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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
鬼灯の送り火
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-鬼灯の送り火- 9

 曼殊沙華が咲き誇る参道は、いつの間にか石畳がまばらになり、土がむき出しの野道のように変わっていった。


 その野道も、いつの間にか獣道へと変わり、遂には道と言えるものが無くなり、大小様々な岩と、名もない草花の群生にとなる。


 そんな景色に囲まれながら、『白蓮(びゃくれん)』は辺りを見回していた。


 その横では、息切れしている『(うつろ)』が錫杖(しゃくじょう)にもたれてグッタリとしており、『白蓮』は、きょとんとした顔で、『虚』の顔をのぞき込む。




「走るの、ニガテ?」



「お前が速すぎるんだ!!」



「ムシの姿になれば?」



「あの姿では、ますます速く走れぬ。しがみつくのに特化した姿だからな」



「じゃあ、ボクに、しがみつく?」



「その方が助かる」



 『白蓮』は『虚』の言葉に、嬉々とした表情を浮かべた。


 ちょっとした事でも、認められると大袈裟(おおげさ)に喜ぶ。


 そんなところが、つたない口ぶりよりも幼さを感じさせた。



「今日は機嫌が良いな。この前は悪かったが」



 その言葉に、『白蓮』は顔をしかめた。


 プイッとそっぽを向くと、頬をふくらませる。


 その仕草が、姉のアヤメにソックリで、『虚』はキシシシシッと声を上げて笑った。



「つれなくするから、『(そばえ)』がションボリしとったぞ」



「だって、さいごまで遊んでくれない」



「薫が横取りしていくからな。ガキの『鬼喰(おにぐ)らい』なんてそんなものだ」



「だからってヒドい」



「薫は『見えている』ぞ」



 そっぽを向いていた『白蓮』は、振り返った。


 その鳩が豆鉄砲を食ったような顔に、『虚』がニンマリと口元を吊り上げる。



「しかも、あの夢彦の子だぞ。誘えば、執拗(しつよう)に遊びつくしてくれるのではないか?」



 『白蓮』は、瞳ををキラキラと輝かせた。


 あまりにも感極まった姿に、『虚』は吹き出しそうになる。


 しかし、不意に口元を歪め、後ろを振り返った。


 緊張した面持ちの『虚』に、『白蓮』は怪訝(けげん)そうに視線を追る。



「なに?」



「シッ・・・」



 二人は近くの大樹の陰に身をひそめた。


 ねっとりとした重苦しい気配が、ひとつ、ふたつ ――。


 身の毛がよだつ禍々(まがまが)しい声が、ざわざわと近づいてきた。


 『白蓮』が慎重にのぞき込むと、そこには姿も様々な『鬼』たちが跋扈(ばっこ)している。



 頭から赤い角の生えた女。


 人間の二本足で歩くカエル。


 全身に無数の目がある、黒い玉のような生き物。


 口が耳まで裂けた狼。


 他にも人のようで人でない、獣のようで獣ではないモノたちが、ぞろぞろとやって来る。



「『鬼喰らい』の『鬼』共だ・・・」



 『虚』は、聞こえるか聞こえないかと言うような声で(ささや)いた。


 『白蓮』は楽し気に微笑むと、目の前の百鬼夜行へと一歩踏み出す。


 『虚』は慌てて『白蓮』の服を掴むと、囁き声で叫んだ。



「やめろ!!アイツらに関わるな!」



「どうして?」



「『無害化(むがいか)』されるっ!」



「たのしいよ?」



 『虚』は歯を食いしばると、『白蓮』の服を更に強く引き寄せた。


 大樹の根を踏みそこねた『白蓮』は、バランスを崩して背中から倒れ伏す。


 その上に馬乗りになると、『虚』は胸倉を(つか)んで、前髪の隙間から鋭い眼光を投げ掛けた。



大概(たいがい)にしろよ・・・」



 『虚』は、地の底から響いてくるような、重々しい声音を上げた。


 前髪に隠れた瞳が、怒りをにじませ、ゆらりと揺れる。



 おおおおおおぉん・・・



 しかし、禍々しい咆哮(ほうこう)が辺りに響き渡り、『虚』は百鬼夜行をチラリと見やる。


 すると、瞳に浮かんだ鋭い光は鳴りをひそめ、焦燥の色をにじませて見開かれた。




 ―― 匂うぞ



 ―― 強い『瘴気(しょうき)』だ



 ―― 良い土産になる



 ―― 持ち帰れば、良い曲が浮かぶぞ



 ―― 持ち帰れば、傑作(けっさく)になりそうじゃ




 ざわりと、気配がコチラに向いた。


 『虚』は『白蓮』から飛び降りると、一気に百鬼夜行とは反対方向に駆け出す。


 ここまで駆けてきた時とは段違いのスピードに、さすがの『白蓮』も、事の重大さを(さと)った。


 青い瞳を燐光(りんこう)の如く光らせると、目にもとまらぬ俊足(しゅんそく)で追い掛ける。



「いくよ」



 大きく踏み込むと『虚』の(えり)首を掴み、さらに加速する。


 そして、咄嗟(とっさ)に空蝉に変化した『虚』を胸に抱え、霹靂(へきれき)の如く常闇(とこやみ)の中を走り去ったのであった。


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