-空蝉の宴- 6-11
狭苦しい路地の袋小路に『黒天』は差し掛かった。
振り返ると、白銀の狐が、すぐ後ろに立ちはだかっている。
口からは青白い炎を吐き出しており、怒りに瞳が炯々と光っていた。
――・・ッキ
『黒天』も威嚇するように、紅蓮の炎を身にまとった。
ただ、巨大な白狐の炎に比べれば、まるで燭台の灯のように儚い。
白狐がにじり寄り、『黒天』が身構えた瞬間、場違いな笑い声が高らかにこだました。
「アッハッハッハッハ!!こんなに小動物に囲まれるのは久しぶりだな!」
そう言いながら、カエデは大きく刀を薙ぎ払った。
迫る白刃を避ける為、白狐は普通の狐の大きさにまで小さくなる。
そして、赤子の泣き声のような甲高い叫び声をあげると、大気を激しく鳴動させた。
「効かぬ!」
カエデは耳鳴りがするよりも先に、刀で大気を叩き斬った。
すると、好戦的な笑みは、喜悦の笑みへと表情を変える。
その笑顔を見て、『黒天』だけでなく、白狐までもが凍りついたように固まった。
「さぁ、そんなに寂しいなら抱き締めてやる!ちこう寄れ!!」
――断る!!
「即答だな」
――お前のような女子は好みではない!!
「なんと、それは残念だ・・・それより、お前の友がついて来ておらんが?」
白狐は、ハッとしたように辺りを見回した。
焦燥の色を浮かべ、急に不安そうに気配をうかがっている。
「さっき世間話をしていたのだが、コチラに来ないで何処かに行ってしまったみたいだな」
白狐は、あり得ないとばかりに慌てふためいた。
しかし、何か思い至ったのか、神妙な面持ちで黙り込む。
――・・・まさか
「私がお前から引き離したのは、分身ではなく本体だったぞ」
白狐は愕然とした様相を呈した。
小童の気配を探しているのか、中天を見上げ、銀色の瞳を炯々と光らせる。
すると、その居場所に衝撃を受けたのか、身震いすると、にわかに跳ね上がって、その姿を消した。
『黒天』が空を見上げ、見送るように一声鳴く。
空は遠くが白み始めていて、夜明けの準備が始められていた。
「『黒天』、犬飼は上手くやったか?」
『黒天』は、短い鳴き声をしきりに上げた。
その声に、カエデは表情を次第に曇らせる。
「・・・『隠世』に?」
『黒天』が、更に事の次第を話し始めると、カエデは目元を引きつらせた。
歯を食いしばり、焦燥の色が瞳に浮かぶ。
「『黒天』、犬飼の元に帰れ。私も急用が出来たのでな、行かねばならぬ」
歩き出そうとするカエデの元に『黒天』が駆け寄ると、カエデは怒りのこもった視線を向けた。
その凍てつく瞳に、『黒天』は身動きが取れなくなる。
「すまんな。お前を連れて行くワケにはゆかぬのだ」
そういうと、仕込み刀を和傘に収め、すらりと滑らかな足取りで踵を返す。
濡れた黒髪を掻き上げると、何者も寄せ付けぬ気迫をにじませながら、朝日の届かぬ路地の闇へと溶けていったのだった。




