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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
空蝉の宴
64/153

-空蝉の宴- 6-11

 狭苦しい路地の袋小路に『黒天』は差し掛かった。

 振り返ると、白銀の狐が、すぐ後ろに立ちはだかっている。

 口からは青白い炎を吐き出しており、怒りに瞳が炯々(けいけい)と光っていた。


 ――・・ッキ


 『黒天』も威嚇するように、紅蓮の炎を身にまとった。

 ただ、巨大な白狐の炎に比べれば、まるで燭台(しょくだい)の灯のように(はかな)い。

 白狐がにじり寄り、『黒天』が身構えた瞬間、場違いな笑い声が高らかにこだました。


「アッハッハッハッハ!!こんなに小動物に囲まれるのは久しぶりだな!」


 そう言いながら、カエデは大きく刀を薙ぎ払った。

 迫る白刃(はくじん)を避ける為、白狐は普通の狐の大きさにまで小さくなる。

 そして、赤子の泣き声のような甲高い叫び声をあげると、大気を激しく鳴動させた。


「効かぬ!」


 カエデは耳鳴りがするよりも先に、刀で大気を叩き斬った。

 すると、好戦的な笑みは、喜悦の笑みへと表情を変える。

 その笑顔を見て、『黒天』だけでなく、白狐までもが凍りついたように固まった。


「さぁ、そんなに寂しいなら抱き締めてやる!ちこう寄れ!!」



 ――断る!!



「即答だな」



 ――お前のような女子(おなご)は好みではない!!



「なんと、それは残念だ・・・それより、お前の友がついて来ておらんが?」


 白狐は、ハッとしたように辺りを見回した。

 焦燥の色を浮かべ、急に不安そうに気配をうかがっている。


「さっき世間話をしていたのだが、コチラに来ないで何処かに行ってしまったみたいだな」


 白狐は、あり得ないとばかりに慌てふためいた。

 しかし、何か思い至ったのか、神妙な面持ちで黙り込む。



 ――・・・まさか



「私がお前から引き離したのは、分身ではなく本体だったぞ」


 白狐は愕然(がくぜん)とした様相を(てい)した。

 小童の気配を探しているのか、中天を見上げ、銀色の瞳を炯々と光らせる。

 すると、その居場所に衝撃を受けたのか、身震いすると、にわかに跳ね上がって、その姿を消した。


 『黒天』が空を見上げ、見送るように一声鳴く。

 空は遠くが白み始めていて、夜明けの準備が始められていた。


「『黒天』、犬飼は上手くやったか?」


 『黒天』は、短い鳴き声をしきりに上げた。

 その声に、カエデは表情を次第に曇らせる。


「・・・『隠世』に?」


 『黒天』が、更に事の次第を話し始めると、カエデは目元を引きつらせた。

 歯を食いしばり、焦燥の色が瞳に浮かぶ。


「『黒天』、犬飼の元に帰れ。私も急用が出来たのでな、行かねばならぬ」


 歩き出そうとするカエデの元に『黒天』が駆け寄ると、カエデは怒りのこもった視線を向けた。

 その凍てつく瞳に、『黒天』は身動きが取れなくなる。


「すまんな。お前を連れて行くワケにはゆかぬのだ」


 そういうと、仕込み刀を和傘に収め、すらりと滑らかな足取りで(きびす)を返す。

 濡れた黒髪を掻き上げると、何者も寄せ付けぬ気迫をにじませながら、朝日の届かぬ路地の闇へと溶けていったのだった。

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