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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
鬼灯の送り火
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-鬼灯の送り火- 7

 恭一郎は診療所の待合室に戻ると、手術室の扉の前までやって来た。


 しかし、扉が開く気配はなく、奥から足音がわずかするだけである。


 重苦しい空気に、恭一郎は深く溜息をついた。





「恭一郎」





 恭一郎が振り返ると、悲壮な顔をした『(そばえ)』がたたずんでいた。


 その側には、大きな魚のような生き物が寄り添っている。



 子供の(くじら)であった。



 悲痛な長い鳴き声を上げると、『戯』は、そっとその胴体をなでる。



「『戯』・・・大丈夫か?」



「あぁ、『くー』を取り()かせたから、薫も落ち着いた」


 『くー』と呼ばれた鯨の子供は、甲高い声を上げて一鳴きした。


 恭一郎は近付くと、その鼻先を軽くさする。




 ――『くー』、何があった?



 単刀直入な物言いに、恭一郎は肩に乗っている(あか)い空蝉を(にら)みつけた。


 恭一郎の態度に、『(うつろ)』はギギッと(うな)るような音を上げる。




 ――時間が勝負な時に、遠慮してる場合か




 「そうだが、薫はまだ四歳だろ・・・」




 ――薫は『鬼』を認知出来る『鬼喰(おにぐ)らい』だ。普通の子供ではない。




 『虚』は、恭一郎の肩から乗り出すと、軋む音を上げた。


 『虚』の気迫に、『くー』は緊張した面持ちで見返す。




 ――腹の子の『鬼』が消えたのだな




 恭一郎は、目を見張って『くー』を見つめた。


 『くー』が(おび)えた様子ですり寄ると、『戯』は控えめに微笑んで、姿態をなでる。




 ――言っておっただろう、いないとな




 キュゥ・・・




 『虚』が唸り声を上げると、恭一郎は眉をひそめた。


 話が読めていない様子に、『虚』はカタリと乾いた音を上げる。




 ――この世に生を受けた瞬間から、『鬼』も同時に生まれる。




 胎児(たいじ)にも、『鬼』がいるのか。




 ――『鬼』がいなくなると、肉体が『瘴気(しょうき)』に対して無防備になるだろ




 不完全な肉体では、わずかな『瘴気』でも命に関わると・・・。




 ――そういう事だ




 恭一郎が『戯』に視線を向けると、『戯』は悲哀をにじませた瞳で見つめ返してきた。


 その顔に、恭一郎は苦心した顔を向ける。




 ――『くー』、腹の子は、どうしたのだ



 『くー』はビクリと体を震わせると、『戯』の後ろに隠れた。


 震えた声で短く鳴くと、『虚』と『戯』が息を呑む。



 ――『隠世(かくりよ)』に連れて行かれただと!?




「『隠世』?」




 恭一郎は眉根を寄せて、『虚』に問い掛けた。


 苦々しい様子で、『虚』からギシギシと軋む音が鳴り響く。




 ――夢彦の書いた『吉原奇譚(よしわらきたん)』の『隠世』に近い場所だ。更にエグい所だがな




 ・・・『鬼』の世界、という事か?




 ――正確に言えば、成り代わる寸前の『鬼』の世界だ




 (たち)の悪い連中ばっかりいそうだな・・・。




 ――『瘴気』が強すぎて、肉体に拒絶された『鬼』の吹き溜まりだからな




 どうやって行けばいい?




 ――恭一郎、お前が探しに行けるところではない




 お前なら、探しに行けるか?




 ――行くことは出来るが、会った事もない『鬼』を探し出す事は出来ない




 胎児の『鬼』だと、見た目で判断できないと?




 ――『鬼』の見た目があてにならない事は、俺を見れば分かるだろうが




 ・・・そうだった




 ――『隠世』で特定の『鬼』を見つけるには、『(えにし)』が必要なのだ




 『縁』?




 ――『鬼』と『鬼』同士の(つな)がりだ。肉体同士で面識を持つと繋がる




 顔見知りにならないといけないのか・・・。


 なるほど、胎児じゃ追えないな。




 ――だが手がないワケではない。生まれつき持つ『縁』が、一つあるからな




 ・・・『血縁(けつえん)』か?




 ――そうだ。腹の子の血縁者なら、『隠世』で『鬼』を追うことが出来る




 恭一郎は、『戯』と『くー』をジッと見つめた。


 しかし、『戯』は困惑した顔で、恭一郎を見つめ返す。



「『戯』、どうした?お前たちは血縁者じゃないか。何か問題があるのか?」



「恭一郎・・・『隠世』に行くには、肉体が眠っている必要があるのだよ」



「―――」



「薫も夢彦も、こんな非常事態では、眠りたくても眠れぬ」



「・・・だろうな」



 ――幹久がおるではないか



 『虚』の発言に、『戯』は驚愕の色を浮かべた。


 そんな『戯』の様子に、『虚』はカタリと軋む音を上げる。



「しかし、『虚』・・・『白蓮(びゃくれん)』とは、まだそこまで仲が良くなかろう。一緒で大丈夫なのか?」



 ――アイツに()られるほど弱くない



「力の問題ではない。協力しなければ、胎児の『鬼』を見つけるどころか、『隠世』で生き残れぬであろう!」



 ――そこは、何とかする。恭一郎も、それでかまわぬな



 恭一郎がうなづくと、『戯』は押し黙った。


 側に寄り添った『くー』は、その張り詰めた雰囲気に不安げな声を上げる。


 二人の追い込まれたような様子に、恭一郎は口元を吊り上げて、『虚』に切れ長な瞳を向けた。




「行って来い、『虚』。そんな所なら、なおさら胎児の『鬼』を(さが)し出さなくてどうする」




 ――というワケだ、『戯』。お前たちは、肉体の方が『瘴気』に侵されぬよう守っててくれ




 言うか否や、『虚』の気配は闇の彼方へと消えて行った。


 そんな『虚』を見送ると、『戯』は悲哀に満ちた瞳で恭一郎に微笑み掛ける。



「すまぬ・・・恭一郎」



「普段、頼りっぱなしなんだ。気にするな」



 恭一郎の言葉に、『戯』は穏やかに微笑んだ。


 そして、『くー』を連れ立って、手術室の中へと姿を消す。


 静かになった待合室で独り、恭一郎は長椅子のソファに腰を下ろした。



「・・・俺だけが、役に立たないけどな」



 独りつぶやくと、恭一郎は待合室の柱時計をジッ見つめる。


 そして、無常に過ぎ行く時間を、憎らし気に睨みつけるのであった。


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