-空蝉の宴- 7-2
美しい日本庭園が、縁側の先に広がっている。
応接室は洋室であったが、庭の景色と馴染んでいて、唐突感がない。
上品なコーヒーカップを手に持ちながら、水谷は感銘の溜息をついた。
「この前、『鬼喰らい』の造園職人の方に、手入れをしていただいたのでございます」
声を掛けられ、水谷は室内の方に視線を移した。
そこには、一人の女性が座っている。
小柄な為、十四、五歳くらいにしか見えない。
しかし、落ち着きのある口調が大人びていて、見た目以上の年齢であると感じさせた。
ただ、その格好は、かなり奇抜である。
半袖の真っ白なセーラー服。
ヒラヒラのフリルの付いたエプロン。
まるで、欧州の絵本に出てくる少女のようであった。
「庭も凄いけど、姐さんもスゴい格好だね~」
「ご依頼主の方が、洋装贔屓でございまして、侍女であるワタクシも、このような格好をしているのでございます」
「ますます、僕より年上には見えないな~」
――東雲・・・コノヒト、ダレ?
東雲の背後から、白い蛇が顔を出した。
鎌首をもたげて、水谷を睨みつける。
――バカにした・・・殺シテイイ?
「彼は、ワタクシの弟弟子なのでございます。親しみを込めております故、馬鹿にしているワケではございません」
白蛇は、憮然とした顔で水谷を見すえた。
しかし、水谷は受け流すように、ぼんやりとした笑みを浮かべる。
「師匠から、紅い『死鬼』の話は聞いてる?」
「・・・はい、自ら『死鬼』の糧になると申し出られた時は、寝耳に水でございました」
「ごめんなさい・・・ボクが、勝手な行動をしたばっかりに」
「こじつけです」
「こじつけ?」
「師匠は、貴方が『隠世』で偵察しなくなる手段を、ずっと探しておりましたから」
「いっそ、『裏御前』に存在がバレていいよ・・・」
「『裏御前』に貴方の存在を隠し通す事が、兄様の遺志でございます」
「・・・それは、分かってるけど」
「師匠は自分の事よりも、兄様の遺志を貫くおつもりなのですよ?」
「――――」
「兄様は、ワタクシたちが『裏御前』に手を下されないように計らえと、師匠に言ったと思われます。でなければ、ワタクシが『死鬼』殺しの任を解かれ、ココに来ることにはならないかと」
「成り代わる寸前の『鬼』を相手にすれば、師匠の事で動けなくなる・・・それに、『裏御前』からも距離を置かせる事が出来る」
「そういう事でございましょう」
水谷と東雲は、お互いに沈黙する。
息の詰まるような時間が、長く続いた。
困惑の色を浮かべ、水谷は話を切り出す。
「ボク・・・どうすればいいんだろ」
「師匠のおっしゃる通り、夢彦様の面倒をよく見る以外にありません」
「面倒って・・・『鬼』を認識出来ないのに~?」
「『鬼喰らい』として目覚めているなら、『鬼』の面倒は必要ありません」
「・・・じゃあ、どんな?」
「兄様の時と同じです。貴方の十八番でございましょう?」
「・・・ご飯を食べるようにとか、ところかまわず作業しないようにとか、夢想し過ぎて川に落ちないようにとか」
「まぁ、懐かしい」
「アレを、またやるの・・・?」
「『鬼喰らい』の宿命でございますから」
「頭痛いな~」
「あら、『無害化』して差し上げましょうか?」
口元に手を当てて、東雲はクスクスと笑った。
水谷は、重い溜息をつく。
「でも、真面目な話・・・本当に師匠が、その紅い『死鬼』に食われる事になったらどうする?」
東雲は、瞳の奥に冷たい気配を宿した。
水谷も、細い目を更に細める。
「・・・師匠の意向をくまないという事は、『裏御前』に味方するのと同じです」
「―――」
「たとえワタクシたちの本意で無かったとしても、師匠の味方であり続けるには、言うとおりにするしかないでしょう」
「本当に・・・本当にそれしかないのかな・・・」
「師匠の命を助ける為に、その『死鬼』と、生みの親である『死鬼喰み』に手を上げたとして、師匠に止めらたらどう致しますか?」
「・・・怖いこと言わないでよ、姐さん」
「今回、顔を合わせる事がなかった『死鬼喰み』が、師匠も含め、我々を敵とみなした場合、どう致しますか?」
「それ、一番最悪なシナリオじゃない?」
「いえ、その『死鬼喰み』が『裏御前』の味方となる事が、一番最悪でございます。そうですね、そうなった場合、まず初めに考えられる事と言えば」
「お願い、やめて。お腹痛い・・・」
「師匠が、その『死鬼』に恩を売りたかったのも、その辺りの事情があっての事でございましょう」
「なんか・・・師匠の弱みにしかなってないね、ボクら」
水谷はコーヒーの水面を眺め、照り返す夏の日差しに目を細めた。
東雲も、同じ黒い液体を口に含む。
重苦しい沈黙が、再び延々と続いた。
カタリ
すると、部屋の隅にある、応接室の扉が鳴った。
東雲も水谷も、同時に振り返る。
見ると、小学生らしい少年が、扉の陰からコチラの様子をうかがっていた。
「あぁ、幹久様!お目覚めになられたのですか」
そそくさと扉の方へ走って行くと、東雲は恍惚とした笑みを浮かべた。
少年は東雲の陰に隠れると、目元を引きつらせ、怯えた様子で水谷を見る。
「こんにちは~」
水谷が、ぼんやりとした笑みを浮かべると、少年は更に東雲にすがり付いた。
東雲は感極まったように、天に祈るような仕草で喜悦の表情を浮かべる。
「姐さん、すごく仕事を満喫してない?」
「理想の職場でございます・・・」
「いいな~」
水谷は足元に置いてあったカバンを手に取ると、中から一冊の雑誌を取り出した。
それを少年に差し出し、穏やかに微笑む。
「本は好き?」
少年は、小さくうなずいた。
しかし、東雲は慌てた様子で水谷を指差すと、頬を膨らませて怒り始める。
「圭吾さん!どういうおつもりですか!!」
「え~、何?」
「まだ幹久様は十二歳でございます!そのような卑猥な話を読ませるなど」
「姐さん好みの、高圧的なサディストがデレるシーンとかあるよ」
「ありがたく拝見させていただきます」
水谷が吹き出すように笑うと、少年は、おずおずと雑誌を受け取った。
表紙をめくると、巻頭の題名を目で追う。
「空蝉の・・・宴?」
「すごいね、十二歳なのに読めるんだ」
「本・・・好きですから」
少年は、はにかむように笑った。
雑誌に視線を戻すと、上機嫌に読み進める。
先程の、こわばった表情が嘘のようであった。
「製本したら、あげようか?」
「本当ですか!?」
瞳をキラキラさせて見つめられ、水谷は口元をほころばせた。
その横にいる東雲も、穏やかに笑っている。
「しばらく・・・真面目に本業にいそしむかな~」
「えぇ、ワタクシも、そう致すつもりでございます」
「何か困った事があったら、いつでも言って」
夏の始まりを告げるように、庭園のどこかで、蝉が一匹鳴き始めた。
雑誌を読みふけっていた少年は、ふと顔を上げる。
そして、手に雑誌を持ったまま、縁側へと歩き出した。
庭先には、まばゆい夏の日差しが、鋭く降り注いでいる。
少年は、あまりのまぶしさに目を細めると、刮目して蝉の姿を探し始めたのであった。




