめに微笑むと、『虚』を膝に下ろした。
『虚』は体勢を整え、『白蓮』を見上げる。
「で、どうしたの?」
「・・・『鬼喰らい』の『鬼』共は、俺にとって天敵なのだ」
「どうして?」
「『鬼喰らい』の『鬼』は、『瘴気』を生みの親の元に、持ち帰る能力がある」
「ボクも、『戯』と『東雲』に連れてかれた。たのしかったよ?」
「俺は『瘴気』を持っていかれると、飢餓状態になって飢え死にする」
「―――」
「相手が数体程度はどうにかなるが・・・あの数の『鬼』に持って行かれたら、ひとたまりもない―――それに」
「それに?」
「俺は、今まで喰らった『鬼』の『瘴気』を、魂魄の内に蓄積している。『鬼喰らい』の『鬼』共は、その『瘴気』を取り出そうと・・・襲ってくるのだ」
『虚』は、カタリと軋む音を上げた。
前足の爪が、『白蓮』の制服を引き寄せるように食い込む。
「その時に、魂魄を砕かれる」
「―――」
「あの集団に・・・寄ってたかって、肢体をバラバラにされるのだ」
『虚』は、再び縮こまった。
『白蓮』が背をなでると、更に爪を食い込ませる。
透けて見える赤褐色の体液が、かすかに打ち震えて水面が揺れた。
「・・・『虚』にも、コワいモノがあるんだね」
「フン・・・」
「かえってイイよ?」
「―――」
「ボク、独りでさがす」
「お前一人では無理だ」
「・・・たよりない?」
「そうではない!俺にも、これだけ不得手があるように、お前にも不得手があろう!」
『虚』は、重厚な門扉を閉めるような声で唸った。
『白蓮』は、突然強気になった『虚』の態度に目を丸くする。
「お前は確かに享楽的な所はあるが、事を成す力は備わっておる」
「おだててない?」
「得もないのに、おだてて何になる」
『白蓮』は、ほのかな笑みを浮かべ、瞳に涙をにじませた。
涙を、一つ、二つと、したたらせると、かすれた声でつぶやく。
「・・・『虚』」
「なんだ?」
「うれしい!」
『白蓮』は、再び『虚』を両手で抱き上げると、渾身の力を込めて抱き締めた。
空蝉の姿態から、ミシミシといつもとは違った軋む音が上がる。
「ぎゃああ!!」
「どうしよう・・・昇天しそう」
「や、やめろッ、離せ!俺が昇天する!!」
『白蓮』が、いよいよ力を込めると、砕けそうな音が更に上がる。
すると、子猫ほどの大きさだった『虚』は、小さな空蝉へと分散し、こぼれ落ちるように『白蓮』の手から逃れた。
次第に、散り散りに逃げた空蝉は寄り集まり、紅い燐光を放つと、人の姿へと変化する。
瞬間、小童となった『虚』は、長い錫杖を思いきり振り下ろした。
ガンッ・・・
もろに脳天に直撃を受けた『白蓮』は、頭を押さえてうめき声を上げた。
一方、『虚』は蝉の翅の耳飾りを振り乱し、ぜぇぜぇと息を切らす。
「・・・いっ・・・たいぃ・・・」
「痛いように殴ったんだ!!この馬鹿者が!」
「そんな・・・本気でなぐらなくても・・・」
「本気で締め上げたのは、お前であろうが!魂魄が砕ける寸前だったぞ!!」
「『東雲』は、こうすると喜んでたよ?」
「あの淫乱娘・・・お前の手加減のない歪んだ感情表現はアイツのせいかっ!」
『虚』が息も絶え絶えに叫ぶと、『白蓮』は小首をかしげた。
何も分かって無さそうな様子に、『虚』は、げんなりと頭を垂れるのだった。




